第七部 第1話 最初のターゲットはADaMaS
「最も脅威となるのはADaMaSだ」
その言葉は誰のものでもなく、そして同時に誰もが口にする言葉だった。
Noah’s-Ark高官たちは言う。ADaMaS製Mhwの優秀さは今更問う必要も無く、戦場において圧倒的性能を示す。もしもこのMhwが、StarGazerに独占供給されるようなことがあれば、Noah’s-Arkがこの戦争に勝利する確率を極端に下げることになる。まして、ディミトリーによる演説に迎合し、彼らと行動を共にするようなことにでもなれば、ディミトリーによる第三勢力が特出することとなる。それは世界に〝革命〟という甘美な響きをもたらす。現に、ヤーズ・エイトに現れた3機のMhwはADaMaS製ではなかったのか?あの3機には、そうであるという雰囲気があった。ADaMaS製Mhwの更なる入手が無くなることは痛手だが、それは敵対する勢力に共通だ。ならば、リスクヘッジをとる時期が来たのではないか。
StarGazer高官たちは言う。ADaMaSはどちらの軍とも密接ではない。これまで何度となくStarGazer陣営へ誘った。13DやGMよりも好待遇を提示したが、彼らは首を縦には振らなかった。そこへあの不可思議な攻撃手段を持ったMhwが搭乗した。あの外観はADaMaS製Mhwのそれと似ている。そもそもすでに軍を離れたとは言っていたが、ディミトリーはNoah’s-Arkの将官だった男だ。その後ろにNoah’s-ArkがあろうがなかろうがADaMaSの存在自体を危険と考える時期が来たのではないか。
BABELに集った各軍需産業幹部は言う。ADaMaSが存在する限り、それぞれの企業で製造するMhwが量産あるいは、それに近い少数生産機体以上を望めない。実際に大きな利益を生むのは量産機ではあるものの、フラッグシップモデルは必要だ。そしてそれは、他に秀でた性能を有する必要があるが、ADaMaSはそれをことごとく邪魔してくれる。Mhwに限らず、工業生産品というものは競合各社による技術競争によってそれぞれの技術向上が図れるものだが、ADaMaSという企業の存在は他の企業にとって癌でしかない。彼らを実力で排除し、Mhw製造という1つの世界を再び自分たちの手に取り戻す時期が来たのではないか。
ディミトリーがヤーズ・エイトで行った演説は、その内容に迎合する者たちを生み出し、各地で新派が発生した。そう時間もかからず彼らは互いに連絡を取り合い、ディミトリーの存在が無くとも、彼を頂点とした組織〝Valahlla〟だと名乗る勢力が生まれた。そんな各地を取りまとめるリーダーたちはネットワークを介して1つに集まり、戦争の根絶を議論した。
「両軍の基地に対して、抗議活動を行うのは容易い。だが、これまでのそれが実を結んだ前例など1つとしてないだろう?だからと言って、我々が持てる武力は限られている。つまりは無力だ。だが、兵器を生み出している企業となれば、話は変わって来るのでは?」
1つのモニターに映し出されている10以上の顔は、分割された画面が小さく、その表情は判別が難しい。それでも、反応から異を唱える者が居ないだろうことは想像できる。
「企業にしてもデモでは効果が薄い。世界に平和をもたらすためには、今、我々が自らの手を血に染めることを躊躇う必要はないだろう。もう一度、世界を我々市民の手に取り戻す時が来たのだっ!」
また別のリーダーが画面の中で声を上げる。彼らのやり取りを、もしも戦争の無い平和な時代に生きる者が見たとしたならば、その内容は〝狂っている〟と感じたことだろう。確かに戦争兵器を造るコト自体は褒められたコトではないだろう。だが、そこで働く人が戦争被害の報復対象と成るのかと問われれば、そこには良心の呵責が生まれることが自然ではないだろうか。
戦争の長期化というものは人々の関心を変化させる。戦争が起こっているという事実が確実に生活へ影響を及ぼしているはずだが、人は慣れる。そして薄れる。いや、それまでとは違う事象に関心が移る。やがて、戦争という事象がまるで起こっていないことかのように、日常が過ぎる。ディミトリーの演説と行動は、そんな人々の中へ1つの波紋を生み出す行為だった。そしてその波紋は、新たな波紋を生み出し、それが相互作用することでより大きく、より広範囲な波紋へと姿を変えていく。
「世界にはIHC、13D、GMという3つの大企業がある。しかし、いずれの企業にも、別の顔がある。そちらは私たちの生活を潤しているものだ。だが規模としては小さくとも、戦争にのみ大きな影響を及ぼしている企業がある。ADaMaSだ」
IHCは総合企業だ。Mhwどころか、戦艦、それこそ軍事基地の建設も着手している。しかし、それは企業の一部門でしかなく、人が今の時代を生きるにあたって、IHCの生み出すモノに触れずその生涯を終えることは不可能だ。IHCに比べれば、その規模や他の事業数も少なくはなるだろうが、13D、GMにも同様のことが言える。モニターに映る同志の中には、宇宙を拠点としている者も少なくない。そんな彼らからすれば、例えばGMを壊滅させた場合、彼らが宇宙で生活の拠点としているコロニーの維持に影響が大きい。それどころか、何なら酸素供給すらままならなくなる。
ADaMaSはそのMhwの性能によって、同業者だけでなく広く一般にまでその名を知られている企業だ。そして、0ではないが、Mhw製造以外の企業活動はほとんど行われていない。
彼らの議論は、最初から1つの着地点を見定めたものだったのだろう。自分たちの存在、生存が脅かされることなく、戦争に関わる者に大きなインパクトを与えられる対象を攻撃目標とする。知名度や戦争への影響から、ADaMaSはうってつけの存在だった。
「誰か、ADaMaのセキュリティを知っている者は居るか?」
「あそこにはMhwこそあるが、その乗り手は居ないと考えていいんじゃないのか?私設の軍隊を持っているとは聞いたこともないな」
「上手くすれば、我々も最新鋭のMhwを手に入れられるかもしれんな・・・」
最後のその言葉は、小さな画面でも分かるほど、全員をハっとさせた。一騎当千と言われるほどのADaMaS製Mhwを手に入れられれば、それこそ軍事基地への攻撃も不可能ではないかもしれない。実際にADaMaS製Mhwの操縦などよほどのパイロットでもない限り不可能なことだ。Mhwの乗り手が居ないと言った言葉は自分たちにも当てはまるのだが、「手に入れられれば世界を変えられる」と思わせるだけなら十分な魔力がADaMaS製Mhwにはあった。
「では、作戦の詳細は後日改めるとしましょう。今日のところは、我々の共通認識と、最初のターゲットはADaMaSとするということで」
そう語った男の居所は、ネットワーク上で集まった他の誰よりも、ADaMaSに近い場所だった。もちろん、それぞれが居所を明かしているわけではなく、その男も近いとは思っていても、自分よりもさらに近い所に居る者がいてもおかしくはないと考えている。いくらADaMaSがMhw製造企業だからと言って、量産機を造っているのではない以上、仮に完成済みのMhwがあったとしてもそれほど数はないと考えるべきだ。
おそらく彼だけではないだろう。他の同志を出し抜いてでも、ADaMaS製Mhwを手にしたい。実際に手に入れたとしても、それを稼働させることも、ましてや整備することもままならないだろうことは、そもそも念頭に無い。人間とは欲深く、他者を出し抜くことは良くても、出し抜かれることは良しとしない生き物だ。
ディミトリーの演説以降、世界は大きく動き出した。そしてそのうねりは、本人たちの意志とは関係なく、ADaMaSを世界の敵へと変えていった。