第七部 第11話 確証があるわけじゃない
「ウテナ、話はついたのか?」
ADaMaSの主要メンバー一同は、先ほどまでウテナ、ミリアーク、ディミトリーの3人が居たガーデン中央のガゼボ内に集まっていた。これまでのように食堂ではないあたり、内容に重みがある(これまで以上にという意味だ)ことを暗に示している。
「まぁ、ついたと言えば、そうかな。両方から手を組まないかって誘われたんだよね」
ほとんどの者が驚くかと思われたが、そこで振舞われているハーブティーの手を止める者も無く、慌てる雰囲気はどこにも存在していない。
「まぁ、そんなところかな?とは思ってたけどね。それにしても、あの2人も相手がウテナだったのは災難よね。交渉なら、まだ私やナナクルの方が話になったでしょうに。なにせ、局長ときたら・・・アレだから・・・それで?何か収穫はあったの?」
全員分のハーブティーを用意し終わったローズが、最後に淹れた自分の分から沸き立つ香りにウットリとした様子で応え、そして新たな質問をウテナに投げかけた。そのウテナはと言えば、「アレ」というのが何なのか気になるところではあるようだ。
「うーん、確証があるわけじゃないけどね。状況と推測から仮説が成り立ったのはいくつかあるね」
「局長が確証無いって言うの、いつものコトですよね?〝確証〟の有無は気にもしてないと思ってたんですが?」
このヒュートの言葉には誰もが頷いている。おそらくそのあたりに、ローズの言う「アレ」が潜んでいるのだろう。
「いや・・・まぁ、気にして無いけどさ・・・」
ウテナは改めて自分の過去をサッと頭の中で巡り、ヒュートの言うとおりだと思い至ってその先を続けることにした。
まずはミリアークからだ。彼女はBABELという新しい組織を立ち上げていた。その構成は、世界の兵器産業企業TOPが揃っているだろうことが予測できる。このBABELのTOPに座しているのがIHCのミリアークであり、その両翼に13Dのボルドール・ラスとGMのロン・クウカイが揃っている。ここへ来た4人の内3人というわけだが、果たして運転手が誰だったのかは気になるところだが、その人物は現時点で特定できそうにもない。だとしても、BABELの目的が兵器全ての流量コントロールであって、そうすることで戦争を永続させ、自分たちの利益を永久に享受することが表向きの目的だろうことは想像できる。ただしそれはあくまで組織としての目的であって、ソレとは別に3人にもそれぞれの目的があると考えられる。そちらが先にあり、手段が一致したからこその新しい組織といったところだろう。そう考えられる根拠は、本来敵対関係とさえ言えるはずのミリアークと他の2人が一緒に居るという事実もあるが、それ以上に、彼女が執着しているはずのNEXT-Levelに対する言動が何も無かったことだ。
「そっちではどうだったんだ?」
ウテナはナナクルの方を見た。ミリアークにその言動は見えなかったが、ボルドールとロンの2人がどうだったのかを知りたかった。ミリアークという人物に受けた印象を考えた時、彼女ならばあるいは、自分自身を囮に使うことも容易く実行するだろうと思えた。そう考えれば自身に意識を向けさせた上で、2人が何らかを探るということも十分にあり得る。
「特に何も。まぁ、様子から懐に忍ばせた何かで、俺たちの何かを調べてたとは思うけどな。喋ってる内容も軽かったし、わざわざここまで来たことを思えば、そこには何か目的があったはずだからな・・・ってことでウテナ?仮説よろしく」
ナナクルがティーカップを持ったままの手を差し出し、ウテナに続きを促す。
ウテナはいくつもの点を繋ぎ合わせた。NEXT、Tartaros、ミリアーク、アン少尉、IHC、BABEL。当然、これらを繋ぎ合わせる線の役割を果たすのは〝NEXT-Level〟だ。Tartarosはどうやってアン少尉の存在を突き止めた?彼女はそれまで普通の会社員だった。何かのキッカケがなければ、彼女がNEXTであることを特定できるとは思えない。しかし、そのキッカケに思い当たることが無いのであれば、辿り着く仮説は1つだ。
「キッカケが無いんだから、ミリアークたちは誰がNEXTなのかを知る術があるってことだろ?」
NEXT-Levelを研究対象とする機関〝Tartaros〟の事実上TOPであるミリアークが、その術を可能とする〝ナニカ〟を作りだした。そしてその装置は、対象者を直接つながなくとも、その人物のNEXT-Levelを測定できるとしたならば、ミリアークを囮とした2人の目的は、ADaMaS内でのNEXT捜索だったと推測できる。
「まぁ、マドカちゃんそうだしね。それにウチの場合、他に沢山居ると思われても不思議じゃないかな?ある意味、嬉しい限りね」
「ミリアークなら、そういうの作っても不思議じゃないからね。もしかしたら、数値化や分類なんてことも出来るのかもな」
何度も言うが、ADaMaSは技術屋集団だ。NEXTは本来の専門ではないが、NEXT-Levelをどうやって数値化や分類しているのかとなれば、それはもう、ほぼ全員の頭脳をフル回転させるに十分な内容だ。それぞれに考察が飛び交っている。
「おーい。あくまで推測だからなぁ?みんながワクワクしちゃうのは知ってるけど、ちょーっと後回しにしないか?まだディミトリーの方が残ってるんだぜ?」
ある意味ワクワクしていないナナクルが場を落ち着かせる。これもいつものADaMaSにおけるそれぞれの役割だ。そのために「ディミトリー」という固有名詞は充分な効力を持っていた。ナナクルの促しと同時に、みんなの視線が再びウテナに集まる。
「まぁ、ミリアークの目的は3つあったと思うよ。ウチを仲間に引き込むことと、NEXTの探索。そしてもう1つは、ディミトリーとも共通した目的だったと思う。で、ディミトリーの方だが・・・やはり、アレはディミトリーじゃないね」
本来ならば驚くべき発言なのだが、そこに集まって居る者にとっては事前に食堂で予測されていた内容だったおかげか、誰も驚く様子はない。特にディミトリーと直接会った者にとってソレは顕著なように見える。
「アレ?ディミトリーさん?も私たちを仲間にしたかったんじゃなかった?」
「仲間の意味が違うかな。ミリアークはこっちを対等に見てたけど、ディミトリーはそうじゃない。言葉では「一緒に戦おう」って言ってたけど、実際には、ウチを都合よく使おうとしてたんだと思う。まぁ、本来のウチの在り方を正しく使おうってコトでもあるんだけどね」
マドカの素朴な疑問に対して、どこか難しい返答になってしまった。マドカの方を見ると、そのまま先をどうぞといった仕草で話の続きを促している。
話を続けるにあたり、まずはみんなの認識を変える必要がある。あのディミトリーであった者が、今は何者なのかということだ。ソレについても、やはり想定は話してあるが、具体性はどこにもない。およそ現実的でない話がコトの真相だと言わんばかりの会話はこれまでにも多くされてきた。幸いなコトはここに居る全員、ウテナのことが正しく理解できているという点だ。ヒュートの言ったとおり、〝確証〟がないのはいつものコトだ。だが、代わりと言ってはナンだが〝確信〟なら持っている。ADaMaSの主要メンバーにとって、「ウテナが確信している」という事実は、何よりも重要なコトだった。




