第12話:探索者協会が歯向かってきた。配信するわ。
太陽系の惑星軌道に被らない区域で静止する、宇宙船での朝。
僕は心地よい目覚めを満喫――していなかった。
「うぐぐ……!!! お腹が……いたい……!」
『マスター。その発言は起床からの2時間で150回ほど繰り返しています。今のが151回目です』
「どうでもいいよ! そんなの!!!」
起きたらいきなりこれだ。
身体の中、特に胃で何かが暴れるような感覚。
熱でもあれば「風邪を免疫が治している」とか推測できたのだが、いかんせん熱などの症状が一切ない。
AIがメディカルチェックを数回かけたが、身体的な異常は何も検知できなかった。
なので、僕は2時間ほどベッドの上でジタバタしているというわけだ。
「身体の方に異常はない……魔力とかエーテルとか、は関係なさそ――」
『それです!』
「うわぁ!? ちょっ、いきなり大きい声出すなよ、びっくりしたぁ!」
腹痛の時に驚かせてくる奴には、誰でも殺意が湧くと思うんだ。僕はいま人類を憎んでいるが、その前の健全な精神を持つ状態であっても同じ感情を抱くに違いない。
「……で、『それです』ってどういうこと?」
「マスターが低次元の生命体であることに気を取られ、エーテルなどの高位エネルギーについてを見落としていました。今すぐにチェックをかけますので、仰向けになってください』
「低次元…‥まぁいいや。なるほど、分かった」
それから謎の光を浴びたりしたりすること十数分。
検査は終わったようで、『楽にしてください』と言われた。
『原因が、判明しました』
「おぉ!」
『原因は――地球からの魔力操作反応です』
「なるほど! ……よくわからん」
魔力とか魔術とかについて、僕が知るのは一般的な知識の基礎の基礎でしかない。
言葉にするなら「魔力を使って事象の発現・改変を行う技術」……みたいな。そんな感じだ。
そんな人にごちゃごちゃ言ったところで、ねぇ?
『つまり、何者かがマスターの魔力に操作を加えているということです。魔力は魔臓――胃に近い臓器にあります。それが腹痛に繋がったのでしょう。それ即ち、マスターへの攻撃行為と考えて良いかと』
「……ほぉ。では、戦争か?」
『もちろんです。我が船の持つ軍事力を使えば、地球程度の惑星の一つや二つ、簡単に抹消できますから』
「そこまではしなくていいけどね?」
これ、もし本気でやれって言ったらどうなるんだろうか。
怖くて想像もしたくない。少なくとも地球が爆発するのは見えた。
ともかく、だ。
「地球に向かって――発進」
◇
「今、緊急で動画を回してるんですけど」
:配信で草
:きたああああ!!!!!
:突然すぎる配信に会社全体の作業止まってエグい
:うちも全員配信見てるwwww
「なんとですね、矮小な地球人が僕の魔力いじくってとんでもない腹痛になってるんです!!!!!」
:なんてこったい
:これは戦争
:うーん、これはエーテル越えてプネウマ兵器でおk
:プネウマ兵器使ったら銀河系レベルで滅ぶんだが
皆はとても優しい。人間と違って僕の味方をしてくれる。これなら配信していても問題はないだろう。
「ということで、僕たち探索者を統括する組織、探索者協会の日本支部にやってきたぞ!」
AIによれば、どうやらここから操作が行われているらしい。
まさか協会が犯人とは夢にも思っていなかったが、中々面白いことになったなぁと感じている。配信が盛り上がるネタにもなって一石二鳥だ。
そんな協会日本支部の見た目は、ごく一般的なオフィスビルといったところ。東京はこれの群生地帯だからな。そこかしこに生えている。
入口に近づくと、「UNAZI・国連異常領域調査局日本支部」と書かれた石に目が視線が動く。
この見上げるほど大きなビル、まるまる協会のものなのだ。それだけで、権威を感じさせる威容を放っている。
:知らない言語だ
:検索かけても出てこない
:マジで共通語じゃないのな
:技術力の低さが面白すぎる
コメント欄は無事銀河民に染まってしまったか……僕には共感出来そうにないな。確かにエーテル兵器を見てると技術力の低さは感じなくはないけどね。
「それじゃ、突撃してやるぜ!!!」
:いけえええ!!
:楽しみすぎる
:わくわく
:ふぉおおお!!!
自動ドアが、音もなく開く。
視界に飛び込んできたのは、脳を焼くようなガラスの万華鏡だった。
「うわぁ……」
彼方まで吹き抜けになっていて、それを交差するように梁やエレベーターの直線が幾何学的な光景を生み出している。それに遮られてか日光がまばらに降り注ぎ、綺麗に輝く床に、影と光のコントラストを作り上げていた。
:ええやん
:前時代的だけどワイは好き
:悪くはない
:転移できない前提の作りだけどそれはそれでいい
「――ちっ、腹痛が強くなってきた!」
操作元に近づいたからだろう、痛みでせっかくの幻想をぶち壊されてしまった。この恨みも加算しておくとしようか。
「こほん。それじゃ、ここからは翻訳機能使うからよろしく」
:了解
:言語違うもんなぁ
:翻訳ナイス
:ありがたい
『日本語と共通銀河語の翻訳機能、起動完了しました。以後マスターを含め全ての日本語はこちらで共通銀河語に修正されます』
「UNAZIへようこそ。どのようなご用件で——」
「——僕の魔力で遊んでるのは誰だ?」
きちっとスーツを着こなす受付の女性に、怒りをギリギリまで抑えながら呟く。
怒りか、それ以外の何かを感じ取ったのか、一瞬にして周囲の目が集まるが関係ない。僕は僕の目的を果たす。
「……ご案内します」
美しいほどのビジネススマイルで、流れる汗をものともせず、乱れる鼓動を隠しながら彼女は歩き始めた。
向かった先は、ガラス張りになったエレベーター。
操作盤に並ぶ数字のうち、1が黄色に光っている。そして女性は最後の数字である50を押し、そこも同じように光る。
「……」
ゴウン、と音を立てて、エレベーターは動き出した。
「……」
モーターの音だけが、半透明の密室に響く。
僕も話しかける気はないし、彼女はおそらく恐怖を感じている。だから会話は生まれない。ま、知ったこっちゃないけどね。
:めっちゃビビってるの好き
:感情判定かけたら恐怖70、冷静2、怒り18でおもろい
:グレイムほどの強者と一緒だったら皆こうなる
:ファンとして会いたい気持ちと怖い気持ちがwww
ファンからも怖がられるってどうなんだ?
なんかおかしい気もするけど……気にしても仕方ない。
「すぅ……はぁ……」
女性が大きく深呼吸する音と同時に、小気味よい鈴の音が鳴り、エレベーターは動きを止めた。そして、ゆっくりその扉が開かれていく。
「こ、こちらへ」
向こう側には、ある程度の空間と、その先に大きな扉があるのみだった。どうやらこのフロアにはこれしかないらしい。
つまり――何が起こるのか、なんとなく想像出来てしまうのだ。
「お連れしました」
そう言って、彼女は黒塗りの扉を開け放つ。
瞬間――まばゆい光が飛び込んでくる。
大きな窓は青空で塗りつぶされていて、無数の高層ビルが無機質に背景を彩る。
そこにぽつんと置かれた太陽が、広いテーブルの最奥にたった一人座る男の顔を逆光に沈めていた。
「やぁ、始めまして――《《彼のニセモノ》》くん」