第七部 第10話 マッド・ティーパーティーだね
「ウテナ局長、貴方は・・・いや、ADaMaSはこの戦争をどうお考えです?」
どうやら反物質の話をする気は無いらしい。半ばムリヤリな気がしないでもないが、話の方向性を変えてきたようだ。少し前から目の前に居るこの男が、以前の知っているディミトリーに思えてならない。ヤーズ・エイトの時には声だけだった。そしてここへ来るまでは少なくとも、姿かたちはディミトリーであっても、違う誰かのように思えていたはずだ。彼の雰囲気が変わったのはどこからだ?
「どうもこうも無いよ。戦争は戦争でしかないさ。世の中の生物の中で、おそらく人間だけが神を持つ。究極的には、人間が戦争をする理由はコレだよ。戦争・・・というよりは〝争い〟を否定することは、僕も人である以上、できないさ」
人類史を振り返れば、いわゆる〝宗教戦争〟と呼ばれるものがある。しかし、ここで言う争いの原因としての神とは、宗教における神を指してはいない。ウテナの言う〝神〟とは、人がそれぞれの内側に秘めている〝信じるもの〟のことだ。
人類は1つの種でありながら、〝個〟が優先される種族だ。人間ほどのソレを有する種は他に無いだろう。〝価値観〟とも言えるソレは、至る所で大なり小なりの争いを引き起こす。戦争はその延長線上に存在する。
「ふむ・・・戦争は無くなるモノではない、と?」
「ああ、でもね?争いが無くなるとは思えないが、闘う理由の無い戦争は無意味だよ。戦争は褒められた行為ではないけど、それが起きるメカニズムは理解できる。けれど、その先に目的が無いのだとしたなら、ソレはただの虐殺だよ。相手を殺すコトが戦争の目的ではいけないよ」
2人とも、口元以外は微動だにしない。ミリアークだけは、涼しい顔でハーブティーを楽しんでいるようだが、その目と耳は2人の顔と言葉に集中していることが表情で解る。
「私はヤーズ・エイトで宣言した。ウテナ、貴方の言う〝無意味な戦争〟を根絶させるため、その全てを破壊する。とね」
「聞いていたさ。けれど僕から言わせれば、その論理はまるで子供だよ」
「子供の論理は正しいこともある。理屈や筋がどうのではなく、事象を見て真っすぐに答えを出すというのは、大人からすればうらやましいものだよ・・・自画自賛のように聞こえるかもしれないが、私は今回の宣言、正にソレだと思っているよ」
やはりこういう雰囲気はニガテだ。もともと腹を〝割って〟話すつもりもなかったが、こうも腹の〝探り合い〟が続くと、どうにも探られている腹がキリキリする。極めつけは、黙ってこちらを注視しているミリアークの眼だ。なまじ〝眼力〟のある女性のソレは、キリキリと痛む腹に追い打ちをかけるように突き刺さる。
「はぁ・・・コレじゃまるでマッド・ティーパーティーだね・・・」
「あら、ルイス・キャロル?だったらマッド・ハッターはディミトリー、ウテナはマーチ・ヘアかしら?たぶん私がアリスかしらね」
スッとテーブルの上に置かれたままのティーカップに手を伸ばし、まだ半分以上残っているハーブティーを一気に飲み干す。〝気違いのお茶会〟は作中で確かにマーチ・ヘアの庭園で開かれている時間が止まったままの終わらないお茶会だ。時間が停止した原因を作ったのはマッド・ハッターであり、アリスはそこに迷い込んだ。ミリアークがどこまで反物質を理解できているのかは定かでないが、ウテナの揶揄と一致する。
「アンタらもう、それぐらにしといてくれないか?まずミリアーク。アンタは僕の好みじゃない。BABELだか何だか知らんけど、アンタらだけで登ってくれ」
涼しい顔に多少は変化が見られるかと思ったが、何1つ変わらない。
「んでディミトリー・・・いや、オマエ、ディミトリーを返す気、あるか?・・・ったく、複数・・・Plurielとはよく名乗ったもんだ・・・」
ディミトリーの表要に変化が現れた。変化というにはおかしな表現になるが、無表情が戻りつつあるようだ。とは言え、ミリアークとは異なり応対はするらしい。
「ああ、あのMhwですか。いいMhwの設計図をありがとう。と言っておくべきかな?」
「違うよ・・・Pluriel・・・それは今、僕の目の前に居るキミ自身の名だ」
普通に考えれば、何を言っているのか理解に苦しむはずだ。この場にADaMaSの誰かが居れば、いつも目にするオモシロイ顔を見たことだろう。だが、チガウ意味で面白いことに、ディミトリーどころかミリアークまでも、表情に変化が一切ない。
「ク・・・フフ・・・ウテナ、キミはどこまで理解しているんだ?いつ気付いていた?」
人が無表情のまま笑うというのが、これほど気持ち悪いものだとは思わなかった。
「いつ?今だよ。理解したのは今。で、それ以前は全て仮説だよ」
「ぷっ・・・アハハハ・・・ごめんなさいねぇ。ウテナ、凄いわね。ちょっと見方が変わったわよ。まさか少ない情報から仮説立てて、相手に自白させちゃうなんてね」
ミリアークの言ってることは大体合ってる。反物質の性能は関係ない。そもそも反物質とは何だったのか?コレの仮説は出来ていた。そこへ人が変わったと見えるディミトリーが登場し、自らのMhwに複数という意味を持つ名前を付けた。これまで積み上げた仮説が正しかったと仮定すれば、答えは簡単に導き出せる。
「いや、でも驚いたわね。反物質と定義できるものが人の意志。確かValhallaは戦死者の館でPlurielが複数とくれば、戦場で散った遺志の集合体ってところかしら?で、その集合体がディミトリーの身体を乗っ取った。だからアナタがPluriel」
随分と物分かりのいいお姉さんだ。
「概ね、そのとおりだ。知られたからと言って、今までの内容に偽りは無い。私はこの戦争を根絶させるために戦う。そのためにウテナのチカラが欲しいというのも本当だ」
どうやら2人は示し合わせたでなく、個々に同じ目的をもってここに来たらしい。それは引き抜きではない。〝品定め〟だ。自分にとってリスクとなりそうな存在を特定し、その存在の真意を確かめる。その結果が自分の〝利〟となるのか〝害〟となるのか。
「さぁて、と。そろそろお暇しましょうかしらね。一様もう一度聞くけど、2人とも?私と組む気はない?お互いに分かってると思ってるけど、できれば敵にはなりたくない相手なのよ、2人とも」
これまで見てきたどんな顔つきとも、今のミリアークは違って見える。ウテナに向けられた彼女のウィンクする仕草は、素直にチャーミングだと思える。驚嘆すべきは彼女の胆力だ。この先、自身の進む道の先で敵となる可能性が高いと判断している相手に、「敵に成りたくないから味方になろう」と誘えるのだから、肝が据わっていると言うべきが、神経が図太いと言うべきか。
「敵になりたくないのは同感だ。だが、味方には成れんな。当然、邪魔だと判断すれば排除する。賢い判断を期待しているよ」
ディミトリー(と呼ぶべきか悩むが)はこの場ではやはり、ディミトリーの存在感を表に持ってきているようだ。この場に居る2人と面識があるのはディミトリーなのだから、その方が話はし易いと判断しているのだろう。推測ではあるが、そんなコトまで気を回せるPlurielという存在は空恐ろしい。
「本当の目的を隠したままの女性と誰なのか分からない誰でもない男。そんなのと一緒にチームが組めるヤツがいたら見てみたいよ。少なくとも僕にはムリだ」
会談の終わりを告げる3人それぞれの最後の言葉と同時に、3人とも腰を上げる。ミリアークにしろ、ディミトリーにしろ、それぞれの邪魔をしなければ無為に攻撃の意志はないのだろうが、それも〝今〟の話だ。ミリアークの進もうとする道は解らないが、ディミトリーの進もうとする道に対する〝責任〟はある。いずれ、その道に立ちふさがる時が来るという予感は持っている。
「それじゃあ、行きましょうか。別室?に行った方はいいのかしら?」
「ああ、ここを出れば向こうも気付く。戻る途中で合流してくるだろうね」
ふと気付けば、ディミトリーは最初に見た時と同じ、無表情で無口な男に戻っていた。