第2話:ストレス発散!!!!!!!!!!!
「――ん?」
静かな空間に、僕の声だけが溶けて消えていく。
『では詳細情報を。当機より300ラール離れた不明な建造物内に濃密な魔力を持つ生命体が多数存在しています。その殲滅を行わない限り、当機は危険にさらされ続ける可能性があります』
「ラール……メートルのことか。んで、あー、つまり『天空城を攻略しないと危険』ってことね。でも僕には無理だよ? 武器も何もない。戦闘経験もないし……素手でどうすりゃいいのさ」
肩をすくめ、手術台の上であぐらをかいた。
やはりというべきか、この身体は変わらず猫背だった。目以外は……多分変わっていなさそうだな。違和感などは特に感じない。
一方、AIはしたり顔で――顔は見えないがそう感じた――返す。
『なら、武器があれば良いのでしょう?』
「あるもんなら出してみなよ」
『武器庫:解除』
直後、目の前で縦に空間が割れ、裂け目が現れた。
その向こう側には別の空間が広がっており、色々な物が置いてあるのが分かる。銃のようなものや、剣の柄だけ――不思議な光景だ。
『マスター、ここから自由に武器を選んでください。全てマスターのものですから』
「……分かった」
恐怖はあった。未知の技術、怖くないわけはない。だが、自分から煽った手前、ここで拒否するのも違うなと思い、素直に裂け目へ入っていく。
一歩踏み入れると、先ほどの手術室から景色が一変した。
白く近未来的なデザインで、色々なものが置いてある棚がズラリと並ぶ。
「これは何? 柄だけだけど……」
気になっていた一つに指をさす。
西洋剣の、刃だけがないようなそれは、15歳の目を引き付けるには十分すぎたのだ。
『それは“エーテルブレイド”というもので――』
◇
「グオオオオオ!」
それから数十分。
僕はAIのおすすめやらを聞きつつ、武器や防具を選んだ。
あんまり種類が多くても困るだろうと思い、武器は剣と銃の二つのみ。防具は既に装備してある。といっても、驚くほど軽いし一切見えないので着けている感じはしない。
その後、気づけば景色が元いた場所に戻っていて、AIに急かされ地球を横目にダンジョンの中に入っていた。
実は入るか入らないかの口論にかなり時間をかけたのは秘密にしようと思う。
「……悪い、死んだ」
『何言ってるんですかマスター。エーテルブラスターなら余裕です』
辺りは、中世の雰囲気が溢れる城の廊下だ。真紅のカーペット、石造りの壁……と、男心をくすぐる見た目。
そこに、絶対に似つかわしくない大きな熊がいた。
身体のあらゆるところに太いトゲが生えていて、その目は赤く染まり、獰猛な目つきで僕を睨んでいる。
うん、数秒後には彼の胃の中なのは間違いないねぇ!!!
「グオオッ!」
痺れを切らしたのか、四本の足を動かして勢いよく迫ってきた。
「ひいいい!?」
恐怖のあまり走り出すと、熊は方向を変えきれなかったのか壁に突っ込んだ。
轟音と共に石の破片が周囲に飛び散り、粉塵が舞う。
『マスター、その引き金を引いてください。相手は死にます』
「分かったから急かさないでくれ!」
熊は壁から抜け出し、「よくもやってくれたな」と言わんばかりに怒りを叫んだ。そして、再び僕目掛けて走ってくる。
「ええいままよ!」
覚悟を決め、手に持った近未来的なアサルトライフル――エーテルブラスターという名前らしい――の引き金を引く。
刹那――轟音が鳴り響いた。
それはエーテルブラスターの発射音ではない。《《熊が首から上を失って倒れた》》音だった。
抉れた部分から血がドクドクと流れてくる。赤いカーペットを、更に深い赤に染めていく。
射撃に反動はなかった。ただ、軽く引き金を引いただけ。
「……え?」
『マスター、討伐おめでとうございます。この調子で頑張っていきましょう』
熊は死んだ。僕が殺した。
命を奪う感覚――強者に成った感覚。奪うものを選び取る権利。
《《僕に危害を加えるから皆は怪我をした》》。先の宇宙人も、悪意がなくとも刃を向けたから呪いに意識を奪われた。
妹という例外はいるが、他はそうだ。
過去を思い出す。次第に手の震えは落ち着いていく。
この行動が、復讐というレッテルを貼ることで正当化されていく。
殺すことに、意味が《《産まれる》》。
あぁ、なんというか――
「案外……悪くないな」
『やる気を出して頂けたようで何よりです。では、進みましょうか』
胸の中に、言葉にできない充足感が広がる。
その感情を味わいながら、不気味なほどに静かな廊下を進んでいく。このフロアに敵はいないとAIが言うので階段を上る。
……どうにも嵐の前の静けさに思えてならない。
すると、装飾の施された広間に出た。大きなパーティーが出来そうなくらい広い。
「グルルル……」
――そして、黒い巨躯を持つ紅い瞳の魔物が目の前に立ちはだかった。
「今なら何だって出来そうな気がするが……ははっ、まさか黒龍が出てくるとは」
なるほど。黒龍がいるとなれば、この広間も自然と謁見の間に見えてくる。実際、それを裏付けるかのように奥側には玉座のようなものが見えた。
「城を支配する龍に、相対する勇者との決戦――面白そうだなァッ!?」
胸が高鳴る。自然と勇者の剣を手に取る。
柄から水色の光が伸び、刃の形を成す。
「グルルラアアアアア!!!!」
「ははっ!」
黒龍が大きく口を開き、僕の目の前まで首を動かし、威嚇する。
その咆哮は空間を揺らし、意識が一瞬明滅するほどだった。ハッキリと見える血に汚れた牙が、明確な殺意を伝えてくる。
それによって、唾液か何かの液体が顔に付く。だが、防具――光学空鎧が全身を覆っているから肌には当たらない。それでも、胸の中に渦巻く闘志に油が注がれるような嫌悪感を覚えずにはいられなかった。
「いいねぇ……!」
『マスター、口角が上がってますよ。いい調子です』
「いいだろ、そんなの気にしなくて。なんか恥ずかしいな」
『状況を伝えるのが私の役割ですから』
首を元の位置に戻し、口の中で炎が膨れ上がる黒龍を前に、AIは楽しげな声で告げる。
『その光学空鎧は身体能力が強化される機能もあります。さぁ、炎を避けてみてください』
ゲームのチュートリアルのような言葉が聞こえた刹那――紅蓮の炎が目の前に襲い来る。
「ッ!」
瞬時に踏み込み、横へ回避した。
光学空鎧のおかげで驚異的な跳躍力が発揮され、炎に焼かれるカーペットを空中で見下ろす。
「なぁ、あの炎は食らったら即死か?」
『1回は問題ないでしょう。ただし、2回目以降は確証がありません』
「残機は2、ってところか」
……正直、あんな炎には一度でも触れたくはない。一瞬で黒焦げになってしまう気がする。
でも、これほどの身体能力が手に入ったんならどうにかなりそうだ。
「さぁ――かかってこいよ」
剣を握りしめる。
そして――力強く、一歩を踏み出す。
「グラァ!?」
身体は空中へと飛び、驚く黒龍と目が合う。
すると、すぐに視界の右側から鋭い爪が迫ってきた。
「ハッ!」
鼓動が強く胸を打つ。恐怖を振り払い、意識を集中させる。
そして――右腕を振り抜く。
それだけで、切った感触もなしに光り輝く刃はそれを容易く断ち切ってしまう。
切られた爪はあらぬ方向に飛んでいき、爆音を鳴らして石の壁に突き刺さった。
「その翼、一枚もらおうか!」
勢いは止まらず、黒龍の左翼の付け根へと辿り着く。
一切の抵抗なく刃は翼を貫通し、気づけば一瞬のうちに大きな翼を切り落としていた。
「グラアアア!?」
「すぐに楽にしてやるよ!」
片翼を失い、血を流して暴れる黒龍。ジタバタをその太い足を動かせば、振動が地震のように地面を揺らす。
「ずっとこれだとまともに立てねぇな……!」
『空中機動を用いた短期決戦を推奨』
「いきなり堅苦しいな! まぁいい、そうするとしよう!」
その瞬間――切ったはずの左翼が、半透明な何かで再構築された。そして、黒竜は翼をはためかせ、城をぶっ壊しながら外へ出ていく。
「なっ――!?」
上から大きな石の破片が落ちてくる。
地面が揺れ動く中、なんとか踏ん張って再び跳躍し、いくつもの破片を足場のように飛び渡って上へと進む。
だが、さっきより身体が軽い。城が破壊されたことで重力も変化したのだろうか。
「……っ!」
『目標から高エネルギー反応を確認。炎の息吹と推測されます』
ようやく城の頂上まで登り、安定した足場へとやってきたと思ったその時、AIが絶望的な言葉を発した。
「――!」
青く光る地球、遠くで輝く星々。
それらを背に、黒竜は空中でこちらを見下ろしていた。
翼の周りには、無数の黒い魔法陣が煌めいている。
黒龍が何かを叫ぶ。しかし、ダンジョンを出た今、外からの音は何一つ聞こえない。無音の世界は、まるで1時間前を思い出させ、確かな恐怖を胸に刻んだ。
『プラズマ化した魔力と推定。非常に危険です、対処を』
頭に響くAIの声を聞き、黒龍の口を見る。
すると、先ほどと同じように炎が渦巻いていた。一つ異なるのは、その色が白色であったことだ。
「(白色の……炎……!?)」
黒竜が大きく口を開いた刹那――視界は真っ白に染められた。
「死——ッ!?」
脳裏に無が描かれる。視界と共に意識も真っ白になるのだろうと咄嗟に感じる。
だが——
「熱く……ない!」
一回は耐えられる、だったか?
確かに不味そうな感じがするが……今は気にしちゃいられねぇ!
軽くなった重力でより高く、素早く飛び――炎から抜け出して首を斬り伏せる!
――オラアアアッ!!!!
黒龍の頭上まで到達し、思い切り下へ加速していく。
「――!?」
そして、重い抵抗を押さえつけ続け――不意に真っ黒だった視界が開ける。
首を、落としたのだ。
「……!」
身体がふんわりと地面へと近づく。
そこは、見覚えのある骸骨の花畑だった。
呪われた僕の旅路は、黒龍の首という成果と共に原点へ帰還を果たしたのだ。
「っしゃああああああ!!!!!!!」
『酸素濃度の低下を確認。休眠状態に移行……』
右手を地球に向かって突き出した途端、意識が遠のく。
頭がぼんやりと、重くなった感覚がした。それはどこか眠気に似たような……
「あっ……」
『これは興味深い現象が――』
――あぁ、これが夢じゃなかったらいいんだけどな。
そんな事を思いつつ、僕は心地よい暗闇に身を委ねた。
「面白い!」「続きが読みたい!」
など思っていただけましたら、
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