第六部 第9話 新兵
「いいかい?アン、ユウ。戦場の空気を感じるだけでいいんだ。僕より前に出るなよ?」
セウは作戦に参加している部隊の最後部で2人を連れている。宇宙空間での挙動は2機とも安定しているようで、2人ともセウのsks-subsequentを頂点としたトライアングルを崩さない。前方に視線を送ればすでに火球が見えている。
遠目に見ている分には火球やビームライフル等が漆黒の空間に描く光は綺麗に見える。しかし、火球の正体は爆発であり、全てではないとしても、そのいくつかは命の終わりを告げているものだ。その火球は、かつて数えきれないほどのそれを目にしたセウであっても、慣れるものではない。
「セウ中佐・・・なんだか少し・・・解らないんですが、不安な気がします」
専用回線から流れてきたアンの声には、わずかに怯えが感じ取れる。戦場までの距離が縮まるにつれ、その不安は大きくなるのだろう。セウは言葉を返そうとした瞬間、近付く敵意を感じた。戦場が拡大している影響もあるのだろうが、こちらへ抜けてきたREVAZZが見える。
「ユウ!やれるか?」
「行きます!」
caduceusが先行し、まだ少し距離のあるREVAZZを迎え撃つ。セウ自身が出ることも考えたが、それでは2人の成長は望めない。幸い察知能力の衰えは無いようで、いつでも狙撃できるようにライフルを構えた。
ユウには落ち着きが感じられる。アンの存在が、ユウに冷静さを保たせているのだろう。REVAZZが放ったマシンガンの描く軌道は、caduceusの機動性能に追いつけず、何もない宙へと消えていく。REVAZZを中心に据えたまま弧を描いて移動するcaduceusは、追いきれなくなったマシンガンから一瞬の時間的空白を得た。
caduceusの持つハンドガンが弾丸を打ち出した。その弾丸は極めて特殊な形状をしていて、形容するならば〝針〟だ。その針が正確にREVAZZの関節部分複数個所に打ち込まれると、撃ち込まれた箇所で青いプラズマのような光が発生した。
caduceusをADaMaS製Mhwの単体機として見た場合、この機体最大の特徴がこの武装であり、青いプラズマのような光の正体は〝電磁パルス〟だ。caduceusの持つハンドガンは電磁パルス発生器を兼ねていることになる。
旧世代ですでに〝電磁パルス〟を武器とした研究は行われていた。ソレは太陽フレアによって発生するものだが、例えば高高度核爆発などでも引き起こすことが可能だ。そうして引き起こされたパルスは電子機器を破壊する能力を持つ。これを武器として考えた場合、より広範囲且つ高威力のHEMP(High-Altitude ElectroMagnetic Pulse)と、近距離でHEMPと比べれば低威力となるが、取り回しの容易なHPEM(High Power ElectroMagnetic)が存在していた。
存在していたという過去形であるには理由がある。旧世紀ですでに大きな脅威とされていたEMP攻撃は、当然ながらそれに対抗する方法も研究されていたからだ。現時代において、戦争兵器が対EMP処理を施していないことなどあり得ない。
ADaMaSは効果の無いはずのEMP攻撃を、効果のあるものへと作り変えていた。EMPを変質させたのではない。外部から影響を与えることが出来ないのならば、内部から攻撃できるようにすればいい。ADaMaSは弾丸内部にパルスを存在させ、着弾の衝撃により解放されるような、専用の弾丸をMhwと同時に開発していた。それが通常の弾丸よりも格段に細く、針のような形状をした弾丸である。そもそも機体内部からEMP攻撃を受けるなどという想定の無いMhwにとって、caduceusのEMP攻撃は極めて有効な攻撃手段となった。そしてこの兵装は、kerukeionにも装備されている。
「流石だな。その武装は正確に関節部に打ち込まない限り効力は無いというのに、全弾関節部に命中させるのか・・・いや、驚いた」
セウの乗るsks-subsequentの前を、REVAZZが流れていく。どうやら最後までパルスに抗おうとしたスラスターの推進力が、REVAZZを流れさせているようだ。
「REVAZZのパイロット、聞こえるか?その機体の機能は停止した。大人しくするなら、もちろん捕虜として正しく扱うが?」
流れによってsks-subsequentから離れていくREVAZZに向け、光通信を試みた。自軍同士ならばともかく、敵機との交信となると、手段は大体2つに絞られる。接触回線か光通信だ。
「・・・分かった。投降し・・・い、まてっ!やめっ!」
その敵意が自身に向けられたものではなかったからだろうか。ユウとアンはもちろん、セウですらも、その接近に気付かなかった。ソレの接近を、彼らの乗るそれぞれの機体が物理的に知らせることもなかった。REVAZZに急接近していたのはNoah’s-Ark所属の機体、eSだった。
eSは新兵が搭乗している可能性が高い。新兵が戦果を挙げたいと考えることは理解できるし、もし彼が初めて戦場に出たのならば、戦場の邪気に中てられた可能性も高いだろう。そうした類の兵士は、知識としては知っているであろう〝捕虜〟という概念が無くなる傾向が強い。闘いの結果として得るものが〝生か死か〟の2択になる。
そう言えばアンが静かだ。それがすでに信号であったことに気付くべきだった。おそらく、ユウもアンの変化に気付いていなのだろう。いや、目の前で起こったコトに意識が追い付いていないのか。かく言うセウも、目の前で起こった事態は理解していても、そこから派生するであろう事態にまで予想が追い付かなかった。
「いや・・・何これ・・・気持ち悪い・・・入って来る・・・」
アンはREVAZZのパイロットが感じた恐怖と絶望を、まるで自身のことであるかのように受け取ってしまっていた。考えてみて欲しい。動かすことの出来ないMhwのコクピットに取り残され、ビームサーベルを構えた敵機が近付いてくるのを見ることしかできない状況を。それは正に〝鉄の棺桶〟というに相応しい。パイロットが〝恐怖〟と〝絶望〟以外に抱く感情など、ありはしない。
「よせっ!」
セウの叫びはeSには届かない。戦場では当たり前に起こっている〝敵機撃破〟という風景が、その場に居合わせた3人にはひどく醜悪なものに映る。死の間際に人は走馬灯を見ると言う。また、その瞬間であるはずの時間がひどく長く感じることもあると言う。REVAZZのパイロットにとって、願わくば前者であってほしいと願わずにはいられない。
「あぁああっ!いやっ!来ないでっっ!!・・・熱いぃぃいいいっ!!」
Kerukeionのコクピット内はもちろん、caduceusとsks-subsequentのコクピット内でも同時に、アンの絶叫が響いた。REVAZZのパイロットはどうやら後者だったらしい。
eSがREVAZZのコクピットを含む胸部を切り裂いたのは、実際にはMhwが腕を振りぬく一瞬の出来事に過ぎない。それでもパイロットの意識が自身の時間軸を歪め、一瞬の間に感じる恐怖が何倍にも膨れ上がる。おそらく、動けない自分にeSがゆっくりと、だが真っ直ぐに近付いて来る様を目にし、そのビームサーベルを握る腕が振り下ろされる様子を、不思議なほどしっかりと見続ける。ビーム粒子がコクピットハッチをゆっくりと溶断していることが体感温度で感じ取れただろう。やがて目の前の全周囲モニターからピンク色の光の筋が現れたかと思うと、筋であったそれは徐々に広がり、パイロットにそれがビームサーベルであると認識させた。後ろに下がりたいが、自分の意識とは裏腹に体の動きが鈍い。ビームサーベルの放つ熱が、やがて自分の身を焦がし始めるのを感じたところで、その者の意識は途絶えた。REVAZZのパイロットは戦死した。