第16話:キラキラJK配信者☆
葉桜に彩られた土曜日の東京。
そこかしこがあらゆる人間で埋め尽くされた人間万博。
その中で僕は、ひとり目的地に向かって歩みを進めていた。
「……これあと何時間かかるんだよ?」
『距離は1クロラール、2時間ほどでしょうか。最短ルートを再計算します』
「1キロメートルで2時間……!? 頼むよぉ!」
さて、僕がこんな人の海で溺れているのにはいくつか理由がある。
一つ、東京から逃げる意味がない。
地球に帰りたくない理由に「管区長に特定される!」というものがあった。
そこで僕は、愛知やら大阪に逃亡することも考えたのだが……残念ながら臨界支所で探索者カードを使わねばならない。
既に僕のアカウントは特定済みなので、どこで使おうとすぐさまバレるというわけなのだ。いたちごっこもしたくはないし、東京にいることを選んだ。
二つ、隠れるなら東京こそ良い場所だった。
人間は魔力を持っている。それは日本人だろうが欧米人だろうが関係ない。
そして、東京には人がわんさかいる。だから、もしまた魔力で探知されたとしても、周りの人の魔力が少しでも妨害効果を発揮してくれるかもしれない……! と考えたわけだ。まさに灯台下暗し。
――ま、全部AIのアイデアなんだけどね。僕は「なるほど確かに」しか言ってない。中卒にそんなの思いつけんよ。
『この先、左方向です』
「左ね。……カーナビかな?」
AIによるナビゲートの目的地は、上野区第一支所。
この前言った文京区第二支所にはさすがに気まずくて行けないので、隣にある上野区へやってきた。
「ここか」
左に路地が見えたので、AIの指示通りにそちらへ進む。
一歩。それだけで、何か空気が変わったのを感じた。
人の熱気から離れ、寂しさが混じったひんやりとした風が肌を撫でる。
「……なぁAIさんや、十メートル先には壁があるんですが」
『最短経路ですからね。頑張って跳んでください。光学空鎧なら可能だと計算かつ検算済みです』
「そういうとこだけしっかりやるよな……」
ま、やるしかないかぁ。そう小さく呟き、軽く助走をつけ始めた。
1,2,3――スピードが一定になっていく刹那、視界の右端から黄色の何かが飛び出てくることに気がつく。
「ふんふんふ~ん♪ 今日もバイトおわっ――!?!?」
目と口を大きく開けて驚く少女。
僕は止まることも出来ず――そのまま衝突してしまった。
「うわぁ!?」
少女は素っ頓狂な声を上げ、思い切り体勢を崩してしまう。
なんとか勢いを殺そうとしたからか、大きく吹っ飛ぶことはなかった。だが……
「いってて……」
声は聞こえるものの、視界が真っ暗だ。やけに柔らかい感触もある。これは何なんだ?
「おいおい少年、だいじょぶかぁ?」
「――はっ!?」
ふと顔を上げると、下の方に金髪の少女が見えた。
髪型は高めのポニーテール。トーキやルトとは、また違った雰囲気を感じる。
「元気そうだね。怪我もなさそう」
「そっちこそ、怪我はない?」
「ふっふっふ。私ぃ、身体がとーっても強いからね。この程度じゃかすり傷一つつかないんだよ」
「そうか。ぶつかって悪かった。それじゃ――」
何とは言わないが「柔らかいもの」に触れないよう、すぐに立ち上がり歩き出すと――少女に手を握られる。
「……な、何か?」
「いや、な~んかあんたのこと知ってるような気がしてさ~。誰だっけな……」
うーむ。僕に彼女のような知り合いは一人もいないはずだ。
もし学校が同じだったとしても、こんな美少女であればきっと覚えている。
……てか、こいつ脈拍が正常すぎるぞ? 繋いだ手から伝わる鼓動があまりに普通すぎる。すごいな、緊張という概念がないのかもしれない。
「あ! 思い出した! 協会本部を荒らしに荒らしまくって平然と出てきた『本物』! そうだよね!?」
「え、えぇ……?」
ちょっと待ってくれ、僕はそんなの知らないぞ!? それ本当に僕――いや僕しかいないよな。いたら怖い。
「あー、そう、かも?」
「黒髪でぇ、身長170センチの爽やかイケメン! 探索者の中でけっこー有名になってるけど……知らないの?」
「……現代の電子機器は全部持ってないので」
「え、今時そんな状態で生きていけるの!?」
「問題ないよ。じゃあ僕は忙しいから――」
軽く愛想笑いを浮かべ、足を踏み出す。
……しかし、視界が一切動かない。ついでに身体も動かない。
「もぉ、逃げないでよ。せっかく金になりそ……面白そうな人見つけたのに離すわけ無いじゃん」
「ぐっ……!」
今度は思い切り、全力で、フルパワーで足を前に出す。だが、それでも身体は動かない。
この少女――高校生くらいに見えるけど、いったいどんな身体能力してんだよ……!? こっちは光学空鎧着てるってのに!
「あれ、空前ちゃんまだ帰ってなかったんだ」
ふと、耳に響いた青年の声。
二人同時にそちらを見ると、そこには30代前半くらいの男が立っていた。その身体は筋肉質であり、
「あっ……先輩お疲れ様ですっ」
拘束が次第に緩まっていく。
これで逃げ出せる――そう思った、その時だった。
「横にいるのは……彼氏? それともお兄さん?」
「えっ、と~お兄ちゃん、ですね!」
明らかに動揺していて、僕の身体を密着させるくらい引き寄せながら、嘘としか思えない声色で放たれたその言葉。
しかし、僕の心をどうしようもなく揺さぶった。
「――どうも。いつも妹がお世話になっています」
「いやいやこちらこそ。今日みたいな忙しいときでも円滑に仕事してくれるので大助かりですよ。手さばきも素早くてレジの操作は一流。すごいです」
「そうでしょうそうでしょう! 妹は昔から器用で、なんだって出来たんですよ。僕はあまり手先が器用じゃないのでいつも助けてもらっていて」
「簡単に想像できちゃうのが怖いですね……! いやぁ空前ちゃん、いいお兄さんを持ったね」
「ア、ハイ……ソウデスネ……自慢ノオ兄チャンデス」
「ははっ、ちょっと恥ずかしかったかな。それじゃあ俺はここで」
にこやかな笑顔を浮かべながら、青年は立ち去っていった。
「……ね、ねぇ。あんた今のヤバかったね」
「……お兄ちゃんなんて言うのが悪い」
僕は1年以上紬と会話していない。そんな状態でお兄ちゃんなんて言われようものなら……まぁ、そういうことだ。溜め込んでいた思いが暴走するのは避けられようのない運命なのである。
「てゆーか顔真っ赤だけど、どした?」
「な、なんでもない。気にしなくていい」
「はは~ん、さては、女の子におっぱい押し付けられて照れてるんだな~?」
「さ、さぁ。なんのことだか」
「そのお詫びにさ、私の配信に出てくれない?」
「――ふぁ?」
青天の霹靂。脳裏をよぎるのは、そんな言葉だった。
「配信? どういうこと……?」
「実は私、ダンジョン配信者なの。あんたみたいな人がいればすんごく面白くなるなって!」
「いや、そういうのは別に――」
「お・わ・び♡」
「……分かったよ、付き合ってやればいいんだろ?」
「ふひひっ、そうこなくっちゃ!」
そう言って少女は屈託のない笑顔を見せた。
まるでひまわりみたいに無垢なそれに、どうにも紬を重ねてしまう。
だからなのだろう、彼女に絆されるのは。
「改めて自己紹介。私は空前鈴波。そっちは?」
「司。不知火 司だ」
「あっ、そういやそうだったね。なんだっけ、最近暴れてた赤髪の司は名前を詐称していた奴だったんだっけ? 少年院に行ったから協会も踏み入ってないとか聞いたけど」
おっと、そういやそういうことになっていたんだったな。うまくカバーストーリーが流布されているようでなにより。さすがの権力だ。
「その通り。中々苦労させられたけどね」
「うん、お疲れ様。汚名返上のために頑張んなくちゃね」
……そうじゃん。成り上がるために知名度が必要で、それは今悪い方で広まっているのか。
配信、もしかして棚からぼた餅なのでは?
「それじゃ、上野の第一支所に明日の13時集合ね!」
手を振りながら、鈴波は風のように走り去っていってしまった。
「宇宙に生きる俺が、ずいぶんとアナログな約束をしたもんだ」
さーて、予定変更だな。
明日、僕の姿を地球の人類諸君に見せつけるとしよう。