第七部 第2話 己が信じた道をただひたすらに進む
「Noah’s-ArkにStarGazer、あとValahllaの使者?各方面から大人気だぜ」
ディスクに座るナナクルの手には、複数枚の書簡が重なって握られている。それらはここ1週間ほどの間でADaMaSに届けられた書簡だ。ナナクルの手から視線を移すと、ディスクの上にもさらに同枚数ほどの書簡が乱雑に散らばっている。ナナクルは手に持っている書簡とディスク上に広がる書簡を交互に見ながら、そのうち2枚ずつを左右に持ち、ウテナとローズに向かって差し出した。
「これはNoah’s-Arkね。もう1通は・・・あら?コレもNoah’s-Arkじゃない。差出人が違うだけかしらね」
差し出された2通の書簡を左右に1枚ずつ持ち、ざっと目を通す。
「はぁ・・・よーするに、自分たちと手を組めと。見返りはここの防衛ね。それで、拒むならここを攻撃するって内容ね。どっかの誰かのイタズラにしては、手が込みすぎてるわね・・・ウテナ?そっちは?」
明らかに不満そうな声と怪訝な表情のまま、ローズは視線をウテナの方へ向けた。どういう心境なのか判断に苦しむが、手にした書簡を読み終えたウテナの表情は眠たげだ。
「こっちはStarGazerと・・・コレはIHCだね。StarGazerの方は一緒だけど、IHCの方のコレは・・・もしかして吸収合併を持ち掛けられてるのかな?」
IHCほどの大企業ともなれば、世界情勢はもちろん、軍部の機密事項であっても、ある程度の情報を得る手段は持っているだろう。軍内部でのADaMaSへの対応を知ったIHCとしては、その技術力を失うのはあまりにも惜しいとでも思ったのだろうか。
「他の書簡も似たようなモンだ。んで、Valahllaの使者ってのはディミトリー本人じゃないな、コレ。・・・ディミトリーの演説効果は絶大だったってことだな。にしても、もう笑って見過ごせる段階じゃないぞ、ウテナ」
ディスクの上から1枚を摘まみ上げたナナクルは、そう言い終えると、書簡をつまんでいた人差し指と親指の力を同時に緩めた。ヒラリと舞い落ちる書簡が、静かに他の書簡と混ざり合った。
「うん、ちょっと話したいことがあるんだけど・・・」
そう言いながら、壁にかかっている時計を見上げる。オフィスには似つかわしくない妙に可愛らしい時計が、18:00を指そうとしている。
「もう夕飯時だな。ナナクル、ローズ、みんなに招集かけといて。僕はそれまでに準備しておくから、もし夕飯食べ終わっても待っててね」
そう言うと1人、携帯を取り出しながらオフィスから出た。ドアをくぐる頃には携帯を耳に当てていたが、通話が聞こえ始めたのは扉が閉まって少しした後だったようで、ナナクルとローズにはその通話相手が誰だったのか、どんな内容だったのかを聞くことは出来なかった。
この日は金曜日。ADaMaSでは基本的に土日を休日と設定しているため、金曜日は何も言わなくても人が集まりやすい。ナナクルとローズは事前に一斉メールで集合を呼びかけていたが、ほとんどの者がそもそも集まるつもりだったようだ。しかし、集まったほとんどの者が食後のコーヒーやデザートに手を出し始めてもまだ、呼び出し主であるウテナの姿は無い。
「呼出って局長っスよね?」
クルーガンは隣に座るマドカ(もちろんマドカの隣は意図的だったが)がデザートのアイスを頬張るのを見ながら問いかけた。
「・・・うん、そう聞いてるよー?アレ?でも全員招集なのにミシェル姉さんもいないね?」
口に入れたアイスが喉を通るまでの僅かな間を置いて答えたマドカは、ミシェルの姿を探したのだろう、辺りを見渡したが、その姿を見つけることは出来なかった。
「後ろに居るわよ?って言うか、今来たんだけどね?もちろんウテナも一緒よ?」
声に驚いたマドカたちが振り返ると、手に持ったかつ丼を空中で掻き込むミシェルが仁王立ちしていた。その後ろではウテナがいつものように、パーテーションの操作をしているようだ。
パーテーションが立上り、個室空間となった部屋には、ディミトリーの下へ行ってしまったルシオンを除く13人が揃っている。
「お待たせ。遅くなってスマナイ。みんなナナクルやローズから聞いてるかもしれないけど、ちょっとタイヘンなことになっててね。今後のことを少し、みんなで決めておこうかと思ったんだ」
大量にADaMaSへ届けられた書簡とその内容については、簡潔にだったが、すでに2人の口から皆に知らされているらしく、全員が軽くうなずいている。
「ホントはマドカとアリス連れて映画見に行こうって思ってたんだけど、話聞いちゃったらそれどころじゃなくなったわ。次行く時は奢れよ?オニイちゃん」
2人の話した内容がちゃんと理解できているのかと疑いたくなるほど軽いノリでマギーが割り込んだ。マドカとアリスは揃って腕組みをしたまま頷いている。
「ハハ・・・それはまた今度ね。・・・じゃあ本題。聞いたとおり、ココはいろんな所から目の仇にされてるらしくてね。んで、ここのみんなを連れて、逃げちゃおうかと思って」
一様真面目な顔つきはしてるのでホンキだと判断できるが、ウテナもマギー同様、大概軽い。ノリっぽく話すなとツッコミたくなる衝動を抑え、ナナクルが応える。
「んー、ワルぃ。ウテナ?もう少し具体的にお願い出来るか?言ってるコトは分かるが、質問箇所が多すぎるぞ」
「それはウテナじゃムリだから、私が変わって説明するわ」
ミシェルがかつ丼を掻き込んでいた理由が解った。このタイミングに間に合わせるためだったようだ。テーブルに置いてあった誰のとも解らない(実際にはローズのモノだ)グラスを、丼と引き換えに持ち上げ、中に残っている水を一息で飲み干す。
「ということで、ウテナ?アナタもそっち側に座りなさい」
ミシェルに言われるままに空いている席へウテナが腰かけると、ミシェルが詳細を話し出した。
すでにADaMaS敷地内には300人を超える住民が生活している。その全てを逃がすとなれば、相当の準備と迅速な行動が必要になる。まず初めに、全住人を2つのグループに分けることから始める。この2グループを分ける判断基準は、〝覚悟〟のある者とそうでない者だ。
ADaMaSが襲撃を受けるであろうことは、その順番こそ不確かではあるが既定路線と考えていい。そしてもし最初がいずれかの軍であるならば、その襲撃はMhwによって行われることが予測され、1つの町と成っているADaMaSが大きな被害を受けることは避けられない。コレを前提とした場合で言う〝覚悟〟とは、その襲撃を迎え撃つことではない。
「ココより少し小さいけれど、同じような町をすでにLeefで用意してあるわ。ここのほとんどの人は、ソッチに移り住んでもらう。けれど、ADaMaSはもともと、1つの信念があって、それに賛同した人たちの集まりでしょう?・・・ハイ、ローズ?その信念とは、何だったかしら?」
まだ手にしていた空になったグラスが、まるでマイクだと言わんばかりに、その口をローズの方へ向ける。
「己が信じた道をただひたすらに進む」
ローズがそのグラスに向かって力強く答えた。
「そう。グループ分けの基準は、今ローズの言った〝信じた道〟が何だったのか?ということね」
その信念は、ADaMaSに移り住むことを希望した者全員に問われた質問だった。そのままズバリを問うたわけではない。そう聞かれて応えられる者は少ないだろう。その質問はときに言葉を変え、雰囲気を変え、様々な形で集まった者たちから引き出されてきた。そして、ここで生まれた子供たちや、移住の時にまだ幼かった子供たちは、この地でソレを持つことを教育されて育っている。
それは言葉で言うほど難しいものではない。要するに、その人物にとって「一番大切なモノ」や「将来の夢」、「憧れる人物」、もっと単純に「好きなモノ」を明確に持っているということだった。




