第七部 第9話 戦争に支配された世界
「ねぇ、ウテナ今日の目的はアナタの引き抜きなのよ。それとディミトリー・・・アナタ、私と組まない?」
見る限り、始終笑顔を絶やしてはいないようだが、冗談の類では無いという意志が目から伝わってくる。このミリアークという女性、この底知れぬ妖艶さが世間の噂を増長させているのだろうと確信できる。
「私はココのハーブティーが好きでね。それが目的と一致すると判断したからミリアーク、貴女の誘いに応じたのだけど、そういう話向きなら私としても目的を伝えようか・・・ウテナ、私と組む気はないか?」
たぶん、今日ディミトリーの姿を見てから聞いている声にはあまり抑揚が感じられない。それは以前に聞いた声や口調と何ら変わりはないように思う。だが、内容がディミトリーのソレではないように思う。それにしても、2人から同時に誘いを受けるとは思わなかった。自分の人生史上、最もモテているんじゃないか?と余計なことに思考を回してみるが、それは結局のところ、出来ればこの場から立ち去りたいという衝動の表れだということに気付かされる。
「ふぅ・・・一体何の用かと思ってはいたけど・・・ふぅん、2人の目的は理解した。それで?僕にADaMaSアダマスを抜けろと言うんだ・・・どんなメリットを提示してくれるのかな?」
正直言って、こんな探り合いのような会話はニガテでしかない。それこそ、この場を離れた3人の方が得意な内容になりそうだ。目の前に座ってハーブティーを飲んでる2人がキツネに見えてしょうがない。
「そんなの、言わなくてもアナタなら理解してるでしょ?」
「自由な研究と開発。そしてそれに関わる莫大な全ての費用?ああ、物資の調達も思いのままかな?」
自分でも驚くほど口が回る。相手はあのIHCの最高責任者だ。ミシェルも大概金持ちだが、ミリアークのソレは、おそらく規模が違うだろう。
「もう一つ、大きなメリットがあるわよ?IHCの庇護下に入るんだから、今ココが置かれてる危機からは脱するんじゃないかしらね?」
なるほど、単なる引き抜きじゃなく、もっと大きな話・・・吸収合併といったところか。とりあえず、ここで即答する理由は無い。だいたい相手はもう1人居る。ひとまずミリアークとの会話は中断する意志を伝えるため、ディミトリーの方へ視線を向ける。おおよその見当はつくが、ディミトリーが示すメリットも知っておきたい。
「申し訳ないが、メリットなど無いよ。ヤーズ・エイトで言ったとおりさ。これからの戦いに備えて、君たちの力が欲しい。君たちがMhwミューを整備し、我々が闘う。そして世界をキレイにしたいだけだよ」
ディミトリーは2つの軍と事を構えるつもりなのは知っている。彼の言うヤーズ・エイト宣言が標的としたのは軍だけだろうか?彼の言いぶりなら、そこには軍需産業も含まれるのではないのか?出来る自信はないが、少し揺さぶりをかけてみる。
「あのさぁ、2人とも?僕を誘いに来たって言うけどさ、それぞれの所属組織名で、ADaMaSに手紙、来てたけど?どー考えても、アレってケンカ売ってるよね?」
2人の誘いを聞いたうえで、あからさまに呆れた表情をして見せる。「一緒に戦おう」と言うのはいいが、その前に「ジャマだから消す」と言われたと同義な内容の手紙だったのだから、どの言葉を信じればいいのか分からないのは、少なくとも伝わるだろう。
「アレは私じゃないわ。IHCの最高責任者って言ってもね?あれほど組織が大きくなれば、私に全ての権限があるわけではないのよ?影響力はあったとしてもね。それにそもそも、今日の私はIHCのミリアークじゃないわ」
数カ月前に似たようなことを、同席しているディミトリーから聞いたような気がする。
「私の方も似たようなものだよ。おそらくそれは、私の宣言を聞いた者が勝手に組織を作り、勝手に名を語り、勝手に君に送り付けたモノなのだろう。正直なところ、私としてもメイワクなコトなのだがね」
基本的には想定内の返答だ。それでも少し気になるところがある。特にミリアークにだ。
「IHCのミリアークでないなら、〝何の〟ミリアークなんだ?まさか、ただの一般人ってワケでもないだろうう?」
ミリアークがただの一般人なワケがない。そもそも、一緒に来ていたのは13DとGMの代表だった。それが意味することで思いつくのは1つしかない。ミリアークの誘いとは、IHCの傘下に入れという意味ではないということだ。
「ええ。私はBABELバベルのミリアーク。今日はそういうポジションよ?」
BABEL。旧約聖書に出て来る〝塔〟の名前だ。確か、タロットカードの塔は、BABELをモチーフに描かれている。なるほど、送られてきた封筒にあったマークはソレを連想させるに十分なデザインだった。
おそらくミリアークの言うBABELとは、聖書の内容を踏襲したものではなく、BABEL本来の姿を指しているのだろう。BABELは本来、天上に住まう神々との会合を目的に、人類を1つに纏める塔だったはずだ。
「ふーん、一緒に来てたのは13Dのボルドール・ラスとGMのロン・クーカイだったね・・・あんたら3人は神にでもなるつもりかい?軍需産業をコントロールして、世界そのものを支配下に置く気か?」
IHC、13D、GMの3社それぞれのトップが1つところに居る。この世界の軍需産業は、その3ついずれかを頂点としたグループに分かれているのだから、その3人が揃っているのならば、事実上、軍需産業の全てをコントロールすることが出来るはずだ。しかし、唯一どのグループにも属さず、さらに強力なMhwを作り出せる企業が1社だけある。なるほど、〝完全〟コントロールこそが、ミリアークの目的といったところか。
「さすがにあの2人は知ってるか。軍需産業のコントロールはアタリよ。けど、〝神〟だとか〝支配〟には興味ないのよ、私。目指すところは〝モーゼ〟かしらね」
「〝神を語る者〟かい?それとも〝五大預言者の1人〟かな。いずれにせよ、なるほどね・・・支配からの〝脱却〟を行う者か。戦争に支配された世界があって、とって変わるんじゃなく、支配者である戦争を支配する・・・それで?僕はまだ解るけど、なんでディミトリーもなんだ?まさか彼も預言者だと言うつもりはないだろう?」
右手でディミトリーの方を示し、ミリアークに問いかける。その手の先、当のディミトリーは相変わらず表情を変えることもせずにハーブティーを口にしている。
「彼の手には〝最強の鉾と盾〟があるわ。本来矛盾するはずの2つを、名実のままに所持しているのですもの。その使い手である彼を放っておくことなど、出来て?」
何でも貫く鉾とどんなものも防ぐ盾。この2つがかち合えばどちらかがウソだということになる。これは矛盾を表す表現として用いられるが、なるほど確かに、反物質ならば矛盾なくソレを真実とできる。試したことはないが、おそらく反物質2つをぶつけ合っても何も起きない。もしかすると、ただ互いにすり抜けるだけの結果になるのではないか?
「貴女は私を何だと思っているのです?ウテナが承諾してくれるのなら、私は彼と手を組むつもりですが、生憎、貴女と組む気はありませんよ?貴女は昔から、本心で話をしませんからね」
会話の内容に反物質が登場すると、その持ち主であるディミトリーが口を開いた。その表情にはわずかに〝感情〟が見えた気がした。