ブルスカ・ショック
「西の町、ゲトレって、マリーは行ったことあるの?」
「ないわ。私は、このティーン以外は、出たことないもの」
「俺もだ。俺は、ティーンですら、限られた所しか知らないし」
「私の知っているティーンも、二百年前の町だし、祠や教会位しか、あとは、変わっていて」
「じゃぁ、俺とあんまり変わらないね」
「うん、ねぇ。これ。使えるのかしら」
マリーは、さっき貰った化粧筆で顔を撫でている。俺も腰に付けた果物ナイフを取り出してみた。
「これが、武器なのかね?リンゴを剥くくらいだな」
「ねぇ、でも。勇者の持ち物よ」
「これが?勇者ねぇ?マリーは、魔法使いなんだろ?そんな筆が無くたって」
「魔法使いだけど、二百年休んでるから、それに、まだ勉強始めたばかりだったし」
「なるほどね。使えない女ってことだね」
「失礼ね!それが最愛の恋人に言う言葉なのぉ!」
「恋人?押しかけ女房ならぬ。押しかけ厄介者のくせにぃ」
「なによ。私の魅力にメロメロなくせにぃ。こんな美少女、運命じゃなきゃ、話だってできないんだからねっ」
えへんっとばかりに、長い金色の髪をなびかせながらマリーは、大きな胸を強調するように、ふんぞり返っている。
「なんで、そうやって、威張るのよ。我慢して、貰ってやったのに」
「ちゃんと、昨日、勇者への挨拶も済ませたのに。バカぁ~」
なんて、可愛いんだ。この二百一歳年上の自称恋人は、まぁ、魔法使いなのだから、この美貌だけではなく、これから先、なにがしら役に立ってくれるだろう。それに、勇者とか、女神クリスティーとかは、マリーが詳しいに決まっている。
とにかく、このティーンに留まる役目も無いのだし、とりあえず、なすがままに、ゲトレに向かってみよう。どうやってゲトレに行くのかも分からないので、南の外れの波止場にいって聞いてみることにしよう。
「もしもし、ゲトレに行きたいのですが?」
「ゲトレ。珍しいな?なら、あの一番奥の船が行ってくれるかもしれないぞ」
言われるがまま波止場の一番奥の、今にも崩れ落ちそうな大き目の帆船にやってきた。その船には、乗客も見当たらず、積み荷さえも見当たらない。只々不気味な雰囲気を醸し出している。
「この船は、ゲトレに行きますかね?」
「おう、御両人。ゲトレ?デートには、冴えない古びた町だが」
「行けるのか?」
「そりゃぁ、どこだって、金次第で行ってやってもいいがな」
「いくらかな?」
「百万ゴルゴットだ」
「百万?????」
いくら何でも、高過ぎじゃないだろうか。それに、払えるはずもない。
「そんなに、ふっかけらけても、他を探すよ」
「他はない、このティーンと交流のないゲトレには、まともな船は行かない」
「本当に、百万なのか?払えるわけないだろ」
「それなら、行かないだけだ」
俺とマリーは、互いに顔を見合わせながら、途方に暮れていた。
「金が無いなら、諦めるか?それとも俺と勝負するか?」
顔中髭だらけの不愛想な船夫は、ニヤリと不可解な笑みを浮かべながら提案してきた。
「勝負?」
「これだよ、これ」
そう言いながら、ポケットから賽を差し出した。
「博打か」
「その通り、ここでは、博打が王道だ」
「・・・」
「お前が勝てば、ゲトレに連れて行ってやる」
「只でか?」
「そうよぉ。しかし、俺が勝てば、そのお姉ちゃんを頂くぞ」
「・・・」
「とんとお目にかかれない上玉だ。いい値で売れそうだ」
又もや、俺とマリーは顔を見合した。
「どうすんだよ」
「私が、百万なんて、そんなにお安くないわよ。バカにしないで」
「そういう問題じゃないよ。マリー」
「私が、あんまり美しいから、こんなことや、あんなことをしたいのねっ、このスケベ野郎」
「勿論、一晩中、寝かせやしないぜ。ボロボロになるまで可愛がってから、売り飛ばすわい」
「イヤぁ~ん。男を知らない清らかなカラダがこんな男にぃ~」
「おおっ、初物なのか。なんだかツキが向いてきたぜ」
なんだかマリーは、自分が賭けの対象になっていることが、満更でもない様子だ。やれやれ。
とりあえず、やるしかないのだろう。
「本当に、ゲトレに行けるんだな」
「お前が、勝ったらの話だがね」
男は、縁の欠けた丼ぶりを地面において、胡坐をかいた。覗き込むようにその周りに、大勢の乗組員が集まってきた。
「勝負は、一回こっきりだ、いいか?」
「わかった」
「ああっ~っ、ドキドキするぅ~。マーク、どうしよう~。どうしようぉ~」
「じゃぁ、親の俺から、振るぜ」
チンチロリン。出目が三。
「三か、でも、俺が姉ちゃんを貰うぜ」
俺も賽を丼ぶりに振り出す。チンチロリン。賽が互いに弾き合い、丼ぶりの欠けた縁を通り抜けて外へと転がりだした。
「あっはっは、勝負にもなにもなりゃしない。俺の勝ちだ」
男は、マリーをマリーの腰あたりから担ぎ上げて、船に戻り始めた。
「あ~れ~っ。バカ。降ろしなさいよ」
マリーがバタバタ暴れながら、男の肩の上でもがいている。その勢いが男の足をふらつかせ地面の丼ぶりを蹴り飛ばさせた。パリーン。丼ぶりの割れる音が鈍かった。割れずに欠けた丼ぶりを手に取ってみると、縁に何か細工が施されている。金属が埋め込まれている。
「おい、待て、この丼。イカサマじゃないか!」
「なんだとぉ」
男は、マリーを降ろして、向き直ってきた。マリーは、すかさず俺の肩越しに寄り添っている。
俺とマリーの周りを屈強な船乗りが取り囲んだ。
「マーク。私、頑張る」
「ん?・・・」
マリーは、化粧筆を空に向けて指し示し、悲鳴のような大きな声で叫んだ。
「ブルスカ・ショック~っ」
次の瞬間、何やら、晴天の空からヒラヒラと白と薄ピンクの小さな布切れが、とても甘く良い香りをまき散らしながら、雨のように降り注いできた。
俺達を取り囲んでいる男たち全てが、それを手に取り、甘い香りを嗅いでいる。
「パ、パンティーだ」
「なんていい匂いなんだ。これは、いい女のパンツが天から降ってきたぞぉ」
次の瞬間、バタン、バタンと男たちが倒れていく。俺も天から舞い降りた、甘い香りのパンツを右手に受け止めて、その香りに誘われていた。
「ダメ!嗅いじゃダメ!」
いきなりマリーは、俺の手からパンツを奪い去ってしまった。
「私のヴァージンスメル。嗅いじゃイヤ~ん」
「何?」
俺は、マリーからそれを取り返そうとしたところ、マリーが逃げるので、腰の帯紐を掴んでしまった。
「いやぁ~ん」
すると、マリーの衣が剥がれ、眩しいほどの全裸が一瞬現れた。
しかし、マリーは、素早く着物を戻して向き直った。
「エッチぃ~」
「本当の私のパンツなんだから、元のパンツを複製して一杯、雨あられにしたのよ」
「だから、マークがとったこのパンツは、私が履かなくちゃ」
大人になったマリーのハダカは、衝撃的にエロ美しく、子供のカラダでは、なくなっていた。その光景が、ストップモーションで脳内を無限再生している。でも、どうして、パンツなのだろう?
「マーク?早く、男たちを縛り上げて」
「あっ、そうか」
全員を船にあったロープで縛りあげたが、男たちは、ピクリともしないまま、眠っている。失神しているのだろうか?マリーの匂いは、強烈な猛毒なのだろうか?
「私の魔法もイケてるでしょ」
「魔法なんだ?これ?」
「当り前よ、一つのパンツが何百、何千、何万にもなって、降り注いだでしょ」
「マリーの匂いは、毒なんだね」
「違うわよ。眠り薬をしみ込ませたのよ。まほーで」
「まほーでね」
「なによ?」
「俺の想像してた魔法と随分と違ってたものだから」
「私は、セクシー系の魔法を勉強してたのよ」
「男たらし専門なんだね」
「違うわよ、失礼ね」
カタッ
俺達のやりとりを船の中から覗いている人影を見つけた。
「まだ、いたか」
「待って、待って」
手を頭の上に挙げながら、ショートの赤い髪、小麦色に日焼けした少年?いや、大きく胸を膨らませた少女?がこちらへと歩み出てきた。
「私を一緒に連れて行ってくださるなら、協力します」
「お前は?」
「私は、この船の奴。もう私しかこの船には残っていないわよ」
なるほど、男は、全員縛り上げて、船の外だ。
「協力?って」
「船を動かしたり、できるのかしら?」
「おおっ、そういうことか。お前の望みは?」
「この船から解放されて自由になりたいのです」
「分かった、協力してくれ。今すぐ、出航だ」
「その前に・・・」
俺は、一枚のパンツを地面から拾い上げ、お尻の部分の布に、メモを書いた。
=今回の博打の件、不正があり、当方の勝利とし、この船を形として頂戴する=
このパンツを勝負した男の顔に乗せてやった。
健康美あふれる少女は、俺とマリーを船に招き入れ、錨を上げ、帆を上げた。
三人しか乗せていない船がゆっくりと動き出した。