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NEXT  作者: system
第六部 Tartaros(監獄)
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第6部 第10話 恐怖と狂気、やがて絶望

 「ユウっ!integrity(インテグリティ)発動!急げっ!」

その行為はすでに手遅れなのかもしれない。それでも、何も行動せずに、ただ「大丈夫か」と声をかけるだけの偽善者には成りたくもない。セウの頭を過るのはただただ、自身を超えると期待された青年の辿った末路だった。

「了解っ!」

セウが指示を出すよりも早く、ユウの判断ですでに合体を開始していた。その合体にかかる時間は3秒足らずだが、妙にもどかしい。ユウはその3秒間で、合体完了を知らせるkerukeion(ケリュケイオン)のコクピットハッチが開く位置の前にまで到達している。

 〝シュンッ〟というハッチ開放の音と同時に、kerukeionのコクピット入口へ、四肢をフル稼働させて滑り込ませた。だが、目の前に現れたのは、左右のレバーに力なく手をかけたままシートに背中を預け、どこを見ているとも解らぬ視線を中空に向けているアンの抜け殻のような姿だった。

 「アンっ!オレだっ!目の前にいるぞっ!頼むっ!こっちを見てくれっ!」

いつもの口調とはまるで違うユウの声だけが、sks(スケィス)-subsequent(サブセクエント)のコクピット内で響く。Kerukeionのコクピット内(本来はパイロット同士の画像通話)を映す回線は開かれていないが、セウにはアンの様子が見えるように感じられた。まだ、2人に声をかけるタイミングではない。

 「アンっ!頼むからっ!ほんの少しでいい。どこか・・・何か動かしてくれっ!」

アンの意識がそこにないのだろう。アンの能力なら、目の前でアンに向けられている強い感情を嫌でも受け取っているはずだ・・・いや、もしかすると肉親には耐性があるのか?だとすればと考え、セウは久しくやったことの無い〝意識の集中〟を試みた。

 真っ暗だ。まだ何も見えない。いや、自分のいる暗闇の外側で、おそらく強く光る明滅がある。その強い光を遮断してしまえるほどに、この暗闇は深く濃い。これに似たところをセウは知っている。NEXT-Level(ネクストレベル)最強と言われたニキ・アウラの精神世界だ。

 アン少尉、どこだ・・・どこに居る?

セウはソレが自分の声で音声として発したモノだったのか、それとも心内で思っただけの事なのかを判別できなかった。その異変に気付いたセウは驚きを隠せない。

「アン少尉・・・これほどまでとは・・・この闇は・・・僕自身を飲み込もうとしている!?」

今更ながらに、アンのNEXT-Levelが示した数値を思い出す。〝1978〟自身の示した数値と比較すれば、ダブルスコアと言っていいほどの隔たりがある。いかにアンが強いNEXT-Levelの持ち主なのかを、改めて思い知らされる。

 セウにとって、その行為は時間との闘いとなった。うかうかしていれば、自分という(意識の)存在がこの闇に飲み込まれてしまう。それはおそらく、自我の喪失を意味するのだろう。その前になんとしてもアンの存在をこの闇の中から見つけなければならない。希望があるとすればユウの意志だ。彼の想いは強い。その光が僅かでいい。闇の内側に届けと願う。

 Kerukeionのコクピット内では、ユウの必死の呼びかけが続いている。それまで一切自発的な動きの無かったアンの眼が、ほんのわずかに動いたような気がした。その様子が何とかユウの顔を見ようとしているかのように感じられる。

 「アンっ!オレだっ!分かるな?こっちだ、こっちに来るんだ!!」

その言葉を発したときのユウが放つ光は、これまでで最も強いものだった。それでも、一瞬の間だけ闇を暗に変えた程度だったが、セウにはその一瞬で十分だった。ユウの光が映し出した、それと解らないほどのアンが作る影を見つけたセウは、その位置が一瞬でマーキングされたかのように、迷うことなく駆け付けた。

 「アン少尉。大丈夫だ。ユウが君を支えている。彼の意識と声に集中して。いいかい?ゆっくり・・・ゆっくりだ」

アンの瞳がほんの少しずつ、だがさっきとは異なり今度は確実に、ユウの顔を捉えようと左へ動き出す。2人の視線が結びつくまでの時間が、永遠であるかのように長く感じられた。それがどれほどの時間を必要としたのか定かではないが、今、ユウとアンの視線はしっかりと互いを捉えている。アンの瞳に色が戻って来たように見えた。

 「お・・・にぃ・・・ちゃん」

「アンっ!いいぞっ!こっちだ!!ここに居る」

アンがすぅっと息を1つ吸い込むと、続けてはぁっと吐き出された。それまで力なくシートに座っていたアンの身体に自身を支えることができる程度の力が戻って来るのが感じられた。

「お兄ちゃん、私・・・怖いよ。何かが私の中に流れ込んでくるよ・・・」

「アン少尉。それは他人の想いだよ。僕たちはソレを避けて通れないんだ」

どうやらセウの自我も、無事に肉体への帰還を果たしたらしい。integrityのコクピット内にセウの声が聞こえる。見ると、コンソール画面に映るセウの口が動いている。

 セウの言った〝僕たち〟とは、NEXTの中でもある一定以上の受信型NEXT-Levelの持ち主を指す。その能力を有するNEXTは、能力をセルフコントロールできる者がほとんどだ(正確には、そうでなければ生きていられない)。だがそれは一般的な話であって、戦場での話ではない。

 戦場に渦巻く人の意志は、その大半が〝恐怖〟と〝狂気〟だ。その2つが自身に取りついた場合、ソレが連れて来るのは〝絶望〟だ。そしてこの場合の絶望とは2種類ある。1つは解りやすい。自身が死に直面することだが、もう1つはそれが絶望だと判りづらい。

 その絶望は狂気と似ている。自分の手で相手を墜とした時、個人差はあれど、少なからず〝人を殺めた〟という念が宿る。それを払しょくしようとすがるものが戦場に現れる狂気だが、その瞬間、人は自分が〝人を殺した〟ことを受け入れてしまう。絶望だと判りづらい原因は1つ。自分で自分を騙しているからだ。

 「・・・大佐も・・・あるんですか?」

「どうやら少し落ち着いたようだね。ああ。僕にも取りついている。アン少尉、僕たちはコレと向き合わなければいけないんだ」

自身が第一線で戦場に居た頃、敵味方含めて多くの者と出会ってきた。その頃思い知らされていたはずの、だが忘れ(ようとし)ていた〝運命とはかくも残酷なモノ〟という現実があることを再び思い知る。

 アンは自ら戦場を選んだ。しかしそれは〝選ぶしかない〟状況がそこにあった。アンをその状況に追い込んだモノは、他でもない自身のNEXT-Levelだ。その力は、戦場では確かに強力な武器と成る。それには力のコントロールと精神力の強化、そして戦場そのものへの慣れが必要だ。アンの場合、他のどんなNEXTよりも、NEXT-Levelのバランスが極端な偏り(N3-systemが無かったころはそんなコト分かりもしなかった)だったことで、バランスそのものを調節することが出来なかった。

 コップに注ごうとする水が、コップの容積よりも多かったらどうなる?答えは誰でも知っている。水がコップから溢れ出る。コップがアン少尉で、水が戦場に溢れている〝恐怖と狂気〟だ。水側の質が悪いのは、ただの水のように溢れた水が四方へ流れ去ってはくれず、溢れてなお、それでもコップに入ろうと押し入って来る。そうなったとき、コップに変化はあるだろうか?ああ、もちろん変化は起こる。水をコップの内側に留めておくことができず、四方へ散るのはコップの方になる。

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