第六部 第11話 存在の理由
「今日はどうだ?アン少尉」
アンにとって、初めて戦場に出た日は思い出したくもないほどに気分の悪いものとなった。セウの判断で帰投した3機の機体にはかすり傷1つ無かったが、パイロットの受けた精神的ダメージはそれぞれにあった。
それでも、軍上層部はTartarosを通して圧力をかけてくる。「使えないのなら、使えるようにするか、使える部分だけ活用するか」の2択を暗に迫られたセウは、当然ながら前者を選択した。
それから数度の短時間出撃を繰り返した。セウから見えるアンは、ムリをしているのが解る。それでも何も言わない、言って来ないユウを見れば、2人の覚悟が決まっていることを悟らさせる。実際、アンが戦場に存在していられる時間が飛躍的に向上していた。
「今日はもう少し前まで行ってみませんか?セウ中佐。も、もちろん、integrityでですけれど」
「へぇ・・・ユウ、それでいいか?もちろん僕もサポートに付くが」
「ええ。アンがそう言うのならオレは構いませんよ。オレの仕事ですからね」
アンから出るにしては意外な提案だったが、おそらくユウと事前に打ち合わせた内容なのだろう。彼に慌てる様子は無い。
「了解した。じゃあ、行こうか・・・僕が先行するから、integrityでついておいで」
kerukeionとcaduceusが変形(といってもcaduceusはそれほど変わらないが)したかと思うと、次にはもうintegrityの姿となっている。integrityの姿を見届けたセウは、閃光が激しくぶつかり合う戦場に向け、自身のsks-subsequentを先行させた。
その戦場は資源衛星を巡る攻防が続けられている宙域だ。現在はNoah’s-Arkが抑えているソレがある限り、ここでの戦闘が無くなることはないだろう・・・いや、どちらかの軍が勝てば終わるか。
激戦宙域まではまだ距離があるが、近付くにつれ、周囲のMhw数が増えていく。ここでいったいどれほどの命が散ったのだろうか。両軍とも、すでにその数を把握はしていないだろう。人の遺志というものがその場に留まり続けるということがあるのだろうか?できればそうあってほしくはないものだ。
「戦闘空域に入るよ。アン少尉、自身の変調を感じたら、無理せず後退するように」
そう言うと、前方に展開している3機のMhwに向けて牽制射撃を開始する。敵機はLyuutだ。戦争初期に開発された機体で重量感のあるLyuutの宇宙空間仕様だ。どちらかと言えば旧型の部類に入るMhwではあるが、Lyuutが最新鋭であった頃から熟練のパイロットが搭乗する機体だった。何より、戦域をここまで突破して来ているのだから、油断できる相手ではない。
「アン、仕掛けるよ?サポート、頼めるかい?」
「うん、大丈夫。補助推力のコントロール、もらうね」
integrityがsks-subsequentを追い越して先行する。3機で編成を組んでいるLyuutに正面から突撃しているかのような軌道だが、直近の戦闘ではいずれも敵機を行動不能にしている。
「何だ?あの機体・・・真っ直ぐこっちに突っ込んでくるだぁ?」
「構うこたぁねぇ。死にたいんだろ?ハチの巣にしちまえよ」
最初にintegrityに気付いたLyuutが、所持するビーム・バズーカを構えた。Lyuutの持つ専用ビーム・バズーカは、高速高威力に加え、連射性能まで優秀だ。Lyuutは4回トリガーを引いた。わずかに射線をずらして、相手が回避してもいずれかが当たる程度に散らしている。
「えっ!?」
そのパイロットからは、integrityがビームをすり抜けたように見えた。4発のビームはすでにintegrityの後方にある。気が付くと、integrityがハンドガンをこちらに向けている。それはcaduceusが単体時に装備しているモノだ。的確にLyuutの関節部分へEMP弾を撃ち込んでいく。事象の理解が追い付かず、動きが遅れたLyuutに、ソレを回避する術は無い。
ユウはただ真っすぐに、3機のLyuutに向かって直進していた。4発のビームを躱したのはアンの方だ。アンには相手の撃つタイミング、狙っている場所はもちろん、相手の無意識ですら認識することができる。おそらく、そんなことが出来るのは、後にも先にもアン1人だろう。
兄であるユウは、妹の能力を全面的に信頼していた。その信頼にアンは完璧に応える。ユウの思うintegrityの軌道を可能な限り損なわないよう、最小の回避行動を取り、そしてもとの軌道に瞬時に戻る。実際にはその回避行動を目視することが出来るのだが、あまりにも滑らかで瞬間的なその動きは、それに相対する者の認識に混乱を招くようだ。
「鮮やかだな・・・よし。2人とも、この3機は後続に任せて、このまま遊撃に回るよ」
「了解しました」
アンからひどく冷静な声が返って来る。まるでロボットのようだとすら感じる。そうして精神をコントロールする必要があるのだろう。自分の意識を内側で封じることで、外部から入力される膨大な感情という情報から身を守っているのだろう。ここ最近の出撃にあって、このアンの様子は気がかりでもある。
integrityは強い。それは疑いようがない。レールガン・ライフルはこの距離からでも主戦場に影響を与えるだけでなく、敵艦隊へも影響を及ぼすことができる。両脇に抱えるライフルも、マルチレンジでの高威力射撃で周囲の敵機制圧を容易なモノへと変える。対艦ビームサーベルに至っては、その存在だけで相手に恐怖を与えるに十分だ。そして、コレを操るパイロットはセウを感心させるほどに優秀ときている。そして、そうだからこそ、セウは不安を覚えた。
「今はいいんだ・・・まだ、今は」
セウの言葉はsks-subsequentのコクピット内だけのものだった。アンはNEXTとして着実に戦果を、結果を出している。それはユウも同じだ。問題は、その結果を受け取る側の方にある。
どれほど特出した結果を示そうと、それが続けばソレは平常となり、受け取り手はその結果に慣れてしまう。そしてその上を求めるようになる。
これは戦争だ。2人は命のやり取りに参加している。さっきのLyuutのように、Mhwであれば行動不能にすることは利もある。StarGazerの情報入手が出来るかもしれない。敵Mhwの性能を調べることもできるだろう。最低でも資源として利用できる。だが、相対する全てのMhwをそうする必要もないうえに、捕虜が爆発的に増えることによる弊害もある。早い話、撃破していいのだ。そして、integrityの武装が知られているのだから、敵艦への攻撃を直接指示される日は遠くないはずだ。
たった1発で戦艦を撃破する。それを成すMhwや兵器は存在する。それ自体は問題は無い。問題はアンの乗るintegrityがそれをすることだ。それが現実と成った時、アンが受ける精神的ダメージはもちろん心配だが、それ以前に〝撃てるのか?〟という問題が横たわる。それができなければ、アンは再び自身の存在意義を問われかねない。アンにはどんな高性能レーダーでも成し得ないことができる。それだけで、戦場に味方として存在するだけで、友軍に大きな優位を与える存在は、だがしかし、軍が彼女に求めるものとは異なっていた。