第5話:Hello, my World.
『おや、お目覚めですか、マスター』
なんだか馴染み深い声だ。暖かさとか、そういったものを感じる。
「……あぁ、なんだAIか」
『えぇ。あなたの第五世代万能支援システムAIです』
全く暖かくなかった。というか機械だし、僕を争いの世界に突き落とした本人だった。もはや冷酷とまで言える。
あの戦い、ストレス発散にはなったが、思い返せば怖い思いをしていた。すごく複雑な気分だよ、ほんと。
『私はただ必要なことをしたまでです。マスターも戦いを楽しんでいたではないですか』
「それは、そう――ってか待てよ。勝手に読心して答えるんじゃねぇ!」
『いいじゃないですか。AIなんですから』
「それが免罪符だと思ったら大間違いだからな?」
全く。目覚めた直後から騒がしい奴だな。
……さて、あの戦いが夢ではなかったということが証明されてしまったわけだ。
身体には光学空鎧が装着されていて、腰には刀身のない――柄だけの状態――エーテルブレイドがあった。
ブラスターはないが……AIがどうにかしたのだろう、多分。それ以外思いつかないね。
そうして自分の身体を見終わると、不意に疑問が浮かんできた。
「というかここはどこだ? 洋風な感じがするけど」
『マスターが掃討した城の内部です。安全は確保されていますのでご安心を』
「はぁ!?」
その言葉に、ぼんやりしていた脳が覚めた。慌てて周囲を見回すと、ここが小さな部屋であることに気づく。
今僕がいるのは柔らかい灰色のベッドの上。机や椅子もあったりして、充分に部屋としての機能は備わっている。
壁などは石で、触るとひんやりしていて気持ちいい。
城だからこそ、こういった部屋もあるんだろうな。兵士か衛兵の部屋……とかかもしれない。なんだか「持ち主のいない寂しさ」が感じられる。長く使われていなさそうだし。
ま、過ごしやすい環境ではあるな。
「そんで、もう何から聞けばいいか分かんないんだけど?」
『では、これから宇宙船へ戻りましょう。話はそれからということで』
「分かった」
正直、ここから僕がどうにかできるとは思えない。右も左も分からないのだから、今はこのなんとも言えないAIに従うしかない。しゃーなしだ。
部屋を出て、AIのナビに従って廊下を歩いていく。
ふと窓を見れば、青い光と白い光が微かに入り込んで来ていることに気がついた。恐らく地球と太陽だな。
地球の静謐さと太陽の確かな熱が交わる景色――なんとも幻想的だ。
この世界が神によって作られたのなら、きっと美しさを求めてこんな景色を作り上げたのだろう。
「やっと戻ってこれた……」
しばらく歩くと、ようやく庭園に出た。相変わらず無機質な骨と色鮮やかな花が咲き乱れている。
にしても、まるで迷宮のような城を、一つも間違わずナビできるAIは一体どういう性能をしているのか不思議でならない。
が、ひとまず指示を聞くことにした。なんとなく自慢されるような気がしたからだ。
「なんだ、これ……」
上の方に浮かぶ巨大な船を見て呟く。
それは、あまりにも違和感があった。
鉄か何かの白い金属で作られた、大きな船――戦艦と呼んでも良いくらいだ。
それが、星々の瞬く宇宙に浮かんでいることが、僕にはおかしいとしか思えなかった。
異質な存在感を前に、これは「あってはならないもの」なのだと感じた。知らない常識で動く世界に来てしまったのだと、理解するしかなかった。
僕は前まであそこにいたのか。本当に信じ難い。
「どうやってあっちに戻るんだ?」
『専用転移システム、再起動完了。転移します』
淡白な声と共に、身体を妖しい光が覆う。
「二度目だけど慣れないなぁ――!?」
数秒後。
一瞬で視界は切り替わり、見覚えのある景色が目に飛び込んできた。ここは確か中心部にあるスペースだったか。
それを認識した途端、転移で感じた恐怖の反動か、なぜか実家に帰ってきたような安心感すら覚えてしまう。
『では、まだ時間がありますし、船内探検でもしましょうか』
「時間がある……? どういうこと?」
『それは後のお楽しみですよ』
「AIのくせにお楽しみとかよく分かんないこと言うよね」
『いいじゃないですか、AIが楽しんだって』
「……まぁ、確かに」
そういった話は専門家がやるべきだ。僕のような“謎の組織に誘拐されてSランクダンジョンに送り込まれた中卒の少年”が考えるべき内容じゃない。
今はそれよりも――
「探検、行くか!」
『マスターなら喜んでくださると信じていました』
「心を読んだみたいなこと言ってんじゃないよ。いやまぁ面白そうなのは本心だけど」
男たるもの、宇宙船の探索に心が動かされないわけがない!
外から見れば怖いけど、中に入れば見えないから問題ないのだ。それに、僕はこの船のマスター。自分の所有物を自由に扱うことに何の問題があるだろうか。
「さてさて、どんなものがあるんだ!?」
胸の中で溢れ出した好奇心を原動力に、軽く駆け出していく。
まずは前方。
真っ白に塗装された近未来的な扉がある。
その前に立つと、青白い光が一瞬明滅した後に自動で開いた。
『今のは船内の独立セキュリティシステムAIによる認証です。サポート用ではないので干渉は不可能ですけどね。マスターが浮気する心配がなくて良いと思いませんか?』
「なるほどなぁ……いや待て別に僕は浮気しないぞ、ってか浮気も何もないだろ!」
本当に何なんだこのAIは。突然色ボケしやがって。
それに、会話している相手が見えないのに会話している――その「バグ」とでも言うべき奇妙な感覚が、胸の中に去来する。
――だが、ふとそれを忘れてしまえるほどに壮大な光景が、眼前には広がっていた。
「宇宙……!」
透明な窓が視界を埋め尽くしており、あらゆる神秘の光が一望できた。
追放生活の最初のうちにはこれに感動していたが、次第にそれも薄れていった。だが、僕の心にはそれが再び蘇ってきている。
呆然としてしまうような美しい宇宙を、まるで僕が支配しているような気分だ。
『ここは艦橋。もし敵対勢力と交戦する際はここで乗組員が指示を出します。まぁ、前マスターたちは少人数で活動していたのでフル稼働はしませんでしたけどね』
「なるほど……」
そういえば、あの三人はどうなったんだっけ。
魔神に喰われ、意識がなくなって以降はAIに任せている。死んでいるのだと言われるのが怖かったのもあるし、対処法なんて知らないし。
どうやらAIが手足として使うようのデバイスがあったりしたりするそうなので、それによってどこかに安置されているはずだ。
『気分の低下を検知。マスター、気にすることはありません』
「……そういう時は心を読まないんだな」
『分かっていますよ。あの三人はマスターに殺されたわけではないです』
その言葉は、頭をガツンと殴られたかのような衝撃をもたらした。なんだかはっとさせられた。
「いや、僕のせいだ。彼らに非はなかった」
『状況的に仕方ないでしょう。マスターは悪くありません』
なんで、なんでこいつはこんなに優しいんだ?
言い訳はたくさん思い浮かぶ――でも僕は結局何もできなかった!
「だって……死んでるんだろ?」
『死んでいる、というのは正確には違います。彼らは、死亡というには死に切っていない』
理解できなくて、ふと乾いた笑みが溢れた。
人は死んでいるか生きているかのどちらかだと思っていた。
そこに死に切っていないという概念が登場するのは、混乱した脳を更に揺さぶるには十分だった。
「……どういうことだ?」
『正直、私にも分かっていません。そもそも魔神という存在はデータベースにありませんでしたし』
なんだか気分が沈んでいく。
きっと重力のせいだ。地球より軽い重力なのに、感情を強く押しつぶしている。逆に、これが重力のせいでないと言うのならば、この感情をなんと呼べばいい? 生憎、僕はそれを言葉に表せはしなかった。
『……マスター。答えを探す時間はまだまだあります。こればかりは私が助言するわけにもいかないでしょうし――』
「どうした?」
不自然に言葉を切るものだから、つい疑問を投げかけた。
そして、AIは「やっとですか」なんて事を小さく呟きつつ、またもや理由の分からない返答を返す。
『この船に、《《お客様》》がやってきたようですよ』
「――はぁ???」