第七部 第4話 戦場の痛みは知ってる
「私は社長だけど、ココはウテナ、アナタが主役よ。きっとみんなそう思ってる。だから全ての考えを話して。それが何であっても、私はウテナと共に在るわ」
ローズの言葉に全員が頷く。
「よぅ、ウテナ?俺たち13人、大事なコトはみんなで決めてきた。反物質もそうだ。オマエ1人がしょい込むことじゃないさ・・・前にも言ったろ?俺たちも混ぜろよ」
ナナクルの言葉は、おそらく全員の意志を代弁出来ていただろう。少し前、万が一の場合にどうするのかをみんなで話し合った。その時と今回で決定的に違うのは、雰囲気の重さだ。ウテナにそうさせたのは、自分たちの命に危険が迫ることを実感したからだろう。
「やっぱりそうなるか・・・僕としては、この結果が一番怖かったんだけどな。ま、そうは言っても誰も引かないか・・・ミシェル、続きを頼む」
ウテナの言葉は誰に対して言ったものでもなかった。その声は小さく、他のみんながそれぞれに取っている間隔よりも少し離れていたこともあってか、全文を聞き取れた者は1人だけだ。いつの間にか、ミシェルが真後ろに移動してきていた。
「諦めなさい。私の言ったとおりでしょ?」
ミシェルは後ろからウテナの肩に手を添え、耳元で囁く。次いでそのまま視線を上げ、みんなに向かって話し出した。
「それじゃあみんな、覚悟はいいわね?こっからは具体的なお話よ?私たちは戦闘手段を手に入れる必要があるってのはいいわよね?だからまず、戦艦を3隻、用意してあるわ」
ミシェルの言葉にウテナ以外がざわつく。それを手で制してミシェルは続けた。
3隻は全て、ウテナの設計による最新鋭艦だ。その製造はLeefの秘密工場内で行われている。この3隻はそれぞれ単独で大気圏の往来ができ、重力下においても、艦載技術としてはIHCやGMでも取り入れ始めているマグアナンフライトシステムを搭載しているため、航空力学を無視した重力下での飛行が可能だ。ちなみにマグアナンとは最近発見された粒子であり、ソレ自体は特に何かに影響を及ぼすこともなく、ある意味誰にも気づかれずに存在していた粒子である。大発見ではあったものの、しばらく活用方法が全くなかったこの粒子は、Brain-Deviceに反応することで一躍脚光を浴びたシロモノである。現状、この粒子を活用できる技術者は全世界でも数人しか存在しないという、扱うには極めて難しい粒子でもある。
1隻は主に住環境を始めとした生活の拠点を想定した仕様、もう1隻はMhwの整備や製造など、いわゆる工業系設備を想定した仕様であり、最後の1隻は戦闘行動を想定した旗艦となっている。これら3隻はすでに完成しており、現在は管制システムなどの内部的な最終調整が行われているようだ。ほどなく出航できる状態にまで達するが、問題が1つ。これら3隻を運用するためのクルーだ。
「つまりこういう事か?その運用人員をADaMaS住人の中から選別すると?」
「そこはその人の信念次第ね。Second-ADaMaS-City、通称SACに居た方がはるかに安全なわけだし。なんなら、Leefの方で運行用人員は確保もできるわよ?」
あくまで住民の安全が最優先だということか。当然だが、ADaMaSの住人へ戦争への参加を強制することはできない。だがもし、個人の信じる道が戦艦への搭乗と重なるのならば、それは歓迎して迎え入れ、役割を任せるべきことなのだろう。
「ねーねー?あんま気にして無かったケドー、戦艦3隻なんてそんなカンタンにできんよね?いったいいつから準備してたん?」
「え?準備・・・いえ、戦艦は偶然かな。そもそもウテナの趣味で作り始めたモノだし」
「・・・アリス、もうソコは掘り下げちゃダメ・・・趣味で戦艦作るとか、ちょっと眩暈がしてきたわ・・・」
ローズの眩暈も当然だ。ウテナの趣味は理解している。戦艦の〝設計図〟を趣味で起こすのなら問題は何もないが、こともあろうに、ソレを実際に〝趣味で〟造るバカがどこに居る(目の前に居るが)。だいたい、そんな資金、どこから・・・
「ちょっと!姉さんっ!!製造費、姉さんトコよね?」
「さすがにADaMaSのサイフに手は出してないわよ?ウテナへの誕生日プレゼントってところかしらね」
戦艦3隻を誕生日プレゼントだと言い放つミシェルに、「この人の経済観念は?」と疑問符を付けたくなるのは仕方ないとして、本筋に戻る。
「この3隻に加えて、Mhwもみんなの分が揃うことになるわ。でもね?操縦そのものは戦火の絆のおかげでいいでしょうけど、誰も実戦経験が無いのは、ちょっとした問題だと思うわよ?」
その懸念は正しい。いくら世間でも名を馳せるADaMaS製Mhwだからと言って、それを「Mhwの操縦訓練しました」程度のパイロットが乗ってもたかが知れている。これからある程度シミュレーターで訓練は出来るが、やはり実戦経験の有る無しには大きな隔たりが存在する。
もう1つ大きな問題が横たわる。これから経験する実践において、行われるのは〝命のやり取り〟だ。言い方を厳しくすれば、ここに居る13人に人の命を奪う覚悟があるのかということだ。
人対人の戦闘において、〝武器破壊〟と呼ばれる攻撃が存在する。Mhw戦においては、武器に加え、〝部位〟が加わる。戦場において戦闘単位であるMhwを無力化することを目的としたこの方法は、先にロールアウトしたKerukeionとcaduceusがソレを武装として実装している。
「貴方たちなら、部位破壊を狙うだけのスキルを持ってるとは思うけど、やはり実戦の空気はまるで違うと思うのよ。理想は徐々に慣れることなんだけど、事態が事態だからね・・・そうも言ってられないわね」
実戦経験が無いという事実が彼らに重くのしかかる。実際、「人を殺せるか?」と問われて「できます」と即答できる人間がいるとすれば、それは少々距離を置いた方がいい人物だということだ。
戦火の絆というある種のシミュレーター内で、彼らのスキルは自分たちの認識とは関係なく高度な域に達していた。しかし、それを実戦でも遺憾なく発揮できるかと言えばそうではない。狙いが僅かにズレたり、相手の移動が予測と違ったりと、変数は無数に存在する。そうなったとき、意図とは関係なく、敵機を撃破してしまう可能性は高い。そのときパイロットに示される結果は、敵機パイロットの戦死という現実だ。彼らは実際に見たのではなく、そういうことがあると聞いただけだが、初陣のパイロットが自らの手で、それが敵であっても、人を死なせてしまった現実に耐えられなかったケースは数多く実在する。そこに達するまでの〝慣れ〟というものは、大なり小なり必要なのだ。
実のところ、この問題こそが、ウテナが最も懸念していることだった。
「マドカ?きっとこの中で最もMhwを上手く操れるのはマドカだ。その意味、分かるか?」
予想でしかないが、この中で誰かに死をもたらしてしまう最初の人物はマドカになる可能性が高い。そしてここのみんなはマドカを護ろうとしている人たちだ。そのときの葛藤は、どれほどのダメージとなるのか、想像もしたくない。ヘタをすれば、今目の前に居るマドカという存在を永久に失うことになる。
「お兄ちゃん、たぶん私は大丈夫。すでに戦場の痛みは知ってるもん」
マドカのその言葉が実際に何を指しているのかを、そして本当の意味で理解しているのはウテナただ一人だった。




