第六部 終話 思惑
「セウ中佐、君のことは高く評価している。あの2人の育成結果としても同様だ。その上で聞くが、アン少尉は使えるのかね?」
前回出撃した戦闘では、Noah’s-ArkがStarGazerを退けることに成功した。Tartarosの試験的参戦以前と比較すれば、StarGazer撤退までの所要時間は短くなっている。だが、セウが今相対している男たちにとって、その程度は評価こそすれど、満足する結果とはならないらしい。
「報告書のとおりですよ、将軍。そして、現時点でも十分な戦果を彼女は挙げている」
アレイス・セウにとって、いつの頃からか(あるいは最初からか)ハートレイ兄妹は護るべき存在へと変化していた。これまで何人かのNEXTたちを見てきた。共に戦い、教えられることは教えてきたと思ってはいるが、そもそも育成を目的として最初から取り組んだパイロットは居ない。常に戦場に近い位置で、常に戦争を意識してきたセウにとってハートレイ兄妹との日常は、戦場にない日常があった。その日々がセウの心情変化を促していた。
「報告書は読んだよ。確かに、アン少尉はNEXTの中でも非凡な才能を見せているのは理解している。だが、その能力に見合う戦果ではない。だから使えるのかと問うた」
耳の痛い話だ。セウ自身が危惧していたことそのものを問われている。もしも彼女が戦場に対応することが出来たとするならば、彼女の力はこの空域における抑止力と成りえる。資源衛星に駐留するNoah’s-Arkに対する悪意を感知し、敵艦隊が攻撃有効射程に到達する前にintegrityで迎撃することも可能だろう。おそらく、彼らはそれに気づいている。
「おっしゃりたいことは解りますが、常に能力を開放し続けることなど不可能です。能力開放による彼女への負担も、まだ解明には至ってない。最悪の場合、彼女を失うことになりますよ」
セウの脳裏にニキ・アウラの姿が横切る。理由や原因は異なるだろうが、このまま上層部の言うがままに突き進むことでアン少尉が行きつく姿は、アウラのソレと同じだろう。たとえNEXTであっても本質的には人間なのだ。人間は機械のようにはならない。
「ふむ・・・ソレは脅しかね?それとも交換条件と受け取る方がいいかな?」
戦争が継続するには、20年という歳月は長すぎる。失うものが多くなりすぎ、得るものは憎しみだけとなっている。そして憎しみの蓄積は、やがて人に理性を失わせる。そうさせるに20年という歳月は有り余る。その果てに居る彼らにとって、たった1人の女性の持つ人権など無いに等しいのだろう。戦争でさえなければ当たり前に尊重されるべきことが、尊重の有無よりも無視が優先されるのが戦争だ。
「セウ中佐、キミはニキ・アウラに固執してるんじゃないかな?そうでないと言い切れるかい?」
別の男からの質問が、セウの胸中に突き刺さる。アンをアウラと重ねていることは否定できるが、アウラの存在が自分の中でしこりとなっていることは否定できない。即答しなければならない場面だと解っているのに、口から言葉が出てこない。
「・・・アン少尉はアウラじゃない。だが、彼女がアウラの後を追うようなマネだけはさせるワケに行かない」
それは固執とまではいかなくとも、アン少尉に対してアウラの存在を無視できない自分を認める発言だった。アン少尉に対するとき、セウにとって前例であるアウラを意識しないで居れるほど、出来た大人ではない。
「それと、脅しでも交換条件でもありません。ただの事実ですよ。この際だから言わせてもらうが、彼女は戦場の最前線に置くべきじゃない。そこでなくても、アン少尉の力は活きるはずだ」
〝見つかった時点でチェックメイト〟アン少尉について誰かがそう言っていたのを覚えている。彼らに抗おうとしてみても、自分で放った言葉にウソが無くても、セウに思いつくアンのNEXT-Level活用方法は、決してベストにはならない。どれもこれも、ベターが限界。戦争におけるベストは揺るがない。アンによる感知からのintegrityによる先行迎撃だ。
「我々は軍隊なのだよ。敵対勢力が有り戦争状況にあるならば、我々は勝たねばならんのだ。妥協案はいらないのだよ」
「こうしてみてはいかがでしょう?」
おそらく最初からそこに居たであろう、しかしまったく存在していることを感じさせず、ミリアーク・ローエングラムは窓側に腰かけていた。よく通る澄んだ声は、瞬間的に荒れそうになった空間を一瞬で静寂に戻した。容姿もそうだが、その声にまで人を惹きつける力が宿っているように思える。
「おぉ、ミリアーク氏・・・すまないね。何かご提案ですかな?」
それまで威厳を表面に演出していた表情が一瞬で綻んでいる。実に下らない内容のウワサを真に受けてでもいるのだろうか。表向きはTartarosのスポンサーに対するように装っているが、ミリアークに対する視線に〝オンナを見る気配〟が潜んでいる。
「いえ、私もNEXT-Levelを研究する身ですし、彼女に興味が無いと言えばウソになります。彼女が壊れてしまうのはあまりにも惜しいので、あと3回、セウ中佐にお預けします。それでもNoah’s-Arkの望む成果が出ない場合・・・悪いようにはしません。私に預けていただけませんか?」
ミリアークの提案は、さながら悪魔の囁きにも似ている。いや、〝魔女〟だろうか?たった3回の出撃の内に、彼女にintegrityのメイン武装を使用させなければならない。いや、トリガーを引くのはユウでいい。相手がMhwであれ戦艦であれ、撃破するまでは問題にならないだろう。問題なのはその後だ。
アンに流れ込む他者の意識はアン自身で制御する他ない。本来Tartarosはそうした訓練を行うべき機関として創設されたのではないのかと考えてしまうが、戦争の最中に創設された以上、その目的が早期戦力化であることは明白だ。
軍需産業のトップに位置するミリアークがそのことを理解していないとは到底思えない。セウにとって、ミリアークという人物は未知の相手だが、その立場に居る彼女から出た言葉に〝アンを庇護する〟意図があるようには思えない。そして、ここに居る軍上層部の男たちが、如何に男であろうとも、ミリアークの言葉に裏があることを見逃すとは思えない。
「貴女がそう言うのであれば、我々に異論はありませんよ。場合によっては、こちらからお願いしたいぐらいだ」
ミリアークの言った「悪いようにはしない」とは、アンにとってではないということか。ミリアークがTartarosのスポンサーだということだけで片付けられる間柄ではない。セウに取れる手段は、これで1つしか残っていないことになった。
「まだ3回は僕の管轄でいいってことですね?」
それが3人に残された唯一の道だ。まさかとは思うが、ここまでの事態を想定して、ADaMaSはkerukeionとcaduceusの2機を用意したのだろうか。一時はintegrityに強力な武装が存在していることを恨みそうにもなったが、戦争兵器である以上、大なり小なりの兵装は必要だったことは理解できる。それでも、敵機を破壊しない兵装をそれぞれの機体に採用し、さらに2人が同じ空間に居られるよう、integrityの機能を組み込んだ。全ては、integrity時の強力な兵装すらも、アン少尉を可能な限り〝助ける〟ための機能だとは考え過ぎだろうか。
3人に残された時間は、そう多くはない。