ホクロ
クリスティーの名を聞いた見目麗しい美女は、美しく温和な顔を別人のような恐ろしい悪魔を想像させる形相へ変えて言葉を紡いだ。
「おのれ、クリスティー」
「クリスティー様とお友達なんですか?」
「何っ、オトモダチ?古くからの因縁の魔女だ」
怒りの炎をメラメラと身にまとい美しくも悪魔のような美女が、拳を握りしめてこちらに近づいてくる。
プラムが、ドラゴンナイトを手にして、
「これが、ドラゴンナイトです。私は、この島の反対側、ダハスの長の娘です」
「そなたが、鍵を」
「鍵って、この石が、カギなのですか?我が火の島を鎮めてくれますか?」
「ここは、世界を分かつところ。かつてのように、繋げることは・・・」
俺もなにがしかを示して、この恐ろしくも、神々しい女神のような美女に、敵意のないことを伝いたいと思い、どうしてかは、分からないが、生まれた時から持ち合わせていると言われている巾着のサイコロを見せたくなった。
「俺は、クリスティーの使いです。これを」
サイコロを出そうとした瞬間、巾着の中で、それを包んでいるボロ切れまで、掴みとってしまった。
十字の絵柄の布を掌に載せ、その上に賽の目を二つ露わにしたまま、俺は、恐ろしいほど美しい美女の鼻先に突き出した。
「なんとっ、信じられない」
美しい悪魔は、俺の掌から、包んだ布ごと賽の目をその両手でやさしく受け取った。
「信じられない、そなた、名前は?」
「マーク」
「マーク。と言うのか」
「捨て子の私は、孤児院にて、この名を受けました」
「捨て子?、もしや、本当に」
「・・・」
「そなたは、我と同じ血を受け継ぐ者?なのか」
「この布は、当家の召使の紋章、絆の十字」
「信じられない。エアルなのか、間違いないのか?マナの産んだ子が、無事に時空を超えたのか」
眼を見開いたまま女神の如き美女は、掌に載せた布と賽の目と俺の顔をまじまじと伺っている。その目には、うっすらと光るものが確認できる。
「そのサイコロは、俺が赤ん坊の頃から身に着けているモノです」
「牙のようだな、この布は?」
「初めて発見されたときに、身に纏っていた産着の切れ端だそうですが」
「信じられない、クリスティーがなぜ?」
女神のような美女は、右手の人差し指を俺に向けて、クルリと円を描きながら、聞き取れない何事かの言葉を発した。
すると、俺の衣服が全て消え去り、丸裸になった俺は、空中に浮かび上がり、頭と足が逆さまになりながら、脚を左右に広げさせられて、お尻を女神の鼻先に突き上げさせられてしまった。
「うわっ、なにをするんですか?」
「信じられない。マナの赤ん坊に間違いない。そなたは、エアル」
「えっ、なんですか?そんなことより、もう降ろしてください。どこ見て話しているのですか」
美女は、確信したのか、納得したのか、気が済むまでじっくり観察できたのか、俺をクルリと回転させて、股裂き逆さまのポーズを解いてくれた。
しかし、まだ、丸裸のままだ。
「ロコ、今、見た?こんなに近くで、見たの初めて」
「うん、プラムと私だけかも、マークの・・・。オロチちゃんは、寝てるし」
「ロコ、プラム、なんのことだい?俺の何かをじっくり見ちゃったの?」
「だって、見えちゃったもん」
足元から次第に、衣服が戻って首まで完了した。美女は、大事そうに布に賽の目を包んで、俺に返してくれた。
「マーク。いや、マナの忘れ形見、エアル。私は、アルカティーナ。そなたの伯母だ」
「やっぱり、女神様なんですね。えっ、今、なんて?」
「そなたの本当の名はエアル、私と同じ血が流れているということだ」
「俺は、ブルースカイの血を受け継ぐ者と聞いていますが」
「そうだ、アロンとマナの子供だ」
「アロン?マナ?」
「アロンは、そなたの言うブルースカイだ。マナは、我が妹」
「・・・」
「そなたの脚の付け根の二つのホクロは、私もそなたが赤ん坊のときによく見ている」
「あっ、それを確認したんですか?」
「プラム、ホクロは、反対側だったから、見えなかったわね」
「うん、そうね。ロコとみたのは、正面だったからねっ、うふ」
「うふっ、じゃないよ。プラム」
「時空の彼方に、マナがそなたを逃がして、五百有余年。たった一人の肉親と再会できるとは」
アルカティーナの話は、こんな感じだった。
アロンは、ドラゴンを倒してマナの元に帰ってきた。アロンは、城へ報告に行き、王よりブルースカイの称号を得る。帰り道に寄った教会にて、空高く飛び去ったドラゴンの片翼が自身と大地を分かつ予言を受けて急ぎ家に戻る。
帰ったアロンの目に飛び込んできた光景は、家に倒したドラゴンの片翼が突き刺さっていた。中には、マナが最大級の魔法を使った後で、身体が消え去っていく最中だった。
彼女は、エアルを守るために、未来に逃がしたことを告げて、自身は、消えていった。
そして、その場が裂けて、大地が分れていった。とのことらしい。
俺が、そのエアルなのか?
「アルカティーナ様」
「伯母上で良い」
「オ、オ、オバ上。俺が本当にエアルなんですか?」
「間違いない」
「俺は、勇者の子孫ではなくて、子供ってこと?」
「そうだ」
「俺は、五百歳以上なの?」
「いや、そうではない。五百年の時を飛び越えているだけだ」
「俺に家族がいたのか?」
「二つの世界を繋げるのだな。そのカギで」
「えっ、岬の先にこの石を届けようと」
「いいだろう、やってみるがいい。エアルを元の世界に戻してくれるだろう」
「その前に、伯母上、このオロチちゃんを目覚めさせてください」
「オロチ。エアルの供か、クラゲの毒でも生き延びている流石だ。それっ」
「ううっ~ん。マーク様。ご無事で」
「オロチちゃん。目を覚ましたかい。よかった。身体は、痛くないかい?」
「大丈夫です。ここは、この光の中は、天国ですか?」
「そうか、マークの名の方が、そなたには、馴染み深いのだろう。マーク、カギを投げよ」
「はい、プラム、ドラゴンナイトを岬に捧げてくれ」
「わかったわ。マーク。ソーレー」
プラムの手から、黒い石っころ。もとい、ドラゴンナイトが岬の地面と海面の境に投じられた。一呼吸の時の後、幻影で見たように岬の先から大地が広がり、ダハスの島をみるみると大きくしていく。と同時に伸びる大地の先から別の大地が接近してきて、別の世界と組み合わさっていくのが、見てとれた。
「こちらが、そなたのいた世界だ。マーク。我が甥っ子」
「大地が大きくなった。つながったのが正しいのだろうか」
「そうだな、このつながった大地の先の先にモルシンの街がある、そこの教会で私は待っている」
「えっ、待って、オバっ」
アルカティーナは、そのまま、祠に吸い込まれながら、祠ごと、光とともに消えていった。俺達は、光の空間から岬の海原に戻った。
プラムと俺は、小舟の上、ロコとオロチちゃんは、船の甲板にその身体を戻している。
「ロコ、小舟を回収してくれ」
「アイ・アイ・アサー」
四人は、さっそく甲板上から、広がった大地と連なった大地を見つめながら、相談を始める。
「今のは、何だったのでしょう」
「このまま、モルシンを目指そうと思う」
「待って、マーク。マリーとルルをダハスに残したまま?」
「ダハスに戻って、クリスティーに確認する前に、モルシンに向かいたい」
「私は、マークの仰せのままに」
「オロチちゃん、ズルい。私だって、マークの言いなりよ」
「ロコまで、私も、マークの思いのままよ」
「よし、このまま、モルシンを目指す。そこには、この分からないままの何かがある感じがする」
「ロコ、この連なった岬の彼方の大地を進んでくれ、その先にモルシンはある、らしい」
「いいわ。どこへでも、マークと一緒なら」
「そうね。マークと一緒なら」
「もう、離れないわ」
オロチちゃんが、姿をヘビに変えて、俺の足首から腿にかけてその身体をグルリグルリと巻きつけてきた。それを見るなり、ロコとプラムも遅れをとるまいと俺に密着する。
「オロチちゃん、ズル~い」
「私も」
「私だって」
プラムとロコがそれぞれ俺の左右の腕にしがみ付いてくる。心地よい柔らかな膨らみが俺の腕を沈み込ませていく。
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