第10話:絶望ですがなにか?
これはやばいって!!! 走らないと死ぬ!!!!!
:全力ダッシュwwwww
:がんばれー!wwww
:これで死んだらおもろい
:大丈夫っしょwwwwww
風景が木々から森へ変わり続ける中、コメントはとんでもねぇので溢れかえっていた。
「みんな薄情だなぁ!?」
『マスター、これが普通なのです。マスターのように妹を慈しむ心など臣民にはありません。命は、銀河の重みには到底届かない』
「ちっ……意地でも死んでやらないからなっっっ!?」
光学空鎧がアシストしてくれるおかげで、かなりのスピードで走ることができている。デカくて重いオークどもでは追い付けないほどに。
平原を抜け、景色は完全に森へ、そして山のふもとへと移ろっていく。
ただ、それほど走っていればやはり体力は消耗するものだ。
なにせ僕は、ついこの前まで天空のお花畑で半年間スローライフをしている。
つまり何が言いたいかというと……
「はぁ……はぁ……ぎづい……!!!!」
こんなに走ったのは中学の体育祭以来な気がするねぇ!
『体力を極度に消耗しています。そろそろ反撃に打って出ることを推奨』
反撃。そうだ、僕には武器がある。手汗でぐっしょりになったエーテルブラスターは最強の武器だ。
密林の中足を止め、走りくる大群と相対する。
:ついに反撃か!!!!!
突撃姉妹Ch.:やっておしまい!!!
:同接20億きたああああ!!!
:蹂躙の始まり~w
「グギャッッ!」
一匹、勇敢なゴブリンが木剣片手に飛び出してきた。
さっと照準を合わせ引き金を引く。
青い閃光が煌めく。
風が吹いて消滅し、落ち葉がふっと宙を舞う。
「ギャッギャ!!!」「ギャアッッ!」「ギギッ!」
数匹、恐れ知らずなゴブリンが棍棒やらを持ち立ち向かってきた。
1、2、3――引き金を引く。同時に光の粒になって薄れていく。
後ろの木々に掠り、数本の木が大きく欠ける。すると次第に傾いていき、バキバキ——! と轟音を立てて崩れていった。
;うおおおおおお!!!!!!
;爽快感エグいwwwwwwww
突撃姉妹Ch.:グレイム……かっこいい……
:宇宙文明万歳!!!!!!
くぅ……ルトから褒められてすげぇ嬉しい! 「かっこいい」だぜ? 人生で初めて妹以外の女子に言われたなぁ!
……なんて爽快感も束の間。
群勢はまだまだ襲いかかってくるようだった。
「おいおい……マジかよ?」
今度は数十匹。
正確な数は分からない。すぐには数えれん量だ。
ははは……もう乾いた笑いしか出てこん。頬が痙攣してるよ。
「はいはいやりゃいいんだろやりゃあ!!!」
こうなったらヤケクソだよ!
いくらでもかかってこいや!
「ブモオオ!」
「うわぁ!?」
オークが大きな腕を振り回すと、その風圧で足がもつれて尻餅をついてしまった。
影を落とす巨腕がゆっくりと振り下ろされ――それをなんとか避ける。
そしてすぐに銃弾をぶち込む。
「うおっ――」
突然視界が目まぐるしく変わると、軽い衝撃が背中に伝わった。
困惑が脳を支配し、視野を狭めていくのが、頭がぼんやりしていくのが分かる。
『背後からの殴打です。立て直してください。それに加え、エーテルが不足しています。補給を強く推奨します』
何を言っているのか、全く分からなかった。
エーテルが足りない。
つまりそれは、弾薬がないということだ。
つまりそれは、死が迫っているということだ。
「エーテルが……足りない……?」
脳内で反響する言葉が、口の中に迷い込んで、出ていってしまった。
それは当然配信にも乗ってしまう。
:は!?!?!?
:なんかやばいこと聞こえてきた
:終わった……
:まだ死んで欲しくない、もっと楽しませてくれ
電子の目から送られてくる大量のコメント。それらが僕に「生きてほしい」と告げている。
皮肉なものだ。
かつて死ぬべき存在として追放されたのに、今は生を渇望されているだなんて。
突撃姉妹Ch. :待ってなさい! すぐ助けてあげるわ!
突撃姉妹Ch. :大丈夫。私たちが守ってあげる。私がそこにいなくても。
:助けてあげてくれええええええ
:頼む!!!!!!!!
助ける……? どういうことなのだろうか。極端に低下した思考力では結論を導き出せなかった。ただ今は——
「邪魔だッ!」
視界の端から忍び寄っていたゴブリンを消し飛ばし、そのまま眼前の敵を撃つ。
しかし、射撃ペースより早く、無数の丸太の如きオークの手が眼前に迫ってくる。距離は1メートルもない。射撃は間に合わない。
間に合わ、ない。
クソが……! 死にたくない死にたくない死にたくない……
「死にたく、ない!」
刹那。
世界が、青白く染まった。
耳障りな声が途切れ、久方ぶりの静寂が訪れる。
「なんだ……!?」
:まさか!??!?!
:早くね!?!?!?!?
:絶望からの復活、か
:うおおおおおおお!!!!!
「身体が……熱い……!」
元気が無尽蔵に湧いてくるような感覚。
それは、倒れ伏した魔物の中心で光る蒼白の結晶の影響なのだろう。
突撃姉妹Ch. :待たせたわね!!!
突撃姉妹Ch. :これできっと助かるはず
突撃姉妹Ch. :あたしとルトがついているわ!
突撃姉妹Ch. :絶対に死なせないから
『超高濃度のエーテル凝縮体です! これは素晴らしい……! 今すぐ取り込んでください!』
その指示に従い、すぐさま空間収納に取り込む。
なんとなく、エネルギーが満ちていくのが分かった。空っぽの容器に大量の水が注がれているかのようだ。
「反撃の時間だァ!」
いいねぇいいねぇ! スイッチ入ってきたぜ!
「ブモッ――」「ギャッ――」
魔物の声はもう、僕の耳に届きはしない。
正義の光が、武器も木々も地面もひっくるめて、水色の裁きを下し、この世から抹消する。
死体が積み重ならない蹂躙――踏み潰しているのは、彼らの死体ではなくプライドだ。
:いっけええええええ!
:再起、蹂躙 グレイム……
:勝てる!!!!!!!!!!
:気持ちよすぎwwwwwwwww
「そんでも全然減らねぇ……そうだ!」
そうして取り出したのは、ボウリング玉くらいの黒い球体。
これに、ありったけのエーテルを込める。
「初めて使うのがこんな土壇場とか怖すぎるけど! 背に腹は代えられない!!」
地球に帰る前にちょいと確認しただけの武器。記憶操作デバイス――灰目と違って計画に入れてなかった武器。
それでも、仕方ないもんは仕方ねぇ!!!
「万象の地平面よ、無限の口腔であまねくを呑み込め――!」
次の瞬間――世界が歪んだ。
:なんだこれ???
:画面が歪んでる?
:もしかしてこれ……
:ブラックホールを作ってる!?
大地は崩壊し、木々は丸まり、空は色を失う。
魔物は困惑し、その身体は崩れ去っていく。
「滅んでしまえ、この愚物共ッ!」
万象の地平面が開き、中心のコアへと世界を《《収納》》していく。
次第に意識が薄れ――気づけばダンジョンの外にいた。
空隙は活動を停止しているようで、先程のように見通す事はできない。
『ダンジョン世界の崩壊を確認。強制的に世界の外へ追い出されたようですね』
「よしっ……これで攻略完了! だ!!!!」
:おめでとおおおお!!!!!!
:素晴らしかった!!
:最高だぜ!!!!!!
:楽しかった……!
辺りは閉鎖された環境なのに、僕の心には爽やかな風が吹き抜けていた。
あぁ、とても――楽しかった!
:今日の最高同接は25億!!!!!!!
:伝説を始めて見れた……!!!
:毎回とんでもないwwwww
:グレイム最強!!!!!!!
「25億!? き、気づいてなかった……皆ありがとう!! それじゃ、配信終わり! じゃあな!」
:じゃあな~!
:じゃあな!!!!!!!
突撃姉妹Ch.:楽しみに待ってる
:お疲れさま!!!!!!
『ミラー元との接続を確認。接続を切断……完了。配信を終了します』