表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/20

第18話:独壇場

「国破れて山河もなし——初めてこのダンジョンを攻略した探索者の言葉だよ。中々ユーモアがある人だと思わない?」

「ダンジョンなんだし山河はないと思うが……」

「そーゆーのは言っちゃいけないと思うな?」


 そう言って、なんだか可笑しくなって、二人で笑い合う。


 けれども、この灰色の都市に虚しく反響していくだけだった。


『敵性反応を検知。数、およそ50体。殲滅可能です』

「来るぞ」

「えっ、マジで? なんで分かるの?」


 奔放なる死神(アウラニイス)を構え、じっと敵が現れるのを待つ。


「――っ!?」


 しかし、姿を現したのは魔物ではなく、無数の炎の球だった。


 僕はすぐさま足に力を込め、迂回するように走り始める。


 ただでさえ都市という遮蔽物が多い場所なのだ、賢い敵は素早く潰さないといけない。


「うわ本当に敵いるじゃん! 私は一人でも大丈夫! だから思い切り暴れてこーい!」


 遠くから聞こえた鈴波の声。それと同時に、走る速度を上げた。


「次はどんな奴が出てくるんだろうなぁ?」


 エーテルを込めていく。

 目の前で再び生まれた純白の太陽は、次第に大きく膨らみ、やがて空気を歪ませるほどの熱を放ち始めた。


 僕の存在に気づいたのか、炎球がこちらにも飛んでくる。だが、当たったところで痛くも痒くもない。


 すると、何体かローブをまとった骸骨が姿を現した。

 手に持った長い杖から炎球が生成され、放たれている。


「追いかけっこでもするか?」


 白炎を保ったまま、僕はビル群へと跳躍する。

 邪魔な壁は白炎で消し飛ばし、縦横無尽に駆けて行く。


 軽く振り返れば、骸骨たちがローブをなびかせながら付いてきていた――炎球もおまけで。


「かははっ! おもしれぇ!」


 少しすると、その数はだんだんと増えていき、気づけば周囲は骸骨の魔術師だらけになった。

 道路を走り、壁をジャンプし、終わらない鬼ごっこが続く。


 炎球を何発も何発も撃たれ、しかし何も感じない。


『損傷は軽微。戦闘は続行可能です』


 けれど――なんだか気に入らない。それどころか、ウザくなってくる頃だ。


「いいからこの都市ごと滅べッ!」


 一番高いビルの頂上へ、全速力で駆け上がり、空中に飛び立つ。


 灰の都市めがけ、指揮棒のように奔放なる死神(アウラニイス)を振り下ろす。


 そして――眼下に広がっていた世界は滅んだ。


 ……そう思わせるほどの爆音と爆風が吹き付けてくる。

 ビルはガラスの如く光る欠片を煌めかせながら、粉々に破壊されていく。

 骸骨の魔術師は、その影響で吹き飛んだ。壁に打ち付けられ、あるいは太陽に呑み込まれて動きを止める。


「よし。一丁上がり」

「うっひゃぁ……こ、こんなに強いとは思ってなかったよぉ」


 鈴波の元に帰ると、彼女は呆然とした表情で滅びゆく街を眺めていた。まるで他人事みたいだな。


 直後、つんとした匂いが鼻を刺激した。


「あ、こっちも終わったよっ」


 辺りには、痙攣して無力化されたゾンビや、黒焦げになった骸骨が散乱していた。その真ん中で、キャピッ☆と笑顔でいられるのだからAランクとは怖いものだと思う。


「おぉ……これはまた……」

「それじゃ、行こっか。次は最後、下層だーっ!」


 ――と、それが十数分前の話。


 僕たちは今、なにもない空間をさまよい歩いていた。

 本来ボスがわんさかいるらしい大きな講堂の中に、足音がコツ、コツと遠くまで反響していく。


「『こんな静かな下層見たこと無い』『ありえん』『どうなってるの……?』いやほんとそうだよね。私もこんなイレギュラー始めてで……だ、大丈夫かなぁ?」

「なんでリンが心配してるんだ。僕のセリフだろうそれは」

「うぅ、この状況が恐ろしくないグレイムくんが羨ましい!」


 にしては、なんとものんびりしている。警戒心なんかこれっぽっちもないんじゃないかな。


 一つ気にかかるとすれば、やけに空気が重く感じることくらいか。空間が歪んでいるとすら思えるほどの「圧」を感じる。


『マスター! 敵です! 避けてください!』

「……は?」


 刹那――咄嗟に回避した僕の目の前に、巨大な塊が落ちてきた。

 

「な、なにこれ!?」

『該当生命体の戦闘力は35万と推定。殲滅可能範囲ですが、危険を伴います』

「リン、下がってくれ。これはマズい」


 ぬるり、と塊が動く。


 それは、骨と肉の集合体だった。

 骨が見えているというより、骨と肉がごちゃごちゃにくっつけられているような、不気味で異質な感覚を覚える存在。

 だが、確かに目と四肢はあり、そして僕に濃密な殺意の濁流を浴びせてきている。


「身長は3メートルくらいか。とんだ化け物だな……」

「間違いなくイレギュラー! グレイムくん! 逃げないと!」

『恐らくマスターの逃走は不可能かと。標的にされています』


 瞬きをする。目の前に、太い腕が迫っている。


「くっ……!」

「グレイムくんっ!」


 痛みは少ない。

 だが重い。とにかく重い。一瞬で身体が大きく吹っ飛ばされてしまう。

 それに動きも早い。これは奔放なる死神(アウラニイス)なんか使ってる暇ないぞ?


「――」

「これでっ、どうだ!?」


 咄嗟に武器をエーテルブレイドに持ち替える。


 エーテルの刃が化け物の腕に食い込み――けれどそこから先には進まない。硬い壁があるかのようにびくともしない。


「おいおいマジかよ……!?」


 後方に跳躍し、距離を取った。

 限界まで瞬きをしないように耐え、脳を全力で動かしていく。


『行動予測――次の攻撃時、マスターの左側が攻撃される可能性が高いです』


 瞬きの直後、視界の左側に大きな影が落ちる。


 すぐさま身体をひねって右腕を滑り込ませ、エーテルブレイドでそれを受け止めた。


「なんつー力だよっ……!」


 不意に乾いた笑みが零れる。

 腕一本で出していい力ではない。ビル一本がのしかかってるとすら思える。こっちは両腕を使ってやっとだというのに。


「……っ!」


 ニヤリと、化け物が口角を上げたような気がした。

 それが確信に変わったのは、大きく振りかぶられた左腕が見えた瞬間だった。


「グレイムから離れてッ!」


 鈴波を見ると、周囲に幾重もの放電する魔法陣を展開していた。

 髪の毛は逆立ち、身体には稲妻をまとっている。


 それはまるで——落雷の予兆。


 刹那——耳をつんざく轟音がして、無数の雷撃が化け物を穿った。


「——!!」

「早くッ! その腕をッ! 退けてッ!」


 声を荒げる度に、雷は勢いと速度を増していく。

 一方、化け物の表情は読み取れない。だが、少しだけ——眉をひそめたような気がした。


 ふと、腕が軽くなる。


「リンっ!」


 化け物は、僕ではなく鈴波をターゲットにしたらしい。

 彼女の青ざめた顔が目に映る。


『マスター。動くのですか? 人類に情けはかけないと言ったあなたが』


 ……突然、世界が停滞した。

 思考でも加速しているのか、全てがゆっくり動いている。


 それを作り出したであろうAIは、僕に問いかける。


「……これは慈悲じゃない。僕の為に必要なことだ」

『その理由は?』

「僕は英雄になる。僕を信じてくれる人の為の英雄に。それが僕の為になる」

『あなたなら、その答えを引き出してくれると信じていました』


 引き伸ばされた時空が戻っていく。白昼夢だったかと思うほど、自然に。


「っ——!」


 全力で踏み込み、最高速度で突っ込む。


 どこに? と聞かれれば、こう答えるしか無い。


「くはっ——!」

「なっ、何してんの……!?」

『……』


 化け物とリンのあいだ、と。


 あぁ……とんでもないわ、これ。

 ぶっとい腕が身体を貫通してるよ。ドクドクと漆黒の液体が流れ出してるし。ははっ、こりゃダメだ。


「ちょっ、グレイムくんの血で魔法陣が出来てるんだけど!?」


 血で魔法陣? またまた、そんな冗談は——


「やばっ……魔力……濃密すぎ……!」


 ——少し目を落とす。


 下の方が、光っている。

 妖しげな、深遠なる闇のような黒い光が、魔法陣から漏れ出している。


『エーテル濃度上昇。魔力換算10億です。さすがマスター、あなたに秘められていた神秘は恐ろしいほどに強大だ』


 刹那——漆黒が這い上がってきた。それも尋常でない速度で。


 “それ”に僕も化け物も飲み込まれ、視界は黒で塗りつぶされる。


「(なんだ……これ……なんか、安心するような)」


 一言で表すのなら、ここは「宇宙」だった。

 生と死の怨嗟が冷たく去来する、僕のよく知る空間。

 それに、よく似ている。

 

«宿主よ。貴方は、我が守る»


 ——お前は……誰だ?


«今は気にせずとも良い。ただ——魔神と»


 宇宙の残響のような声が薄れ、視界が開けた。


 それと同時に、身体が軽くなる。見れば、腹に空いていたはずの大きな穴は完全に塞がっていた。それどころか、原因である化け物も、片腕だけを残してどこかに消え去っていた。


「……な、なにが、起こって‥…?」

「それは私のセリフだよ!!! いきなり腕で貫かれて、黒い血で魔法陣が出来て、黒い濁流がばーって上に吹き出して、気づいたらあの化け物がいなくなってて……!」


 それで——この黒い桜が咲いていたんだよ!


 リンは、僕の目を見て、涙を浮かべながら一息にまくしたてた。

 

 金色の髪がゆらゆら揺れている。

 天井も空間も破壊して、どこまでも伸びる黒い桜——その黒い花びらが、そっと舞う。


「あぁ……つっかれたぁ……!」

「グレイムくん!?」


 ダメだ、意識が保たない。眠いとかの次元じゃない。


「おやす……み——」

『マスターの性質がまた一つ分かったような気がします。ふふっ、本当にマスターは面白いですね』


 僕は――輝いていたのだろうか。


 そんな事を思いつつ、僕は心地よい深淵に身を委ねた。


『おや、見つかってしまいましたか。これはミスですね』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ