第19話:臨時議会、そして黒き桜を見る。
「これより、ラニアケア超銀河団万星議会、臨時議会を始める」
楕円形の議場——数多の臣民の中心に立つ一人の男が、全体を見渡しながら高らかに宣言した。
「本年の議長である私の召集に応じてくれたこと、感謝しよう」
彼を囲む議員たちは鷹揚に頷き、続く言葉を待つ。
「さて。皆は『グレイム』という配信者を知っているだろうか? 最近急激に人気を博し、そして影響力を拡大している者だ」
「もちろんだとも!」「あの配信は本当に面白いからな」「グレイムと来たか……」
議員たちの殆どが、口々にグレイムの魅力について語りだした。それによって一瞬で議場は騒がしくなってしまう。
AIやロボット技術が発達した宇宙文明において、労働が必要なものは一部となり、大半は機械に代替された。その結果、娯楽に多くの時間を費やすようになり、価値は比べ物にならないほど高くなった。
配信や掲示板といった文化が銀河全体に広がっているのもその影響だ。
「彼は“地球”と呼ばれる非加盟惑星で配信を行っている。もちろんそこにはミラー主がいるのは皆も知っているだろう。私の提起する議題は、そのミラー主の行為が適法であるか否かということだ」
談笑のような声は、刹那の間にどよめきへと変わる。
「もし違法と裁定された場合、我々は彼女を拘束せねばならない。万星条約に反する行為は、誰であろうと、断じて許容することはできないからだ。……衛兵、連れてこい」
「はっ」
議長は、側にいた衛兵に言った。
すぐに衛兵は走り出し、議場のドアを開ける。
「彼女こそ、グレイムのミラー主——ニャワール・エスケルードだ」
扉の向こうにいたのは、黒い耳、黒い体毛、黒い尻尾——獣系種族だと一目で分かる特徴——を持った少女。
彼女が中央の演説台の横に歩くまでの間、天の川のような量の視線が降り注ぐ。普段は表に出ないニャワールにとって、それは紛れもなく過酷な時間だった。
「ニャワール・エスケルード。干渉禁止区域への介入——万星条約が明確に禁じているその行為を、あなたは犯した。その罪を自覚しているか?」
「も、もちろん——」
ごくり。そんな音がそこかしこから聞こえる。
「——ないですニャッッ!」
高らかにニャワールが叫んだ瞬間、彼女の両隣にエーテルの光が輝く。
「Gra-dos~! 突撃姉妹のお姉ちゃん♡トーキと!」
「Gra-dos。突撃姉妹の妹——ルトです」
「突撃姉妹だと!?」「うおおおお!!!」「可愛すぎて……きゅう……」「おいお前大丈夫か!」「誰か医務星人呼んでこい!」
可愛らしい侵入者に、議員の大半は喜びや驚きを叫んだ。
「トーキ様貴すぎる……!」
「これまで、どんな存在であろうとも、正規の手段以外ではここに辿り着くことは出来なかったのに……なんたることだッ」
「ルトちゃーーん!!!!」
しかし、銀河を統べる議会に施された《《最高峰の防御システムを突破されている》》ことへの恐怖に気づいた者の声はそれに掻き消されてしまい、呆然とする他なかった。
「いきなり現れてごめんなさい。でも、あたしたちは彼女を弁護しなきゃいけないの」
「ん。無罪を証明する」
「無罪……なるほど。では説明してくれ」
唯一冷静だった議長は、二人の言葉を受け止め、言葉を返す。
「まず、グレイムには秘密があるわ。違法な組織による改造によって、目をプネウマ稼働式のカメラにされているの」
「ほぉ……?」
「私たちがグレイムと始めて会った配信を見てくれば分かるよ。あの船は先端科学者しか知り得ない技術で出来てる」
「配信だけでは分からないだろう。実際に行かないことには不十分な証拠だ」
トーキが苦い顔をする。ルトも眉をひそめ、不愉快そうにしていた。
彼の堅物さは予想外だった。
皆のような、娯楽に興じる甘い議員だったなら——二人はそう思わずにはいられない。
「——議会の皆さま、失礼致します」
と、その時。
議場の上方に設置された露台から、異彩を放つ声が落ちてきた。
「あの場所に立っている——それはつまり……調停星座!?」
「議長直属の司法組織じゃないか……! 何があったんだ?」
注目を集めた調停星座の伝令は、場が静まるのを待ち、言った。
「丁度議題にあった『地球』について、ご報告がございます。我々の監視チームが、地球を捕捉しました。映像を展開します」
モニターに映し出されたのは、青い惑星。
そこに、黒い大樹があった。
「先ほど、強力なエーテル反応を観測しました。調査の結果、これが地球に該当する惑星であると判明したのですが……ご覧の通り、黒い大樹が咲き誇っています。500キロラールは離れているのに見える大きさ、信じられないほどです」
驚嘆に、場が静まり返る。
息の漏れる音が、無数に生まれる。
伝令は何かの通信を受け取り、再びその口を開いた。
「たった今、その大樹の根本になっている惑星を発見しました。空間を接続しているものと思われます。そして、そこに——グレイムがいます」
静寂は、一瞬にして消し飛んだ。
口を開いていない者など、もういなかった。
「その惑星は接近禁止に指定されており、我々調停星座が監視していました。そのカメラによるものです」
モニターの映像が切り替わると、そこには、灰色の講堂に倒れ伏すグレイムと、金髪の少女の姿があった。
「グレイム……!?」
「ん、浮気」
「いつも配信前の会話で優しくしてくれてたのに……他の女と一緒だなんて……許せないニャ」
「すまない、恐らくそれは気にするべき事項ではないと思うのだが」
「「「部外者は黙ってて(ニャ)!」」」
三人の美少女に声を揃えて言われてしまっては、いくら権限を持つ議長であろうと何も言うことは出来なかった。
「……グレイムが皆から好かれるのはよく分かった。分かったから議論を続けよう」
「議論なんかしてる場合じゃないわ! これは由々しき事態よ!」
「間違いない。調停星座、画面はそのままにして」
「あっ、はい」
「あの敵……女の子、カメラ持ってる。私のミラー技術で盗撮……覗き……もうなんでもいいニャ。とにかくチェックしなきゃいけないニャ!」
あぁ、これは長くなるぞ——大惨事を見て、議長はただ一人、遠い目をするのであった。