第七部 第7話 そこのバカは含まれません
「こんなに素敵な場所に通してくれるなんて、思っていたよりもステキね、ADaMaSって」
ADaMaSの主要メンバーが、キスマーク付きのファンレターで盛り上がってから5日後、ミリアークは通りかかった観光客とでもいった雰囲気で突如現れた。1台の車(と言っても見るからに超高級車だが)に運転手を含めると4人が乗っている。運転手は良く見えなかったが、他の3人に比べて随分と小柄に見えた。
その後ろにもう1台の車が続いている。こちらはセダンタイプの、いわゆる普通の車で、乗車人数は3人。それが誰なのかは確認するまでも無い。ディミトリーだ。
車はADaMaSの敷地内を走り、来客用の駐車場を通り過ぎた。その先にあるのは、特にローズが主となって管理しているガーデンがある。バラをメインとして造られたその庭の緑は美しく、ここで栽培されている様々なハーブが、その空間を支配していた。
ガーデンの近くに車は停車した。ウテナ、ローズ、ナナクル、そしてミシェルがガーデン入口で出迎え、それぞれの車から降りて来る人物の先頭に立つミリアーク・ローエングラムと挨拶を交わした。
「この奥、ガーデンの中央にテーブルを用意してあります。皆さんご同席されますか?」
ローズがミリアークに問いかけると、ミリアークは後方に居るディミトリーをチラリと見る。首を横に振るディミトリーの表情は、酷く無表情に思えてならない。ディミトリーが後ろに立つ青年2人に何かを話すと、2人はくるりと向きを変えた。
「車で待つのもお辛いでしょうから、ガーデン内に別席を用意しますわ。そちらでくつろがれるのはいかがでしょう?お茶もご用意しております」
ローズの言葉に動きを止めた2人は、再び向きを変え、ディミトリーの方を見ている。
「ボルドール、車からミリアを連れてきてあげて。お言葉に甘えましょう。ヤクトさんとネップードさんもそうされるといいわ」
ヤクトという名前には憶えがある。以前に製作依頼のあった専用Mhwのパイロットが、確かカーズ・ヤクトだったはずだ。なるほど、先ほどからウテナに向けられている鋭い視線の意味が分かった。彼の専用機開発は断っていたからだ。
「ではお二人はこちらへ。別席へはこちらの者がご案内いたします」
ローズがミリアークとディミトリーを奥へ促しがら「こちらの者」として指示した先には、別席への案内を想定して待機していたマドカの姿があった。カーズの目つきと一緒に居るもう1人の男が持つ何を考えているのか分からない雰囲気が気がかりだが、ミリアークが連れていた2人(この2人は知っている。13DのラスとGMのクウカイだ)が居るのだから、問題を起こすようなマネはしないだろう。準備してある別席にはミハエルやポーネルも控えている。
ローズを先頭にミリアーク、ディミトリーが続き、その後ろをウテナ、ナナクル、ミシェルの3人がついて歩く。ガーデン内はどこも美しく、それぞれの足音をレンガの道が心地よく(ウテナ以外。こんなときでもウテナはツナギ姿だった)響かせている。
「それにしても素敵な庭園ね。それに、突然の来訪のつもりだったのだけれど、随分と用意がいい。いつもこうなのかしら?それとも?」
ミリアークの表情にうっすらとした笑みが見える。〝いやらしい〟相手だなとは思うが、こういうときのローズを舐めてはいけない。
「もちろん、事前に把握しておりました。手段は企業秘密ですので、お話しできません。ああ、それと申し訳ありません。事前準備に関しては、そこのバカは含まれませんので」
後ろからでチラリとしか見えてはいないが、それでも、〝いやらしい〟と感じた笑みがスッと消えたのが分かる。「ホラみたことか」という思いと同時に、「申し訳ありません」以降は要らないんじゃないかとは思う。「正装で」とローズから言われていたから、仕事着でいいかと考えたが、どうやらその判断は間違いだったらしい。
やがて前方には少し開けた空間が見えてきた。レンガが円形に敷き詰められたその空間の中央には、白いガゼボがある。その内側には、ガゼボと同じ基調のテーブルと、それを囲む3つの椅子が用意されているのが分かる。6人はその開けた空間に足を踏み入れた。
「これはすごい・・・驚きましたね、まさか〝青い〟バラとは・・・」
ブルーローズは1990~2000年ごろに、品種改良ではなく遺伝子技術によって生み出されている。バラにはそもそも青の色素が存在せず、当初は〝不可能〟といった花言葉を冠していたが、やがてその登場と共に〝奇跡〟や〝夢叶う〟といった花言葉に置き換えられていった。
「信じていただけるかは解りませんが、ここのブルーローズは遺伝子操作ではありません。品種改良による純粋種です。私の知る限り、それはここにしか存在していません」
「ここはADaMaSですから。貴女方の生み出すMhwは奇跡のようなMhwばかり。純粋な青い薔薇を生み出したとしても、その存在に驚きはしますけれど、生み出したことに驚きはありませんよ?」
そう言いながらも、ミリアークはミシェルの誘導によって席に着く。始終無言のディミトリーはナナクルの誘導だ。ローズはと言うと、ミリアークの言葉を背中で受けながら、テーブル横に用意されていたサイドワゴン上で、ハーブティーの準備をしている。注がれたお湯によって、ガラス製のティーポッドの内側では、ハーブの花が開いていく。
「ここのガーデンで採れたハーブです。それでは、私たち3名は下がります。何かあればそちらのベルにてお知らせください」
正直言って、ここまで徹底して丁寧なローズを見ることはほとんどない。初めてと言っていいだろう。もちろん、普段は外向きの仕事をこなす彼女なのだから、接遇のイロハは心得ているだろうが、根本的に今回のローズの対応には〝冷たさ〟を感じる。その冷たさは、嫌でもミリアークとディミトリーにも伝わっているだろう。
「ところで、ご安心を。このガゼボには空間制御装置が内蔵されています。もちろん、開発者はソコのバカですが。この内部である限り、音という振動は外部にまで伝播しません」
これから3人で交わされる会話がどのような内容になるのか、想像もできない。もしかしたら、本当にただの雑談で終わる可能性もあるが、それこそ、世界が滅亡するかのような内容となるかもしれない。ローズのバイオリン練習のために造られたこの装置がこんなところで役に立つとは、世の中、何が起こるか分からない。
「まさかそんなモノまで造ってるなんてね・・・アナタってホント、何者?」
ローズたち3人がガゼボから出て姿が見えなくなるまで、残された3人は口をハーブティーのためだけにしか開かなかった。3人になって初めて口を開いたミリアークの口調は、それまでローズと交わしていたときのような外向きな口調とは一変していた。
「何者もナニも、ご存じだろう?僕はADaMaSの技術者だよ」
「はぁ・・・それにしても肩が凝ったわね。ウテナもあの人が社長だと大変そうね。どう?ウチに来ない?」
最後の「ウチに来ない?」の下りで若干量のハーブティーが、本来通るべきではない喉のどこかへ流れ込んだように思ったが、口から突発的に出ていこうとする空気を、何とか押し留め、平静を装う。
「僕はウチのメンツに不満は無いよ。むしろ、やりたいことをさせてもらって感謝してるぐらいだからね。冗談だったとしても、ここを離れる理由はないかな」
「あははは、ちょっと羨ましいわね。私もアナタにそんな風に言ってもらいたいモノだわ。だけれど、〝ウチに来ない?〟ってのは、結構ホンキなんだけど?」
さすがに2度目を押し留めることはできそうもない。




