故郷
白い帆が風をいっぱいに受けて、力強く大きく広がり、船をグイグイと推し進めていく。大地を繋げた岬を離れてからは、大海原を唯々進んでいく、方向感覚も無くなってくる。
ロコは、お日様とお月様と夜空の星だけを頼りに海路を探っている。
新しい大地は、恐らく反対と思われる岬が迎えてくれると想像するが、間に島の一つもないのであろうか。
食事用に釣り上げた魚をプラムとオロチちゃんがせっせと調理している。かくいう俺は、釣りと味見の専門職を拝命している。
そんなことを考えているとロコが、舵を固定して、俺の元にやってきた。
「マーク、まだ、大分かかるけど、この方向でいいはずだから、カモメにも聞いたし」
「うん、任せるよ。ロコ」
「マーク、今日は、お魚で、鍋なのよ。そろそろ、食べましょうね」
「わかったよ。プラム。早く食べさせておくれ」
オロチちゃんが大きな鍋を重たそうに持ちながら、慎重にこちらへと歩いてくる。今日は、明るいうちから、この甲板で夕飯を頂こう。
御飯の支度で、みんなが忙しい最中、突然にキーンっと耳鳴りのような甲高い音が耳を突き刺してきた。
誰もが耳を押さえながら音の方向を注目する。
なんと、何もない音の中心、その空間から、甲板の中央に、ボワンって感じに、いきなりプラムのアンクレットが二つ転がり落ちた。
アンクレットは、ゆっくりと甲板上で回転し始めた。
「あっ、プラムのアンクレットだ」
「えっ、私のは、ここにあるわ」
二つのアンクレットは、交差するようにメビウスの輪を描きながら床をクルクルと回転して、コロンと倒れた。
そして、その輪っかのそれぞれの中心から、マリーとルルが飛び出すように浮かび上がってきた。そして、全身の姿を露わにすると、二人の目がぱっちりと開かれた。
「あらまっ」
「なんだぁ?マリーの魔法か?」
「マーク!」
「マークだわ。会いたかったわ」
「マリー!うまくいったのね」
「ルル、大成功よ」
マリーとルルは、飛び跳ねながら、俺に抱きついてきた。
何が何だか、甲板上の奇怪な状況をロコとプラム、オロチちゃんが見つめている。
俺だって、よく理解できていない。
マリーとルルだけが、状況を把握しているようだ。
「マーク。ダハスのお部屋から飛んできたのよ。凄いでしょ、褒めてね」
「これも、オロチちゃんのおかげよ。ありがとう。オロチちゃん」
ぽかんとしたオロチちゃんも何のことだか、分からないといった感じである。
よくよく聞いてみると、ルルがプラムのアンクレットのスーパーコピーの模造品を作って、プラムがテレポーテーションしたように瞬間移動してきたとのことらしい。
「すごいわね。ルル。やっぱり、このアンクレットには、こういう力があるのね」
「本当に、私のアンクレットと瓜二つね」
「ロコのもあるのよ」
「私にもくれるの?」
「これで、みんなの間を行き来できるわ」
「私は?」
「オロチちゃんは、尻尾にドラゴンナイトがあるから、それで、できるはずよ」
「そうなんだ、じゃぁ、マークは?」
マリーとルルが顔を見合わせて、ハッとしたような表情を浮かべる。
「そうか、マークのは、どうしよう?」
「マークの元に行くために、作ったから」
「俺は、大丈夫よ、なくてもいいさ、飛んでいけなくても大丈夫」
「それなら、マークのアンクレットには、私がなるわ、いつでも離れない」
そう言いながら、オロチちゃんは、俺の足に絡みついて、アンクレットの姿になって見せた。
「あん、オロチちゃん、ずるーい」
オロチちゃんは、アンクレットの姿から少女の姿に実態を戻して、俺に寄り添うと
「だって、マークの分がないなら?私がなる。これが一番の方法でしょ」
「うん、分かった。オロチちゃんに、俺のアンクレットとして、これから俺に常に纏わりついてもらうことにするよ。いいね」
「えっ、ちょ、ちょっと、不満だけど、しかたないわね」
「オロチちゃんとマークの分も、作っておけば良かったわね」
「そうか、マリーの手紙、このために、ドラゴンナイトが欲しかったのね、呆れたぁ~っ」
「ロコ!し~っ」
何はともあれ、置いてきぼりをくらわされて、二人は、一生懸命に考えて、成功を見出したのだ。褒めてこそあれ、非難することではない。
まぁ、これで、ファミリー全員で、新しい大地、モルシンの街を目指せることになった。いいことである。
今一度、何はともあれ、本当に、愛すべき、愛おしい女の子に囲まれて、今が、生まれてこの方、一番嬉しい瞬間なのかもしれない。
そして、もう我がファミリーは、アンクレットのことよりも、夕飯の鍋の中に意識が飛んでいるようだ。勿論、この俺も。
我が家であるこの船に、ファミリーが揃っての旅は、この海のように心穏やかな時間を感じさせる。ロコの偵察カモメもモルシンへの海路を記してくれた。
見張り台のロコが大きく指を指し示して声を上げる。
「反対側の岬が、見えて来たわ」
一同、揃って、ロコが指さす方向に目を向けてみるも、ここからは、まだ何も見えてはいない。しかし、繋がった大地の先は、そこまで来ている。暫くすると、甲板からも岬が突堤のように突き出している様子が見えてきた。
そしてその奥に広がっていく大きな大地、大陸をしっかりと視界に捉えることが出来てくると、大きな船が多数停泊している大きな港が見えてきた。これが、恐らくモルシンの街だろう。俺達の船も錨を降ろし、上陸の準備だ。
「上陸は、俺とマリー、ルル。ロコとプラム、オロチちゃんは、船に残って我が家を守ってくれ」
「えっ、今度は、私たちがお留守番?イヤーっ」
「私は、マークのアンクレットになって、ついていくわ」
「オロチちゃん、連れて行きたいけど、オロチちゃんには、ロコとプラムを守ってほしい」
「ううっ~ん」
「この船が襲われないとも言い切れない。オロチちゃんの大蛇だけが頼りだよ」
「わかったわ。でも、マークのアンクレットが」
「私のを付けて行って」
ロコは、ブレスレットとして腕に付けていたアンクレットを俺の腕に付けてくれた。
「ロコ。ありがとう」
「私には、オロチちゃんがいるから」
「今回は、私とルルが、おデートできるのね」
「ヤッター、マリーは余計だけど」
「ルル、聞こえたわよ」
「でも、この街には、何があるの?」
「・・・、でも、マークと散策、嬉しいからいいか」
ロコ、プラム、オロチちゃんは、二人を冷ややかな目で見ている。
俺も、連れて行く二人は、事情を知らないのだし、アルカティーナの話は、ややこしいので、今は、説明無しで、とりあえず、上陸しよう。今回は、マリーの魔法とルルの技巧が必要に感じられる。
マリーは、クリス教だけど、アルカ教の教会へ行くのに問題はないのだろうか。まぁ、教会は、教会だ。同じようなものだろう。俺は、どこの信者でもないけれど、マリー達は、異教徒になるのかなぁ?まぁ、多分、なんとかなるだろう。
俺は、マリーとルルを伴って、船を降り、港へと降り立った。
とても賑やかで、活気の漲る港町のようだ。
「よう、兄ちゃん、旅行かい?キレイなお姉ちゃん二人も連れて、お盛んだね」
「こんにちは。この街は、初めてなので」
「このモルシンは、何でもあるから、楽しんでくれよ」
「まずは、教会に行きたいのだけど、御存じですか?」
「教会?たしか、その坂の上にそのようなものがあったような」
「ありがとうございます、いってみます」
「ねぇ、マーク、さっきから、何を言っているの?」
「教会の場所を教えてもらったんだよ。このモルシンの」
「モルシンって言うの、この町」
「マークの話していることも、この町の人たちの言ってることも分からないわ」
「そうね、言葉が違うのね。異国では、言葉が違うって聞いたことがあるけど」
「俺は、言葉が違うとは思わないけど」
「マークは、訳の分からないこと言いながら、みんなとお話出来ているものね」
「俺、言葉を変えているつもりは、ないのだけれど」
「本当?気付いてないの?」
「マリー、ルルとショックの魔法で、言葉が分かるように、できるかな?」
「うん、多分できるわ。やってみる」
「ブルスカ・ショック~っ」
「わっ、市場の会話が分かるようになったわ。マリー、すごーい」
「ルルまで、訳の分からないこと言いだしたわ」
「マリー?」
「えっ、マーク、何んて言ってるの?」
「イヤっ~っ!このぉ~。ブルスカ・ショッ~クっ」
マリーは、もう一度、魔法の言葉を天に指を突き上げて唱えて見せた。
「わっ、街の声が、押し寄せるぅ~」
「マリー、どう?」
「ルル、私も聞き取れるようになったわ」
「マリー、魔法ありがとう、流石だね。頼りにしてるよ」
「マークに、久しぶりに、誉められちゃった」
先ほどの男に聞いたように、坂の上まで昇ってきたがそれらしいものは見当たらない。しかし、古びているが、重厚な扉のついた大きな建物を見つけることができた。
細かい彫刻のあしらわれた入り口の大きな扉を開き中へと入っていく。がらんとした大きな空間がそこには広がっていた。
その空間の奥に祭壇があり、正面を見渡すように大きな美しい女神の像がこちらを臨んでいた。
「わっ、綺麗。ここは、教会?でも、ゾクゾクしちゃうわ。だって、クリス教じゃないもの」
「本当ね。私たちの知っている教会では、ないわ」
「そうかなぁ、どこの教会だろうが、同じような感じじゃないかい?」
「マークは、信じるモノがないから、同じように感じるのよ」
「信じるモノって、厄介なものだね」
ガチンっと、入り口の扉が完全に締まり、鍵がかかったような音が静かな空間に響き渡った。
そして、天窓から一筋の光が女神像の額を指し示した。
「無事、辿り着いたのね。おかえり、故郷へ」
光の中から、女神像と見紛うほど美しく、女神と間違うものなどいないであろうアルカティーナの姿が具現化して、俺達の目の前に現れた。
「エアル、お帰りなさい。あっ、今は、マークだったわね」
「どうにか、モルシンにやっと辿りつけました」
「マナと同じ瞳。私の甥。思いがけず見つけた、ただ一人の家族」
「伯母上、俺は、なんのためにモルシンに来たのですか」
「なんの?このモルシンに帰るために、戻ってくる為に、決まっているじゃないの」
「ねぇ、ねぇ、マーク。この恐ろしい程、いや、悔しいくらいの美人さんは、女神様よね」
「マリー。そうよね、こんなに美しい女の人が、この世にいるわけないものね。怖いわ」
「そなた達は、エアル、いや、マークの供か?」
「伯母上、供じゃないですよ。家族です」
「伯母上って?」
「家族?」
「みんな縁があって、俺と所縁があって、巡り合った家族ですよ」
「所縁?」
「あと、三人います。家族は。これで全員らしいですけど」
「五人いるのか?家族?女?」
「クリスティー様が、私たちを巡り合わせてくれましたわ」
「クリスティー。そうか、あいつが、閉ざされた世界までへ」
クリスティーの名を聞いたアルカティーナは、優しい眼差しから一変して、俺を見つめる。
「クリスティーが、そなたを育てたのか?」
「いえ、俺も最近、会ったのです。このサイコロに導かれるまま、そして、仲間が増えて、ファミリーができました」
「本来、世界は、一つ。大地も繋がっていた。ドラゴンの翼によって、世界が分けられた」
「ドラゴンって、結局、何者なんですか?」
「ドラゴンは、仮の名であり、仮の姿、魔王であり、神であり、世界の要」
「そのドラゴンを勇者が倒したと」
「倒したと言うか、契約したと言うか、作り出したと言うか」
アルカティーナは、何とも言えない顔をして、歯切れ悪く答えた。
「そうそう、そなたにこの首飾りを渡す。迷いを感じたり、寂しくなったら、そのメダルに口づけを」
「メダルに?」
「これから、この山向こうのゲリアの村に行き、生家を訪ねなさい」
「生家?誰の?」
「そなたの生家よ。そこから、そなたが、進む道を考えることだ」
日の光が陰っていくのと、同化して、アルカティーナは、スッーっと、消え去っていく。
俺は、皮の巾着に結ばれた五人の髪を握りしめて、船の三人に念を投じた。ぼんやりと甲板で話をしている三人の姿が脳裏に浮かぶ。
「これから、内地に向かう。三人を呼びたい。船を安全に停泊して保管できたら、連絡して欲しい」
俺は、念を飛ばしてみる。
「あっ、マーク」
「マークの声」
「髪の念力ね。わかったわ。船を保管します」
「うん、そしたら、そばに行くわね」
「用意ができたら、念を飛ばしてくれ」
船の三人の動きが活発になる光景を臨みながら俺は、巾着の紐から手を放した。
「マーク、三人に伝わったようね」
「ああっ、ルル。ルルが作ってくれたアンクレットが使えるよ」
「でもロコのは、マークが付けているのよ」
「そうだった、マリーどうしよう」
「オロチちゃんが、ロコのアンクレットになれば、OKよ」
「そうか。マリー冴えてるね」
「えっへん」
「それじゃ、これから山を抜けてゲリアの村に向かってみよう」
「そこに、マークの生まれた家があるの?」
「そういってたわよね」
「俺は、記憶にないけど、とにかく、行ってみてからだね」
俺とマリー、ルルは、教会を出て、山に向かって進み始める。
マリーとルルは、俺以上に事態を把握できていない様子で、アルカティーナの美しさに対する嫉妬交じりの会話を二人でしっぱなしである。
山越えと言っても、険しくもなく、なだらかな山道を進んでいくと小さな村に出くわした。
ここがゲリアの村だろう。
ここで生家をどう探すべきか、話が本当ならば、五百年前の家など残っているはずもなかろう。
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