第八部 第1話 atmosphere(宙と空の狭間で)
「アン!ユウっ!!アイツはダメだ!僕がヤる!!」
期限を切られてから3回目の出撃。そう、これが彼らにとって最後のチャンスだった。だと言うのに、まさか(たぶん)ADaMaS製Mhwと対峙するとは最悪だ。そもそも、あの機体は見覚えがある。どうやらどこぞでさらにカスタムしたのだろう、外装が随分と大型化しているが間違いない。何より、Mhwパイロットを始めてから戦場を退く最後までずっと戦い続けた相手のプレッシャーを間違うわけがない。あの真紅の炎に縁どられた赤い外装を持つ機体のパイロットはアレン・プロミネンス。StarGazerでも早くから強力なNEXTとして戦場を駆けた、超がつくほどのエースパイロットだ。
「アレン!キサマ・・・やはり生きていたか。キサマの相手は僕だっ!」
アレンと戦闘の時はいつも決まってそうだ。いつの頃からかは覚えていないが、2人だけの専用回線をつなぐようになっていた。目の前に現れた機体を目にした瞬間、僕は自然とそのチャンネル数〝0079〟に数値を合わせていた。よくよく考えれば確実にあの機体のパイロットがアレンだと決まったワケでもないのだが、気付けばヤツの名を叫んでいた・・・けれど返答がない。ヤツと相対するといつも感じていたプレッシャーも、長らく出くわさなかったせいだろうか、どことなく違和感を感じる。それにしてもヤツの機体・・・最後にヤツと闘った時に乗っていた機体に雰囲気は似ているが、今目にしているソレと比べればもっと人型だった。最後に見た時それなりに破損していた外装の修復に合わせて、かなりの改修を加えたらしい。今見るその姿は〝異形〟と表現するのが妥当なようだ。その姿を例えるならそう・・・まるで悪魔のように見える。
ヤツの、機体の大型化に合わせたように大型なビームライフルがピクリと動いた。狙いを定めたようだが、その対象は僕じゃない!
「ユウっ!回避だ!」
integrityにはアンが居る。おそらく狙われていることをすでに感じ取っているだろうが、思わず叫んでしまった。アンとユウが一緒に居る空域でヤツと出くわしたことが、さらに言えば、行方不明となっていたヤツの出現が、自然と僕にプレッシャーをかけているようだ。いくらあの兄妹が卓越したパイロットであろうと、アレンを相手取るにはまた経験不足だと言わざるを得ない。ヤツの注意をこっちに向けさせる必要があると感じた僕は、手にしていたライフルのトリガーを絞った。
「避けたっ!?・・・ユウっ!」
直進スピードがかなり速いことは分かっていた。だが、あの横への機動力・・・アレでアレンの身体は耐えられるのか!?この数年、ヤツはいったいどんなトレーニングをしていた?・・・いや、それよりも問題はアンの方だ。いつもなら相手のライフルが光るよりも早く回避行動に移っていたが、今回のはギリギリで避けたように見えた。
「ユウ、大丈夫か?いつもより反応が遅いぞ。アン?」
「あ、セウ中佐・・・あの機体から・・・人を感じないんです・・・あ、新しいNEXT-Levelなんでしょうか?」
まずい。アンの声が震えている。たぶん、戦場に出てくる以前から、それこそ、生まれてから今までに一度も出くわしたことのないタイプだってことか。でもおかしい・・・僕はハッキリとヤツがアレンだと確信できている。さっきからわずかに感じている違和感が、アンの言う「新しいNEXT-Level」ということなのだろうか?
いや、今はそんなことはどうでもいい。問題なのは、ヤツが僕には目もくれず真っ直ぐにintegrityに攻撃したことだ。間違いない。ヤツの目的は〝integrityの破壊〟だ。僕がヤツを感じるのと同じように、ヤツも僕を感じているだろうに、その僕を無視するかのようなあの行動、指示を受けたヤツの上官がよっぽどコワイ人物なのか、逆らえないナニカがこの数年で生まれたのか・・・いずれにしても、ヤツならばあの行動は不自然だ。
「アン!ユウ!下がれっ!アレは強い。聞いた事あるだろ、アレはアレン・プロミネンスだ!・・・因縁もあるんでね・・・アレは僕がやる!」
「アレン・プロミネンス・・・アレが〝燃える悪魔〟・・・中佐!後退しながら援護します。当たらないでくださいよ!」
反応したのはユウの方か。よしっ、アレンの名を聞いても委縮はしていないようだ。ユウの言うとおり、integrityのレールガンなら遠距離でも援護が効く。僕としても、あれからの時間で成長したんだ。ヤツとの因縁よりも優先するモノが、今の僕にはある。
「誰に言ってるんだ?と言うか、そもそも当てるなよ?」
「了解です」
それにしても・・・動きを緩めたというのに、ヤツの機体から目を離せない。この数年で、本当にヤツは自身の何かを変えてきたらしい。少しでも気を緩めれば、一瞬で撃ち落とされそうな雰囲気がヤツにはある。
「コッチを見たっ!?」
ヤツの機体はシングルモノアイだ。その光がこちらに向いたのと同時に、鋭い殺意が空間に走ったように感じる。それと同時に僕を睨む殺意の数が複数に膨れ上がった。
「Satellite-Weapon(SW)かっ!」
ヤツの機体背部(と言っていいのかわからんが)から左右に突き出た、超が付くほど大型のスラスター表面から、6つの光が走った。
なんてことだ・・・僕は大きな間違いを犯していたらしい。気付くべきだった。数年前は互角でも、今の僕とヤツには大きな隔たりがある。ヤツは(どうやったかは知らないが)NEXT-Levelを強化し、僕は戦線を離れたことで衰退した。その差は大きいうえに、僕の機体にSWは装備されていない・・・いや、有っても使いこなせない。
高速で飛来する6つのSWからの攻撃を躱すだけで精一杯だ。モニターの向こうで、凄まじい速度で加速していくヤツの機体が見えている。
「ユウ!そっちへ行った!出来る限り距離を取れっ!SWを落してそっちへ向かうまで持ち堪えろっ!」
SWの対処はなんとかなりそうだが、直ぐにというわけにはいかないようだ。しかも、対処しながらintegrityの方へ向かいたいところを、絶妙にSWが邪魔してくれる。SWはターゲットを脳波で設定すれば、後はオートで攻撃に移る。だがヤツの放ったSWは違うらしい。これほど緻密な動きをするSWなど、これまでにお目にかかったことはない。
「くそっ!1から10までフルコントロールだって言うのかっ!?」
そうだとすれば、ヤツのNEXT-Levelは驚くほどの進歩を果たしたということだ。目の前で飛び交うSWの対処が思うように進まない。ヤツはヤツでユウたちを追っているにも関わらず、コッチはコッチで僕の動きをしっかり感じ取ってることになる。対して僕は意識を向こうに割けないのがもどかしい。しかも悪いことに、薄っすらと奥で見えているヤツの機体とintegrityの攻防は、integrityの防戦一方に見える。
「チィ・・・まずいな、何よりこの戦場は・・・」
アレン・プロミネンスの登場はもちろん予想外だ。登場自体が予想外だってのに、ヤツのNEXT-Levelが強くなっているのは、予想外の上書きだ。けれど、予想外であって問題ではない。問題なのは、その予想外が起こったこの場所だ。
「ユウ!機体の高度を上げろっ!それ以上下がれば重力に引っ張られるぞっ!」
この戦場は、まだ宇宙だとギリギリ言える場所だ。ただでさえ、地球が機体を引っ張ってくる。機体の出力と重力の関係を見誤れば、Mhwは宇宙空間に戻ることができなくなる。そうなれば、如何にMhwとは言え、大気圏の摩擦熱に耐えられない。
僕とアン、ユウそれにアレンは、すでに重力と無重力の狭間にそれぞれの機体を置いている。