はじまり
小さな革の巾着から取り出した白が汚れてクリーム色になっている二つの賽を俺は、テーブルの器に転がしてみた。
孤児院を出てから一週間が過ぎた。十六の誕生日から一週間が過ぎたのだ。昨日と同じように、一日の仕事を終えて、町の酒場で食事を済ませたところだ。今日は、城壁補修の人足仕事で、給金が多めだったので、肉と酒を頂くことができた。
生まれたばかりで発見された俺は、十字の絵柄の身体を包む布とこの革の巾着のみを纏っていただけらしい。そうだ、今も俺の持ち物は、首から掛けているこの革製巾着一つのみである。中身は、お宝でも何でもない。サイコロ二つとそれを包む十字の絵柄の布切れ、俺の産着代わりの布を巾着に孤児院が詰めたのだろう。
なんにもない、何も持ち合わせていない。みなしご。孤児院の前に捨てられていた子、それが俺だ。
赤ん坊のころから、不運と隣り合わせで、誰が見ても、やさぐれ者なのだ。しかしながら、窮屈な孤児院を出て、独りで生きて行かなくてはいけなくなり、かえって、気楽になったが、はてさて、どうしたものだろう。
チロチロチン
賽の目が二つ、一の同じ目を出している。
「ピンゾロか」
今日は、賭場に行かないで、薄汚い塒に帰るとしよう。
俺は、賽を首から掛けている巾着に戻し、テーブルに代金を置いて立ち上がった。騒がしい店を出ると外は、真っ暗であるが、この道を真っすぐ行けば、町はずれに借りた古い納屋の小屋までは、迷いようがない。
程なく歩いていると、ぼっーと俺の胸の巾着が光り始めた。まるでホタルが光るように、しかし、その光は、力強く、徐々に明るさを増してきている。
「なんだ、この光は?」
俺は、マーク。親から貰った名前ではなく、名もなき拾い子に孤児院がつけた名前だ。天涯孤独ってものは、俺のような境遇のことを言うのだろうか。でも、気ままで自由な所は、まあまあ上出来と思われる。また、この混沌とした世界では、そうそう珍しい境遇とも言えないのだろう。
この革の巾着と中身の賽が唯一の私物で、生まれながらに持ち合わせていたものなのだ。もっといい物を与えてほしかったと何度も考えたことであろう。
光を探るように、巾着から賽を手のひらに出すと、賽は、さらに強く光り、黄緑色の閃光を伴って、ある一点を突き示した。大きな木の根元である。真っ暗の中を俺は、その光を頼りにそこまで、歩み寄ってみると木の根元には、とても古く、干からびたような小さな祠が隠れるように佇んでいるのが確認できた。
「こんなところに、祠なんてあったんだな、それにしても、手入れの全くされていない祠だ」
祠。その忘れられた祠に、俺の賽の光は、吸い込まれていっている。なんなのだろう?
木や草に覆われたその祠の扉を恐る恐る開いてみると、
「んんっ、硬い。開かない。びくともしない」
手のひらの中で二つの賽が光と伴に疼いている。自然と祠の前に賽を投げてしまった。すると、
賽の目が、二つとも一。先ほど酒場で見た目と同じ目をだして、まばゆいばかりに、光を放っている。と、その瞬間、先ほどは、固く閉ざされて開かなかった祠の扉がパッカーンと解き放たれた。恐る恐る扉の向こうを覗き込むと一つの賽が俺の二つの賽と同様に、同じ光を伴って、輝いていた。
「遅いんだよぉ~っ。いつまで待たせるのよぉ~。このバカっ~。」