第一部 第7話 ADaMaSの13人
「みんな少しいいか?」
ADaMaSの食堂は社屋の2F全てだ。ここでの食事はここで生きる全ての者に開放されている。面白いのは、フルオープンに見える開放された空間が任意の人数に応じて個室化できる仕組みを持っている。ウテナが〝フレキシブル・パーテーション〟と命名したそれによって、大勢の人が賑わうフロア内でも、ADaMaSの主要メンバーだけが集まった空間が用意されている。
ADaMaSの主要メンバーは13人だ。それぞれ部門を大きく2つに分けた部署に所属している。
〝運営部〟には社長ローズ、統括ナナクルを2トップに置き、2人の下に営業部、運営部、総務部、情報部がある。営業部を任されているミハエル・ルーは、学生時代からナナクルと友人関係にあった人物だ。運営部にはマドカと親友でもあるマギー・シムスが居る。ちなみに、マギーもギャル気質だ。総務部のアリス・ロッゾはマドカ、マギーよりも3つ年齢が上だが、3人の中で最もギャルだ。この3人が揃うと、そこはまるで女子高かのように変貌を遂げる。情報部に所属するポーネル・ウィルソンはADaMaSに居ないことが多い。立ち居振る舞いが最も紳士で有名だ。
もう一方、開発局はウテナを局長に据え、開発、設計、製造に分かれている。単独だが、テストパイロットのマドカも開発局に籍がある。開発部のセシル・ルーは営業部ミハエルのパートナーだ。2人の結婚は、ADaMaS初のことだった。設計にはクルーガン・プライム、ヒュート・ランカールの2名が籍を置いている。この2人、友人であると同時に仕事上も恋愛においてもライバルである(相手はさて置き)。製造部にはルシオン・アイオンが籍を置く。気付いている人物は多くはないが、彼もまた、クルーガン、ヒュートの争いに加わりたいと思っているようだ。製造部には他にもジェイク・ハローウッドが籍を置く。彼はウテナの下で技術を学びたい一心で、かのIHCから移って来た。
彼らは一様に食事を済ませ、それぞれが好みのコーヒーや紅茶、中には緑茶の入ったカップを持っている。
「このメンバーで食事は珍しくないが、貴方がこの場で神妙なのは珍しい」
「オレだってTPOは読むさ」
「ふむ・・・これは真面目に聞く必要がありそうですよ、皆さん」
もともとこれが重要な話だということを察知していたのだろう。皆の喧騒を鎮める役をポーネル自らが引き受けたように見える。事実それは功を奏し、全員がナナクルの話を聞く大勢に入った。
「要点だけ言う。今日、Noah's-Ark中将から、戦争を終結させるための兵器開発の打診を受けた。それは反物質って言ってな、これまでのどんな兵器とも存在が異なるヤバいヤツだ。ちなみに、できるかどうかは未知数だ」
反物質と言う言葉に反応したのはクルーガン、ヒュート、ジェイクの3人だった。それでも、誰もナナクルの話を遮るようなことはなかった。
「まずはメリットから。これが完成すれば、俺たちの望む平和が訪れる可能性が高まる。次はデメリット。開発着手がバレれば、ここが戦場になる。最後に現時点での未確認事項だ。コレには莫大な金がかかるが、スポンサーが誰だか分らん」
まだ誰も声を発しない。全員がナナクルに続きを促している。ところが、この後を引き継いだのはローズだった。
「1個ずつ処理するわよ?まずは完成の可能性について、技術組、解る人意見頂戴」
ローズは反物質という言葉に反応した3人を順に見た。3人のうち、最初に口を開いたのはクルーガンだ。
「純粋に技術屋としては無理ッスね?理論的に可能だし実在もできるけど、実用性が保てないってのが通説だよな?」
クルーガンは残りの2人に同意を求めた。ヒュートもジェイクも腕組みしたまま頷いてみせる。
「可能性があるとすれば、ウチの局長ぐらいでしょ。どうなんスか局長?」
「現在の認識下にある反物質なら、作る意味はないさ。それは間違いない」
「ホラね?局長ならやれるんじゃないかって思ってましたよ」
この会話が嚙み合っていないと感じるのは普通の反応だ。ところが、その場に居る誰もそのことを指摘しないどころか、納得している表情を見せている。彼らはウテナのことを正しく理解していた。彼の生み出すMhwは従来の概念や構造を覆すようなものが多いことを誰よりも知っている。だからこそ、現在の理論で反物質が実現不可能ならば、違う理論を基に反物質を生み出せばいいと考えるウテナの思考が理解できていた。
「今回の依頼を正確に言うなら、真空崩壊を引き起こす物質の生成装置を造るってコトだからね。真空崩壊の事象が結果的に反物質と同じってコトなんだよ。」
妙にウテナの表情がニヤニヤとしている。その表情に全員が思い当たるフシがあるが、実際についていけるのは3人だけだろう。
「現存する認識の反物質とは異なる反物質ってことッスよね?けれど、目的は兵器そのものッスか?それとも兵器運用のエネルギー源ッス?」
すかさずクルーガンがウテナの表情に続いた。
「ソレは両方だろ?できちまえばドッチの特性も持ってるってことになるからな」
クルーガンの問いに応えたのはヒュートだった。そうなると、ヒュートに続くのはジェイクということになる。
「けれど局長?粒子加速器じゃない反物質って、とっかかりはあるんですか?」
彼らの言う現状の反物質は、生成するための装置となる〝粒子加速器〟があまりにも巨大になりすぎることと、生成した反物質の維持、保管が不可能なレベルで困難であることの2点に置いて実用性が無いと言われている。そんなモノをディミトリーが依頼するとは考えられず、すでに存在が確定しているモノに対して「挑戦」という言葉は適切でない。
「まだ想像段階だけどね・・・ヒントはあるんだよ。反物質だからね。物質ではない物質・・・物質じゃないのに、確かにソコにあるってモノ、思い付くかい?」
どこか哲学的な話のようにも聞こえるが、どうやら彼らにとっては違うらしい。楽しそうな表情ではあるが、そこには没頭する者の顔がのぞいている。
「存在するってなるとどうしても物質だよな・・・?」
「ねーねー?考えとか思いってソレじゃないの?」
ウテナ以外、全員が「ハッ」とした表情でマギーを見据えた。人の意思が存在しないモノだと誰が言えるだろうか。
「マギー、正解だ。ついでにそこから次に導き出せるヒント、解かるか?」
「そりゃぁ、NEXTっしょ?けど、ウチにはそこまでが精一杯」
そう言うとマギーは両手を広げて見せた。降参らしいが、NEXTにまでたどり着いただけでも大したものだ。
「局長・・・もしかして精神感応金属・・・オリハルコンでも作ろうとしてませんか・・・?」
ここで声を上げたのはセシルだった。得意分野はパソコン全般。もちろんゲームにも精通している。
「ちょいちょい・・・オリハルコンなんてファンタジーとちゃうん?マジで言ってる?え?実在してたりするん?」
アリスがマギーと顔を見合わせている。実際、オリハルコンなどという物質は空想の産物だ。
「ファンタジーだよ。けれど、僕たちが挑むのはいつだってファンタジーだったろ?だいたい、他所から見ればウチそのものがファンタジーみたいなモンだからね」
少なからず頷いている者がチラホラ見える。そういう自覚はあるらしい。
「いいわ。NEXTの登場で脳についての研究は進んでる。要するに入口は見えてるってコトでしょ?キッチリ出口までのルートを確保なさい」
ローズがその場を治めたように見えたが、久しぶりにナナクルが割って入った。
「一つ重要なコト、忘れてないか?やるとしても、その経費の出どころはどこだよ?これがハッキリしないと、最悪、世界にとってキケンだぞ」
「それって、黒幕が居るってことですか~?なんか、映画みたいな展開ですね~」
「いいねソレ!あたしらヒロイン的な?」
どうにもギャル気質の3人が会話に加わると緊張感が薄れてしまう。これ以上の劣化を防ごうと、ローズがすかさず割って入った。
「黒幕って表現は合ってると思うわよ。けど、あの中将がその人物に踊らされるようには見えないのだけど・・・」
「黒幕だなんて、失礼しちゃうわね」
その声はローズの背後から突然発せられた。ここに集まっている13人のうち、誰の声でも無い。示し合わせたかのように、13人全員が、パーテーションが途切れ入口となっている場所に目を向けた。そこには、入口のヘリにもたれかかるように、腕組みをしたまま立ってこちらを見ている女性の姿があった。