第17話:【ダンジョン配信#89】世界初!“ウワサの少年”とコラボ配信!?初心者探索者のためにAランク魔術師が洞窟・アンデッド系ダンジョンの攻略法を配信で徹底解説♡
「そろそろ配信、始めていい?」
「大丈夫」
鈴波が手に持っているドローンの設定を終えると、ドローンのプロペラが回転し始めた。
静かな洞窟に、モーターの音が響く。
配信用だからか、僕が知っているものよりモーターは静音性が高かった。それでも性能はこの目の方が良いに違いない。
なにせここは、文明レベル0.5の惑星なのだから。
「……みんな〜! リンちゃんだよ!」
やはり配信者は本名で活動しないのか、鈴波もまた偽名を使っている。鈴をリンと読んだだけではあるが、バイト先とかにバレない対策としては十分なのだろう。
見た目も少し変えていて、アイドル感が押し出されている。変装とも言えるな。
「音量は……『音量大丈夫だよ』、じゃあおっけーだね」
左腕にはスマホのような形のスクリーンがついており、そこにコメントが映し出されているようだ。文字列が流れていくのが見える。
電子の目がないと中々大変そう。いちいち腕を見ないといけないだなんて。これが文明レベルの差ってやつか。
というか僕、コメントの復唱とかしたことなかったかも……した方がいいかな。今度トーキとルトに聞いてみよう。
「さてさて、早速今回のゲストに登場してもらうよ!」
「……どうも。グレイムだ」
相手は人類。隙を見せてはならない。
それに、この配信で僕の強さを証明すれば、強者の放つ眩しい光に、人は自然と惹かれるはずだ。
つまり、僕はただ、《《強者》》になればいい。
「えへへ、すごいでしょ! 『やばああ!?』って驚きすぎだって!」
一方、鈴波は楽しそうだ。
視聴者と驚きを共有しているみたいで微笑ましい。
「『詳しい自己紹介が聞きたい!』だってさ。ちょっとだけ、お願い!」
「……ま、いいか。皆の知る通り、僕は偽物に名誉を荒らされた。だからリンの配信で名誉の回復を図りたいと思った」
「あー……ま、まぁざっくり言えばそんな感じ! それじゃ、攻略いってみよー!」
なぜだ、なぜ困惑されている。
僕はただ、威厳を出そうとしているだけなのに……
◇
僕たちは、二人きりでダンジョンの中を進んでいた。
辺りは明るい。壁には等間隔で照明が設置してあり、見通しもいい。
横幅は人が四人並べるくらいで、見た目は石の通路――まさに洞窟といった感じだ。その静けさが不気味な雰囲気を醸し出している。
しかし、鈴波の明るさがそれを打ち消してくれる。
「それじゃあ、ダンジョン初心者のグレイムくんの為に私が色々と教えて差し上げましょう!」
「それは助かる」
今回の配信は「初心者探索者のために」と銘打っている。
実際に僕は何も知らない。試験も受けていない。だからカモフラージュになるよう「初心者向けにしては」と提案したのだ。
試験を受けていないと言ってしまえば、配信に出ることすら出来なかったかもしれないしな。
「今回はここ、Bランクダンジョン『死者の国』のボスを討伐して、その素材を手に入れる――そういう依頼を受注してるよ。探索者のメイン収入だね」
「ボスはどんな感じなんだ?」
「大雑把に言うなら……おっきな骸骨の魔術師、みたいな。そいつの持つアイテムが色々とオカネになるんだって!」
次第にテンションが上がって来たのか、鈴波の目が¥マークになっていた。バイトも探索者もやってるんだ、金が好きなのだろう。あるいは他の理由もあるのか。
「おーっと、そんなこと言ってる間に敵の登場だよ」
目の前に現れたのは、真っ白な骸骨だった。
右手には剣を持ち、胸のあたりには怪しげな宝石が嵌まっている。
「どっちが倒す?」
「それじゃ、私がお手本を見せてあげるよ!」
さっと僕の前に立ち、骸骨と相対する。
鈴波が右手を突き出すと、そこに黄色の魔法陣が展開された。
骸骨は笑みを浮かべたように顔の骨を動かし、剣を高く振り上げて足早に駆け始める。
「吹き飛べ~!」
カタカタと骨の音が響く。
瞬間、魔法陣がバチバチと放電し――電流が、一直線に放たれた。
それは骸骨の宝石を真っ直ぐに射抜き、骸骨は走った勢いのまま地面に倒れ、骨が粉砕される。
「ふっふっふ。これくらい朝飯前だっ!」
「おぉ、さすがだな」
「ありがとっ。『強い!』『つよかわ……!』いやいやそんな褒めなくても~♪」
視聴者は鈴波を溺愛しているようだ。数々の褒め言葉をもらい、嬉しそうに身体を震わせている。
「スケルトンはあの宝石――魔核を壊さないといけないからね。あれを壊さない限り動き続けるんだよ」
「ふむ、勉強になった」
『解析完了。消費魔力は30と推定。下級魔術ですね。構築は早いですが甘い。手加減しているのでしょう』
AIの声が直後に続いた。
裏でAIらしく色々やっていたらしい。
それから少し歩みを進めていくと、再び魔物に遭遇した。
「上層の魔物はまだまだ弱いからね。ほら、次はグレイムくんの番だよ」
「そうか、分かった」
今度は、緑色の皮膚と腐った肉で出来た「ゾンビ」だった。それも5体くらい。
「『いきなりゾンビ5体って大丈夫!?』いや、きっと大丈夫! 何せ協会本部で暴れまわれる程度の力はあるんだから!」
「ぎくっ」
本物の司のせいにしたかったが、それを言うとややこしくなるし、実際8割は僕のせいなので何にも言えない。
万象の地平面が強すぎたのがいけない。本当に。
「……汚名返上と行こうか」
空間収納から奔放なる死神を取り出す。
そして、腐った肉塊共に向ける。
「今時めずらしい魔杖……!? てかどっから取り出した!?」
「気にするな」
「気にするよ! ほら視聴者も驚いてるよ!?」
地球人が驚くのも無理はない。が、驚くのはまだ早いというものだ。
「「グアァ……」」
エーテルを込めていく。ありったけ――は多分マズいので、軽く。
『必要最低限のエーテル量に到達。発射用意完了』
「くたばれッ!」
刹那――杖の先から現れた《《真っ白な炎》》が、ゾンビたちを飲み込んでいく。
赤い宝玉が、鮮血のように煌めく。
放たれた灼熱の奔流が、龍の如く洞窟を灼く。
焼けるような熱風が、全身を撫でる。
「……なっ、ななっ……!?!?!?」
「どうだ? これが僕の『手加減』だ」
顎が外れそうな程に口を開き、目は飛び出してきそうなほどの表情。綺麗な顔はそれでも崩れない。実に配信者向きだな。
「絶っ対にそれは手加減じゃなーいっ!!!!」
「まぁまぁ、落ち着きなって」
「あれ見て落ち着いていられる探索者はこの世に一人もいないって!」
「またまた。リンは大げさだな」
「もぉー!!!」
くくっ、やはり人をからかうのは楽しいもんだ。表情コロコロ変わってて見応えもある。
……そういや紬ともこんな会話してた気がするな。やはり鈴波は妹みたいに感じる。これは嫌いになれない。
「でも……そんなに強いんだったら、もう中層行ってもいいよね?」
「中層――次の階層、か」
「そうだよ。このダンジョンは上層、中層、下層と分かれてる。難易度も上がるけど、グレイムくんなら問題ないでしょ」
「大丈夫だ、問題ない」
――道を曲がり、進み、曲がり、10分ほど歩いた頃。
階段を下ったその先に、青銅色の大きな扉があった。
「この先が中層だよ。それじゃ、しゅっぱーつ!」
鈴波が扉を押し開けていく。鈍重な音に洞窟が震える。
その直後、目に飛び込んできたのは――
「このダンジョンが『死者の国』と呼ばれる所以が、ここに詰まってる」
灰にまみれ、寂寥とした雰囲気に包まれ、そして荒れ果てた――まるで現代の市街地だった。