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寒空の下


 甲板が、黒板と教室になって、物理の計算式で埋め尽くされている間、オロチちゃんの単衣の襟から裾までを南京豆は、いくつ擦り抜けて出て来たでしょうか。


 オロチちゃんの甘い風味が漂う南京豆は、チューちゃんに一つも横取りされることなく、全て俺のお口に収まっている。


 そんなにお目目を三角にして怒らないでよ。


 ロコちゃん。


 ロコの単衣の襟にも、エイ、エイっと、放り込んだはずなのに、一つも南京豆に、有り付くことのできなかったチューちゃんが、飛びついて、合わせまでお豆さんが辿り着けないんじゃないか。


 チューちゃんやるな。食べたいのか、ロコを守っているのか、どっちなのか分からないが、それじゃ、ロコの三角お目目は、丸くなることは、ないのかもしれないよ。


 おふざけして待っている間に、目的地までの計算ができたようです。

 どこに飛べばいいのかを見つけたティーナちゃんとロコは、甲板に起こした海図に三角定規とぶんまわしを使って、正確な模擬行動まで行っている。


「マーク、星の真下まで、ティーナちゃんが飛ばしてくれるわよ」

「飛んじゃうのかい?」


「計算が終わったから、飛ぶわ、現在地をそこに」

「お船諸共、そこに飛んでいくってことね」


「それでは、僭越ながら、チビッコ版のティーナが小さい魔法でお船を目指す所へ」


「なんだか、ちょっと怖いな」

「大丈夫でしょ、一番信頼で来るショックのはずだもん」

「でも、チビッコ限定免許なんでしょ、限定解除してないもんねぇ」


「聞こえているわよ、お黙りなさい、それでは、いきますわ」


「ブルスカ・ショック~っ」


 確かに、ロコの言う通り、ブルスカ・ショック系統の最高峰のショックなのだから、最大の信頼度があるはずだ。

 でも、マリーの仮免許のショックに慣れているせいもあって、ドキドキしちゃうんだよなぁ。


 天使の笛の霧に似たような感じで、モヤモヤしたものが、お船を取り囲んでいく、差し当たった所それだけだ。


 微動たりともしないし。グルグル回って気持ち悪くもない。何一つ、変化なしの状態だ。


 ティーナちゃんは、ニヤリとほくそえんでいるし、ロコとオロチちゃんともお話出来ているし、チューちゃんは、南京豆を食べている。


 お船の周りの霧が晴れていく。飛んできたのかしら?


 とてつもなく、静かで、優しいフライトとランディングの空間移動を披露されては、魔法使いの親分っていうより、本当に女神様だったのかもしれないって、尊敬しちゃう。


 海は、先ほど同様に凪いでいる。静かなままだ。


 ただ、頭上に輝く星がある。真上に計算通りに、あの星があるのだ。


 やはり、紛れもなく、飛んできているってことだ。月明りを頼りに、お船の周りを見渡して見るのだが、幻影のような水晶の様な氷の島はどこにも、見出せることはない。何かが、おかしいのか?


 海は凪いでいて、風も強くないが、空気だけが、とても冷たいことに気が付いた、鼻の穴が、凍り付いて、息が出来ない。

 ロコが七輪を近づけてくれる。囲むように四人と一匹で頭を突き合わせる。


「ここだよね」

「ここね」

「計算通りよね」

「星が真上だもん」


「でもないね」

「ないわね」

「私は、幻影みてないもん」

「それにしても、寒いわ」


 オロチちゃんが、半分凍り付いて動作に歯切れが無くなってきている。俺は、寒さに弱いオロチちゃんを引き寄せながら、腿をめくって、抱き着かせる。

 寒さで、めくった腿の鳥肌ポツポツの肌に濃紺蛇の刺青が刻まれていく。

 

 これで、オロチちゃんの一時避難は、いいだろう。


「オロチちゃんは、いいなぁ」

「ロコ、そういうことじゃないでしょ」

「いいなら、みんなで、エアルの腿に刻まれてもいいわよ」


「ティーナちゃん、必要のない刺青になることはないのよ」

「私なら、お尻から背中に入ってアゲル、ヌードの女神像のイレズミ」


「いりません」

「ええっ、ティーナちゃん、私も、お願い、私は、胸からお臍で」


「みんなでエアルの肌で、暖を取りましょう」

「だから、やめて、それより、島を探しましょう」


「でも、寒いもん」

「ティーナちゃん、おねがいします、なんか厚手の着物を」


「仕方ないわねぇ」


「ブルスカ・ショック~っ」


 ティーナちゃん、ロコ、俺に長めの綿入れの袢纏が纏われ、頭には、顔まで隠れたお偉いさんがお忍びに使いそうな頭巾まで装着された。

 マリーの出してくれる衣よりも質の良さが格段に違うのは、魔法の質のせいなのでしょうか。マリーちゃん、頑張って~。


「ありがとう、ティーナちゃん」

「これで、少しは、防寒になるかしらね」

「はい、暖かいです、母の温かみです」


「ロコちゃんって、かわいいこと言うのね、おまけも付けちゃう」

「わぁ、キツネの襟巻だぁ、大事にしますね」


「うふふっ、ちゃんと、生きているのよ、おしゃべりだってできるんだから」

「凄いです、うれしいです、ティーナちゃん」


「俺も、首がスースーするんですけれど」

「仕方ないわね、エアルと私は、これだ」


 おおっ、俺の首も何やら、ぬくぬくしてきた感じだ。よく見ると、俺とティーナちゃんの首には、白いものが、巻き付いている。

 柔らかくて暖かいけど、これは、生地丸出しの真綿じゃないか。真綿で首をって、ティーナちゃんらしい手を抜いた訳じゃないって、ピリリとする贈り物だね。


 自分でも考えろってことだろう。


 然しながら、真上の目的の星とまん丸いお月様と海しか、見当たらない。


 考えられることは、難しい方程式の解が間違っていたのか、幻影は、正しく、幻影なのか、そもそも、目指す場所が、ここではないのか、三点だろう。

 

 まず、計算式が間違っていることは、考えにくい。目指す場所も、目印の星から辿れば、一致しているはずだ。ということは、幻影が、本当に幻だったとするのが、理にかなっていることになるのだが、いままで、キュルルルっとロコの奏でる天使の笛の幻影が本当に幻のままだったことは、なかった。

 この笛もゲリアの魔法と錬金術師の技の代物であるならば、技術の高さには、信頼が置ける。あのペテン師野郎は、認めたくないが、技術に関しては、女神を凌ぐ才があった。


 では、では、どうして、ここには、何もないんだ。北の果てではないのであろうか。そんなことはないはずだ。


「お月様が綺麗ね」

「今日は、満月だったんだね、牡丹鍋に夢中で、お月さん見てなかったよ」

「満月って、過去のゲリアの納屋で見た時を思い出すわ」


 そういえば、クリス、ティーナ、マナと見上げたあの納屋の二階。もう一度、あの夜に戻って、大人になったら、また会えるって、伝えたいものだ。今度、会いに行ってみようかな。


「ここで、ペテンの笛を吹いてごらんなさい」

「えっ、ここで、ですか?」

「それは、いいね、確認は、必要だ」


 ロコは、頬かむりの頭巾をずらしながら小さな筒をそっとお口に当てた。


「キュルルル~」


 寒空の中、冷たい空気がその音を遠くまで伝わるように、響かせる。甲板上から湯気のような靄が立ち込めて、俺達の頭の上を取り囲んだ。その中に窓の向こうを覗かせるように、風景が広がっていく。


 真上に目立つ輝く星、真下に白い大地、降り注ぐような星空に、まん丸お月様の夜が、白と黒の色を際立たせている。不思議なことに海は、見えない。次第に晴れていく靄に名残惜しさを感じつつ、確信まで見えないのは、いつも通り幻影の悪戯なのだろうか。


「見えたわね、前の時と同じ?」

「海は、ないのね?」

「真っ暗の夜?でも、白い感じと明るさも感じたわね」


「月明りにしては、赤みを帯びていたようにも」

「そもそも、ここなのかい?」

「ここは、ここね、星からみると」


 前回見た幻影と今見たものは、大体同じようなもので、場所も同じように見えた。ただ、海がなくなって、島ではなく広い白い大地に、キラキラの氷の世界が続いていた。


 今、黒い海に浮かんでいる俺達のいる所が、同じところなのだろうか。待てよ、前に体験したように、時間軸が違うのであろうか?


 そう考えると合点がいくのだが。


「ティーナちゃん、現在じゃないのかな?昔の風景?なのかな?」

「よくわからないわね、見極めるのに、星空と海と白い大地しかないものね」

「でもね、星の位置は、今見上げる星空と一緒だったわよ」


 三人で満天の星が降り注ぐ空を見上げる。チューちゃんは、寒さから七輪の中に入りそうなくらい傍にいる。燃えちゃいそうです。オロチちゃんは、俺の腿の中で元気を取り戻した様で、ジンジンとさせている。


 見上げる空が、少しずつ、何かが変わっている感じがする。


 夜であるが、少しずつ、薄暗くなってきている。晴れていたのに、雲が出て来たのかとお月さんに三人が顔を向ける。



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