第七部 第14話 その方が都合がいい
「我々はValahllaの使者だ。ADaMaSには速やかな投降を期待する」
ADaMaSという1つの町には明確な入口というものが東西南北にそれぞれ存在する。だが、入口と言っても外部に続く道があるというだけで、街が防壁に囲まれているなどということは無い。どこから入ってもいいようなものだが、このValahllaの使者を名乗る一団は、キッチリと東の道路から侵入していた。
「使者って・・・それはValahllaから命じられて初めて使者だっての。自称じゃあな・・・」
ナナクルのツッコミは的確だ。これから応対しようとしていたウテナも、湧き上がる笑いをこらえるのに必死らしい。
「やめろよ、ナナクル・・・これからシリアス展開を演出しなきゃならんってのに・・・」
ウテナはパソコンに接続されているマイクを抑えながら、ナナクルを制止するかのような仕草を見せ、「ふぅー」と1つ息を吐く。
「こちらADaMaSのウテナだ。名前ぐらいは知ってるだろ?わざわざ来てもらってすまないが、そちらの希望には応えかねるね。どうやら武装しているようだけど、そちらの出方次第ではこちらにも考えがあるんだけど?」
隣ではポーネルが指でOKサインを見せている。どうやらナナクルに屈することはなかったようだ。
今のところ、Valahllaの使者とやらに新しい動きは見られない。その様子をパソコンのモニターで見ている最中、身体にGがかかるのを感じた。どうやら自分たちの乗っている最後のリニアが動き出したらしい。宙に浮いているのだから当然と言えば当然だが、改めてその静かさに驚く。これなら、マイクを通して相手に余分な情報を与えることはなさそうだ。
「・・・そうか、残念だ。キミたちの存在は、放置すれば両軍の増強を招く。それは見過ごせない。時間という猶予は与えたはずだ。この町からせめて子供は退避させていることを願う」
わずかな間は、彼らの内での協議の時間だったのだろう。おそらく、彼らは数週間前まで〝一般人〟だった者たちだ。広義ではウテナたちADaMaSも〝一般人〟ではあるが、少なくない軍との関わりがある。こうした〝戦闘〟が絡むであろう応酬において、彼らは素人だった。
「僕たちは自らの意志でここで生きている。そのための業は背負うさ。悪いが、抵抗させてもらう」
ウテナはポーネルの方を見て頷いて見せる。ポーネルが持つパソコンには、5機のMhwの機体名が並び、そこから伸びた線の先に〝AutoProgram〟と表示されたボックスがある。画面上でそれをタップすると〝Yes・No〟が続いて画面に現れた。
「それでは、我々の最初の故郷にしばしのお別れです。みなを代表してあの地に、ありがとうの謝意をお伝えする」
ポーネルが〝Yes〟を選択すると、地上では5機のMhwが動き出した。急造で組み上げた5機は、eSが1機、REVAZZが2機、あとはLENFLOとLyuutだ。いずれも素体のままに見えないよう、若干の外観変更と彩色変更を施してあるが、はっきり言ってハリボテでしかない。それでも、Mhw戦闘の素人相手ならば、襲撃している相手がADaMaSだという認識が手伝って、十分な効果を得られるだろう。一番最初にここを襲いに来たのが彼らであったことは、ある意味、ADaMaSにとって幸運だった。
それ以降、ポーネルもウテナも開いていたパソコンを閉じた。後はリニアのシートに背を預け、時速500キロに達するGを体感(もちろんウテナによって軽減する仕組みが存在するが)する。所要時間は1時間10分程度が予定されている。つまり、第二のADaMaSは500キロ離れた場所にあるということだ。
2人がパソコンを閉じて以降の、ADaMaSの様子は誰も知らない。そこでは、彼らが用意した5機のMhwのうち、REVAZZがどこを標的としているかも分からないような銃撃に反応したValahllaの使者たちが、人1人と同じぐらいの質量を持つ銃弾が飛来したという事実に恐怖した。戦場そのものが初めての彼らにとって、死の恐怖が彼らをパニックに陥れることは容易なことだった。
彼らは持てる兵装の全てを使い、REVAZZの銃撃に応戦を開始した。訓練されたことのない素人が戦闘に参加するという行為は、悲劇しか生まないことがよく分かる。彼らは攻撃目標を5機のMhwに固定することも無く、ただ闇雲に、ADaMaSという1つの〝町〟に対して無差別な攻撃を展開していた。
Valahllaの使者が放った銃弾、砲弾は、その目的地を示されなかったがために、ADaMaSの本社ビルや工場だけでなく、そこを生活の拠点としていた者たちが住んでいた住宅地やマンション、そこに隣接する公園や児童福祉施設、学校と、あらゆる建造物を燃やした。
もし使者を名乗る者たちの中に、軍属もしくは軍属経験者が居たとすれば、同じ結果にはならなかったはずだ。その経験を持つ者が居れば、攻撃に対して被害が明らかに大きいことに気付いただろう。クルーガンたちが各所に仕掛けたナパームが、彼らの攻撃をトリガーに自発的延焼を始めたことで、ADaMaSの町全土が炎に包まれる結果を招いていた。
襲撃を受けることを予測したADaMaSでは、その移管作業が急ピッチで進められていた。物資や機器、工作機械などはもちろん、各種データから子供のおもちゃに野菜の苗や種子に至るまで、個人が必要だと思った物は1つ残らず、2週間の間で運び出した。もぬけの殻となったADaMaSではあったが、いくつか残していく物もあった。
その中には複数台のパソコンも存在する。何より、ADaMaSがメインサーバーとして使用していた大型サーバーそのものも残す物に含まれていた。ADaMaSにはセシルを始めとした〝プログラムのスペシャリスト〟も多く在籍している。パソコンの扱いに関して言えば、マギーやアリスもADaMaS屈指のスキルを持っている。そんな彼女たちによってサーバー内のデータは痕跡を残していないとは言え、世の中には彼女たち同様の〝ハッカー〟と呼ばれる者たちが居る。万が一にも、データが復元され、ADaMaSの知的財産悪用を阻止するため、彼らはナパームによる完全消滅を計画した。
炎に包まれたADaMaSから、Valahllaの使者は脱出したのだろうか?そこにNoah’s-Ark、StarGazerの両軍が到着したとき、彼らの眼にADaMaSはどう映り、どんな行動を起こさせたのだろうか?彼らはADaMaSを戦場としたのだろうか?
炎さえ収まれば、全てが焼失していたとしてもその痕跡を調べることは可能だ。軍部であれば尚更、ADaMaSで何があったのかを知ることが、ある程度はできたはずだ。少なくとも、ADaMaSが炎に包まれたとき、そこに人が居なかった事実は解るはずだ。
「これで当面、我々は〝世間的には〟姿を隠していられますね」
「ああ。けれど、軍や、ミリアーク、ディミトリーはそうはいかないだろうね。このレールも僕らが通過後に完全に消滅するけど、その気があれば、新しいADaMaSを探すことは可能だろうしね。こればっかりは、まぁ、明日を待つしかないね」
この隠匿されたレールは地下水脈を利用して作られたものだ。塞き止められている水源を開放すれば、そのトンネルは完全に水没する。もともと鉄分が豊富な水質と深度のおかげで、水を戻せばその痕跡を地上から探るのは難しい。それでも、専門的に調べれば辿ることは可能だろう。
ウテナたちの懸念を他所に、翌朝に報じられたADaMaSに関するニュースは〝壊滅〟であり、そこに居た人々は、公式には〝行方不明〟という扱いではあるが、生存の確率は極めて低いことが記されている。これは地上においても、宇宙においても同じであった。
「その方が都合がいいと判断した者が居るってことだね。となれば、ここを突き止められる前に次の行動を急ぐ必要がありそうだ」
ウテナは誰に向かって言うでもなく、窓の外を見た。そこにある風景は見慣れた風景ではあったものの、内側からでは本物と区別が付かないほどの精度を持った映像であった。