第七部 第13話 行こうか
「ウテナ?アナタ、顔写真入りで新聞の一面に載ってるわよ?社長を押しのけてだなんて、世間の知見って怖いわね」
ミシェルが広げる新聞には、確かにウテナの胸像が写っている。胸像とは言っても、あつらえて撮影したものではないらしく、どうやら作業中の一場面を切り取ったものらしい。着ている服がツナギの作業着なうえに、見て解る程度に身体が正面を向いていない。
ウテナの写真の下には、枠を別にしてウテナの1/4程度の大きさで、ローズとADaMaS全景が並んでいる。ローズの写真はADaMaSホームページに使用されているモノと同じだ。
「お兄ちゃん、晒されてるじゃん!あっはっは、かーわいそー」
まったく可哀想と思っていないことがありありと解る口調のマドカは楽しそうだ。当のウテナはテーブルに広げられた新聞にチラリと視線を向けはしたが、それ以上見るような仕草も無い。
その日は新聞の一面だけに留まらず、TVでもインターネットでも、ありとあらゆるメディアがADaMaSに関する同じ内容を伝えていた。ミリアークとディミトリーの来訪から2週間ほどが過ぎた朝、世間を賑わせたADaMaSという文字の横には、〝壊滅〟という文字が並んでいた。
「しかしまぁ、アレがこうなるのか・・・情報操作ってのは、思ってた以上に恐ろしいモンだな」
「だけど、襲ってきたのってディミトリー一派名乗ってたヒトたちでしょ?メディアもそうでしょうけど、軍も何が起こったのかは知らないでしょ?」
ナナクルやローズ、それに他のみんなも揃っているそこは、いつもみんなが揃う食堂に見える。今日はパーテーションで区切られておらず、周囲にはたくさんの見慣れた人々で賑わっているが、今居るここは、〝2つ目の〟ADaMaSだ。時間を少し遡ろう。
「ローズ、ナナクル、ここに向かってる武装集団があるわよ。いよいよ世界が動き出したみたいね。すぐに行動を開始して」
2人の覗き込むモニターに映るミシェルは、それだけを言うと通信を切った。モニターから見上げた壁にかかっている時計は、17時をわずかに過ぎている。ADaMaSでの通常業務時間がちょうど終わったところだ。ミシェルの声だけを聴いていたマギーがすぐに受話器を上げ、電話のボタンを操作する。
「みんなー!残念だけど時間切れ―。コード9はつどーヨロー」
マギーが受話器に向かって言った言葉は、ADaMaSの敷地内全てに響き渡った。本来ならもっと緊張の走るコトのはずだったが、やはりマギーの口調だとそうはならないらしい。しかしこういうとき、人々の緊張を緩和するということは目的を達するのに必須でもある。
いつからそこにあったのか、誰も知らない駅がADaMaSの地下に存在していた。これを造ったのはLeefの工員で、ADaMaSの誰に通達したでもないのだから、その存在を知らないのはムリもない。当然、造らせたのはミシェルであり、これもまた、彼女の先見性によるものだったのかもしれない。
駅には2つのホームが並行して存在していた。ホームの間と両端の3カ所にレール(?)が存在し、その上で待機している10両以上ありそうな車両も3つある。見えているレールは、誰もが知っているソレと形状が少し違うようだ。ホームと車両の隙間からよく見れば、車両には車輪らしきものが無いことが分かる。現状、車両底面とレールは接地しているようだが、おそらくこの車両、運行時には浮き上がるのだろう。リニアを採用した高速列車らしい。
3つの車両は、次々とADaMaSで暮らす人々を飲み込んでいる。本来なら自分の身を護るための避難にあたるのだが、この2週間での入念な準備のおかげだろう、慌てる者が居ないどころか、この〝民族大移動〟を楽しんでいるフシもありそうだ。どうやらADaMaSを1つの町としてとらえた場合においても、ADaMaS内の日常は町全体の日常と大差ないらしい。
「よーし、第1便、左から順次発車しようか。次の車両もすぐ入って来るから、みんな慌てなくていいぞー!」
ナナクルの言葉に応じるかのように、それぞれの車両が「フィーン」という稼働音を響かせだした。はっきりと聞こえはするが、騒音と分類するには音量が小さい。左で停車していた車両が、ゆっくりと前方に滑り出し、徐々にその速度が上がっていく。それほど時間を必要とせず、車両は前方の暗闇の中に吸い込まれ、1台目を追うように中央で停車していた2台目が、そして2台目を追うように3台目が、同じように暗闇の中に姿を消した。
3台が消えていった暗闇に明かりがさし込んでくるのが見える。どうやら暗闇の先で脇に逸れているレール上で待機していた次の3台らしい。ホームにそれぞれ滑り込んで来た車両は、停止位置に到達するとわずかに沈み込んで動きを止めた。
「よーしっ!じゃあ2便目、乗り込み始めてくれ」
「ナナクル!ちょっと来てくれ。ポーネルさんが呼んでる」
この駅はADaMaS本社ビルの真下に位置している。上階へ向かう階段の先は、本社ビル1階のメインエントランスへと続いている。その入口付近で(珍しく)大声を張り上げているのはウテナだ。その姿を確認したナナクルは右手を上げ応えるが、顔はローズたちの方へ向いていたままだ。
「ローズ!上の処理は男連中でヤるから、後、任せていいか?」
「ん?ええ、いいわよ。マドカちゃん!マギーとアリス連れてらっしゃい。セシルはここに今入って来た車両のミシェル姉さんと一緒に先に行って」
ナナクルの後を受けてホームの中央で指揮を執るローズが、ミシェルとセシルの乗り込んだ1号車を見送る。前の3台と同じように3つの車両が暗闇に消えると、やはり同じように、新たに3台がホームに滑り込んで来た。今回の3台のうち、最後に入って来た車両は1両編成だ。
その頃ADaMaS本社ビルメインエントランスにはウテナ、ナナクル、ポーネル、ミハエルが揃っていた。何台かのノートパソコンをポーネルとミハエルが操作している。
「Mhwは5機ってところか?やっぱり装甲車とかの方が多いな」
「そりゃそうでしょう。軍じゃあるまいし、そう易々とMhwは手に入らないでしょ。むしろ5機あることに驚いてもいいぐらいだ」
ミハエルの肩に手を置き、パソコンの画面をのぞき込むと、そこには望遠で撮影された映像が映し出されている。隣ではポーネルがADaMaSの敷地図を画面上で見ている。どうやら生体反応の有無をスキャンしているようだ。
ADaMaS本社ビル内に4つの生体反応が表示されている。そしてそこに近付く3つの反応があることに気付き、ポーネルと一緒に画面を見ていたウテナは顔を上げた。
「局長!工場の方は準備いいっスよ。重要な箇所にはナパーム仕掛けてあるッスから、きれーさっぱりいくと思うッスよ?」
「Mhw5機に遠隔入れてきましたよ?けど、あんなんで騙されてくれますかねぇ?」
「ああ、ありがとう。3人とも下に降りてくれ。なぁに、相手は軍じゃないからね。たぶん、数発のマシンガンで十分だと思うよ」
すれ違う3人と順番にタッチを交わす。エントランスに誰も居ない風景は過去に見たことがあるが、ADaMaS敷地内に誰も居ないという風景は初めてだ。全ての動きを止めれば、ここはこんなにも静かな場所だったということを思い出す。そんなことを想ったのはここにADaMaSを作ろうと決めたとき以来だ。
「ウテナさん?どうやらそれぞれの軍も動き出したようですよ?ここへの到達は1時間遅れぐらいでしょうね」
ポーネルの報告を受け、ウテナはナナクル、ミハエルにも合図を送った。
「うん、いい頃合いだね。じゃあ、名残惜しいけど、行こうか、みんな」




