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運命の歯車


「遅いんだよぉ~っ。このバカっ~。」


 どこかで聞いたような、若い娘の声が祠の中の賽から聞こえたような気がした。

先ほどまでの俺の二つの賽からの光は、消え失せ、祠の中の一つの賽だけが、ぼんやりと光っているだけとなり、俺の周りは、一層真っ暗闇となり、この空間だけ別次元の世界となったような感じがした。


 世間での暮らしを始めたばかりで、酒場で食事をし、子供のくせに、一丁前の気分でお酒を飲み過ぎたようだった。酒に酔うということを初めて経験しているのかもしれないと、俺はこの状況を冷静に感じていた。


「どんだけ、待たせるのよぉ~。やっと、来てくれたのね」

んっ、酔っているにしては、またもやリアルな声。


「もっと、近くにきてくれない?私は、あなたが来てくれるのを待ってたんだから」

「サイコロのくせに、俺にしゃべりかけるとは、酔っているにしてもバカバカしいヤツだ」

「あっそう、聞こえているのね。じゃぁ、このまま続けるわ」

「あなたのサイコロと私のサイコロを併せて振りなさい」

「どうして?」

「賽三つの勝負。いいわね。あなたが、三つのピンゾロを揃えたら、私はあなたを守ってあげる」

「守る?」

「シゴロ(四・五・六)なら、この夢を解いて何もかも忘れることになるわ」

「忘れる?」

「ヒフミ(一・二・三)なら、残念。消えて無くなるわ」

「消える?お前が?」

「あなたよ」

「ふざけるな!、夢にしてもバカバカしすぎる」


俺は、帰ろうと振り返ったが、もと来た道も草むらもなく、何もない真っ暗な空間が俺を取り囲んでいる。この空間が、広いのか、狭いのかさえも、判断できない空間に俺とみすぼらしい祠だけしか存在していない。


俺は、本当に酔っているものと理解して、悪夢を逃れるために、言う通りに祠の賽と先ほど投げた俺の二つの賽を併せて、祠の前に放り出した。

賽は、またもや、閃光をおびて転がりながら、三つが呼応し合うように交わりながら、目を導き出した。


 一・一・一

「ピンゾロね。美しい女神が、生まれたままの姿で降臨してアゲル。これがご褒美よ」

「生まれたまま?ハダカ?セクシー?せっかくなら、絶世の美女をお願いします」


またまた、光の海が。

先ほどの広大かつ閉鎖された真っ暗な空間がそれを解き放つように、光り輝き、目も開けていられないほどの眩しさに包まれた。

気が付くと、辺りは、真っ暗で、さっきまで家路を急いでいた道端に戻っていた。


「あっ~。少ししか飲んでないのに、相当に酔っぱらってしまったらしい。俺に酒は、合わないらしいな」

まぁと、気を取り直して、帰ろうと賽を拾おうとすると、賽は、三つ転がっている。暗くてよく見えなかったが、その横には、茶色い薄汚い布に包まれた赤ん坊がいた。首から俺の巾着と同じようなものを下げている。

賽の一つが、再び光だし、赤ん坊の巾着に吸い込まれていった。


「なんだっ~」

「お前は、なんなんだ」


赤ん坊は、スヤスヤと眠っている。また、やっかい事に巻き込まれてしまったと実感した。酔って見た夢は、真実と虚構の間だったのかもしれない。暗闇と光の中で聞いた声は、確かにピンゾロで、生まれたままの姿の女神が舞い降りると言っていた。


すると、この生まれたままの赤ん坊が女の子で俺を守る女神なのだろうか。生まれたままの姿って、そういう意味なのかよ。言われるがままに、賽を投じ、スケベ根性を出した自分が恨めしいが、こんな赤ん坊を道端に、このままにしておけまいと、そうっと抱えて、塒に帰ることにした。


 ほし草の感触が頬を伝い、朝の到来告げていた。


「ううっ~ん。本当に昨日は、酔っぱらってしまったらしい」

「でも、ちゃんと、帰ってきているところを見ると、帰巣本能ってものが、俺にもあるんだな」


塒の納屋に朝日が差し込んできている、清々しい朝がやってきたのだ。酔いもすっかり抜けて、さわやかな気分で今日も仕事に行けると伸びをしていると、視線を感じた。


「なんだとぉ~っ」


横を見ると、なんとも愛らしい赤ん坊が俺のことをじっと見つめているではないか。

信じ難いことではあるが、目覚めてからも、夢の続きが続いているようである。しかも、実体を伴っている。指で赤ん坊をそうっと触ってみると、力強く俺の指を握り返して、ニコっと微笑んでいる。


「ホントかよぉ。まいったなぁ」


とりあえず、どうすることもできずに、赤ん坊を塒にあった紐でおぶさり、何か食べるために町に向かった。

ちょうど、昨日、祠を見つけたであろう所にくると、背中の重みが増してきたように感じて振り返ると、俺の背中には、赤ん坊ではなく、十歳くらいの女の子が背負われていた。


驚いて急ぎ降ろしてみると、包まれた布はそのままで、腿までの丈しかなく、中は、ハダカん坊で、目鼻立ちの整った少女が立っている。女の子?確かに男の子ではない。俺についているものがない。

 俺は、急いで、おぶってきた紐を帯にして前を閉じてやった。すると、女の子は、俺の手を握り離さなくなった。

おんぶよりは、疲れないにしても、二人して手をつないで歩いている様は、どうなのだろう?

親子?それとも、兄妹に見えるのだろうか?まさか、人さらいに。


取り急ぎ、二人して、屋台で粥をすすり、ささやかな朝食をとり、道具屋でひざ丈までの女物の着物を買って、少女に着替えさせた。しかし、産着の布は、その手から放そうとしない。首から掛けている巾着は、よくよく見ても俺のそれとよく似ている。そして、何故か、少女は、一言も言葉を発しない。


「お前は、何者?なんだい?魔物?」

「このままだと、仕事にも行けないなぁ」

「まぁ、日雇いだから、いつでもいいんだけどね」

「だだ、稼がないと、今日はまだしも、明日から食えないからなぁ」


少女は無言のまま、俺の手を握る力をギュっと強めて、下から、覗き込むように見つめている。

なんなんだ、可愛いじゃないか?俺は、ロリコンだったのだろうか?でも、こやつは、一体何者なのだろうか。赤ん坊がこんなに早く大きくなるのもおかしいし、大体、祠の夢から全てがおかしい。


子連れでも仕事が出来ないものかと、酒場の一角にある職業紹介所で案件を見ていると、少女がある張り紙を指さした。それは、町はずれの湿地と沢の埋め立て普請作業の人足募集の物だった。応募を済ませて、現場に赴き、少女を木陰に待たせておいて、作業に参加させてもらった。


あっという間に、夕方になり、一日の仕事が終わった。給金を貰って、少女を見ると昼間のまま膝を抱えて木陰に座ったままだった。昼飯抜きにさせてしまった。無論、俺も抜いているが。

少女に駆け寄ると、水辺の窪みを指さし、そこへ、俺の手を引いて歩き始めた。


「どこへ行くんだよ」


まだ、夕方で日が残っているはずなのに、瞬く間に、俺と少女の空間が昨日の祠の時のように、真っ暗闇になった。そして、目の前にまたまた、小さな祠が現れた。

今日は、祠は、自ら扉をゆっくりと開いて、中から光と伴に、まさに女神と言わんばかりの見目麗しい女性が俺たちの前に現れた。 


「マリーちゃん、とうとう恋人が迎えに来てくれたのね」

「これにて、そなたを解放す。悔い改めて、運命の者と世を正すのですよ」

そう言い放つと、その傲慢ないい女は、祠の扉の中へ戻ろうとする。

「ちょっと、待っ。誰ですか?あなた?何、言ってんですか?」

「そなた、名前は?」

「マーク」

「マークか。顔は、似ている。間違いはないな」

「・・・」

「勇者の証は?」

「勇者の証?」

「ドラゴンの牙のことよ」

「何、言ってるんですか?」

「ないの?肌身離さずに持っているものはないのか?」

「生まれた時から、持っているのは、このサイコロだけしか・・・」

「やっぱり、持っているのね。マリーは、未熟だが、お前もまた未熟。二人で為すべきことをなせ」

「どういうことですか?」

「私と話したいときは、新月の祠で会える、精進するように」


なんだかよく分からないことを言うだけ言って、見目麗しい女は、祠に消えて行った。そして、俺と少女を包み込んでいる暗闇が解かれ、夕方の景色に戻ると、祠自体も消え失せていた。


「なんだったんだ。今の女は、なんなんだ。お前の知り合いか?」

少女に問いただしても、言葉もなく、ただ俺を見つめるだけだった。


「もう、飯にしよう。頭がおかしくなる」

もう、本当に考えたくなかった。普請仕事でヘトヘトでもあるし、いきなり、子ずれになって、稼ぎも多くしなくてはならなくなったし、酒でも飲んで、なにもかも忘れたい気持ちだった。

まだ、本当は、夢が覚めていないのかとも思えるほどである。


「お前、マリーっていうのか?」

「・・・」


少女は、こっくりと頷き、手を繋いできた。


 さっきの傲慢な女は、何者だろう。訳の分からないことを言うだけ言って、消えていった。そういえば、祠って、実際どこにあるのだろうか?自在に出てくる感じがするし、昨日の所に行っても今は存在していない。俺は、初めて世間にでて、頭がおかしくなったのであろうか?


しかしながら、唯一つ、このおかしな現象が夢ではないことを証明することがある。俺の横にマリーが座っていることだ。


「さっきの女は、お前の仲間か?」

「お前、どうして口をきかないんだ」

マリーは、食い物を頬張りながら、俺のことを唯々見つめるだけだった。


明日は、また、どうしたものだろうか。日雇いを探すにしても、子連れではなかなか大変だと思われる。まぁ、今日もクタクタだし、寝て起きたら考えよう。俺は、マリーを連れて塒に戻った。


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