第13話:ホンモノとニセモノ
「お前は誰だ?」
「そう怖い態度を取らないで欲しいな」
おどけたような顔。だが、放つ雰囲気は常人のそれではない。
「私はUNAZI日本支部東京管区長、船橋だ。これで十分かね?」
「あぁ、十分に最悪だね」
ちっ、やっぱりか。最上階で一人座る男なんか、それくらいの人間しかいない。
だからか、彼の横には、灰色の髪が無造作に伸びた、性別不明の人間が立っている。
腰には刀があることから、護衛とかそういう人物なんだろう。すごく猫背なので強そうにはとても見えないんだけど。
……さて。そろそろ疑問について聞かないとな。
「まずこっちが質問させてもらおう。僕の魔力を弄くり回してるのはお前か?」
その問いに、男は満足げな顔で言葉を紡ぐ。
「あぁ。君が探索者登録をした時に魔力石に放出した魔力――あれを少々拝借してね。それで位置情報を探知させてもらったよ。本当はこちらから動くはずだったんだが、まさか自分から来るとは」
「そうかい、そりゃどうも。というか、そのおかげで僕が朝から腹痛に悩まされたことについてはどうなんだよ?」
「腹痛……?」
いきなりのことだったからか、本気で困惑した表情を浮かべている。
おいおい、まさかこいつは関係ないとかないよな?
:流れ変わったな
:グレイムく~ん?w
:草生える
:何が原因なんだよじゃあw
「ふむ……!?」
男の目が、一瞬、淡く明滅した。
何を感じ取ったのかは分からない。だが、次第に、彼の口角は上がっていく。
「魔神の落とし子はここにいたのか……!」
彼は小さく、嬉しそうに何かを呟いた。
しかし聞こえるほどの声量でもなく、AIは沈黙していた。
そんな状況ではどうしようもない。だからと、もう一つの質問をぶつけることにした。
「まぁいい。一つ聞こう――この僕を『ニセモノ』と言ったな?」
「それは……ははっ、ちょうどいい。説明の手間が省けた」
「はぁ――?」
直後、閉まっていたはずの扉が勢いよく開かれる。
同時に、鼓膜を震わせるほどの轟音も聞こえた。
思わず振り返ると、片方が木っ端微塵になったドアの残骸が散乱していた。その一部は燃えており、パチパチと音を立てながらだんだん炭になって崩れていく。
その向こうには、赤髪の、挑戦的な目つきの男――
「っ……!?」
「このガキが、俺様の偽物か。俺様と違ってちっちぇえなァ?」
——そして、僕の記憶に焼きついて離れない男。
「彼こそが、本物の『不知火 司』だ」
本物。
その言葉は、どうにもいくつもの意味を内包しているような気がした。
僕がこいつの名前を騙っただけじゃない。ここに、確かに「生きている」と――生きてのびているのだと、告げられたような、そんな気持ち。
「なァ~んか見たことあんだよな、オマエ。どっかで会ったか?」
「……さぁね。一つ言えるのは、お前より僕の方が強い」
「強い? カハハッ! バカ言うんじゃねぇよ!」
司の口からは、鋭く伸びた犬歯が覗いている。それだけで、彼の獰猛さが伝わって来た。
「俺様は――たった1年でBランクに登り詰めた天才だぜ!?」
あいにくと、その凄さはよく分からない。
少し困ってちらりと船橋を見れば、首肯しているのが見えた。
管区長が頷いてるんだし、多分、凄い。
「こほん。ともかく、ニセモノの司くんの処遇をどうするかについて決めようと思いこの場を開いた。自由にかけてくれたまえ」
「俺は立ったままでいい」
「僕も、別に」
「……そうか」
:かわいそwwww
:しょんぼりしてるくね???w
:若いなぁw
:二人とも否定で笑う
なんだかしょんぼりしたように見えたのは気の所為だと思いたいが……コメントでも同じ意見が何個かあった。ダメそう。
「では、司くん。君はニセモノをどうしたい?」
「ぶっ殺してェ!」
間髪入れず、司は目を見開いて声を荒らげる。
手には炎が揺らめいており、すぐにでもこっちに飛んできそうだ。
「ニセモノくん。君は先程、『自分は彼よりも強い』と言ったね?」
「まぁ、そうだね」
「なら決闘すればいい。《《どっちが本物の不知火司か》》を証明するために」
「……は?」
「カハハッ!!! 最高だなおっさん! 褒めてやらァ!」
もう何がなんだか分からない。
決闘? いや別に戦う用意はしてたんだけども。相手から言われては困惑する他ない。
:キタ━━━(øψø)━━━!!
:グレイムの勝ち決定でありがたい
:はよ殺せwww
:ブラックホール作る程度の技術あれば無双は確定
うお、めっちゃ盛り上がってる。僕に大変な期待を寄せすぎているんじゃないかなぁ。
それに司も司だ。数年前はただ気が強いだけだったのに、今や傲慢の化身じゃないか。それに見合う力を手に入れたのだろう。
にしても……全く理由が分からない。なぜ彼は僕の知らないうちに炎魔術を扱えるようになった? あの頃にはそんな兆候なかったはずだが。
「正しさを証明するのは力――というのは持論でね。建前やしがらみがあるから普段は出来ない。けれど、この状況ならば問題ない。ここは誰にも見られていない」
そういうことか。
どちらかが死んでも、いくらでも隠蔽できる、と。えげつないこと考えるもんだ。
「それじゃ――死ねッ!」
司は嬉しそうに目を細めると、手のひらの炎をこちらに放った。
「やべっ――」
考え事をしていた。
前方不注意のよくある理由だ。まさか自分がそうなるとは思ってもいなかったけど。
「カハッ! こいつ避けもしなかったなァ!」
「次からは気をつけないと」
「そうするんだな! ……え?」
こいつ、いったい誰に向かって返事をしたんだ? 殺した人間は喋れる、とでも学んだのだろうか。
残念ながら僕は死んでないぞ。透明の光学空鎧があるからね。
「Bランクの攻撃に耐える、か」
船橋はまた目を物理的に光らせて僕を凝視している。やはり何かが見えているのか。
それはそれとして、すごく気持ち悪く見えてきたのでやめてほしい。護衛の人は動かないし、自力でどうにかしろと言外で伝えられているとしか思えない。
「ま、まぐれもあるよな。今度こそ!」
今度は二発、ボウッという音と共に火球が飛んできた。
それぞれ顔面、胴体と当たり、全身を包むように広がる。
「これで死ななかった魔物はいねぇ。ざまあみろ!」
「もっと温度上げても大丈夫なんじゃないかな、これ」
「なっ……!?」
ははっ! 面白いなぁ! かつて僕をいじめて嗤っていた奴が、あんなにも困惑と絶望が入り混じった表情をしてくれるだなんて!
:ザコの顔あざすwww
:よっわw
:早く殺せwwww
:殺さないほうが難しいぞこれ
「なぁ、僕のこと覚えてるだろ? この顔に見覚えあるだろ? なぁ!」
「死ね! 死ねッ! 死ね!!」
:連投しても意味ないwてかカメラ何も見えないwww
:一番最初にもっと強い炎耐えてるもんな
:こんな弱火だと料理も作れん
:確かにこの温度じゃ何も焼けないわw
「おいおい……どうしたよ『つかさ』くん?」
「ひっ!?」
あぁ――ざまあみろ!
僕が、ずっとずっと見たかった顔だ!
「殴られる感覚、掴まれる感覚、叩かれる感覚、全部覚えてんだよ!」
「お前、まさか――!」
こいつの言葉なんぞ、もう聞きたくはない。
すぐさま万象の地平面を取り出し、展開する。
黒い球体が開くと、その中心に身体が引き寄せられるような重力を感じ、次第に世界から色が抜け落ちていく。吸い取られていく。
そして――炎で焼かれた世界は静止する。
「さて、どう殺したものか」
「お姉さんが相談、乗ってあげようか」
「っ!?」
色のない世界。そこで動けるのは僕だけなはず。
なのに、どうして声がする!?
「ほら、こっちだよこっち」
警戒心は最大に、しかし声がする方を向いてみる。
それは、船橋の横にいた猫背の護衛だった。
もともと灰色の髪色だからか、違いがほとんどわからない。
「……本当にお姉さん、なのか?」
「それ、どーゆー意味?」
「いや、それにしては声低いから――」
瞬き一つ。
それだけの時間で、眼の前には、髪の奥から鋭い眼光を覗かせる「お姉さん」が、風もなく刀を抜き放ち僕の首に当てていた。
「わっ、悪かった、悪かったから!」
「わたしはお姉さん。いいね?」
「はい、あなたはお姉さんです!」
「よろしい。これからず~っとそう呼んでくれるなら、そこのガキを殺すの見逃してあげるよ」
「もちろんです姉さん!」
あっぶねぇ……! 九死に一生を得た。何が「弱そう」だ。時が止まった世界で自力で動いて、なおかつコンマ数秒で動けるとか化け物中の化け物だろうが!
「いい子ね。……君と彼にどんな因縁があるのか、わたしも彼も知らない。でも、いいよ。今までの恨み、すっきりさせな」
それが、僕の何かのスイッチを入れた。
気づけば、無意識に司の首を掴んでいた。
「――万象の地平面。僕の心の雨雲を、雷雲を、全てを飲み込んでしまえ」
そして――万象の地平面へ放り投げる。
「復讐が、ここに一つ果たされた」
同時に、世界の時は再び動き出す。
「……なるほど。全ては終わったわけ、か」
「あぁ。あんたのおかげだ」
「さっきはあんなに恨めしげな視線だったのに……よく分からないが、その感謝は受け取っておこう。さて」
船橋は重い腰を上げ、椅子から立ち上がって窓を向いた。
「そういえば、ここにはもう一人来る予定だったんだが……そうだな、“彼”は収監された。少年法があるからどこにいるかは私も知らないのだ。そうだろう?」
「はい。管区長の言う通りです」
お姉さんが、不自然なほど自然に言葉を並べた。
僕もそれに倣って、似たような言葉を組み立てる。
「そうだ。管区長は正しい」
:うわなんかあの赤いやつ消えてる
:殺してて草
:30億の臣民が棒読みのセリフ聞いてるのさすがに面白いwww
:食えない少年だな、こいつ
「君まで言わなくてもいいんだがね。ともかく、二人とも、今日はありがとう」
満足げな顔で、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
僕の横まで来ると足を止め、耳元へ顔を動かした。
「我々も、彼には辟易していたんだ。処分に感謝しよう」
「……最初からそれが目的で?」
「無論、そうだ。力が正しい? 馬鹿げている。あんなのはあいつみたいな愚者しか言わないセリフだよ」
もう、船橋の顔が見れなかった。
大人とは、こんなに恐ろしいものなのか。
本気で、余裕で、愚かな少年を嘲笑する。
「おめでとう、《《新たな司くん》》。これからよろしく頼む」
この部屋は、「ホンモノとニセモノ」がぶつかりあい、壊れ、焼け、抉れた。
――それはまるで、この世界の残酷さを体現しているように思えてならなかった。