第六部 第8話 生還率50%未満
「この目で見るまでは信じられん光景だったな」
アンとユウに用意された2機のADaMaS製Mhwは、〝変形合体〟機能を有していた。Mhwの変形も合体も、どちらか一方であったとしてもMhw史上初のことだ。それを2つ同時に実現した機体など、セウの言うとおり、容易く信じられるモノではない。合体後の機体名は〝integrity〟。完全性を意味する。まさしく〝ヘルメスの杖〟そのものだ。
Integrity最大の特徴は、Mhw1機分のエネルギー全てを、4つのビーム兵器とスラスターのみに使用している点だろう。過去にMhwが戦艦をビームサーベルで切りつけたことはあるが、戦艦そのものを両断してしまうMhwが居るなど、誰が想像するだろうか?これはレールビームガンにも同じことが言える。射出されるそのビームは、戦艦の最大長を貫いて余りある威力を有する。
ここまでの大型兵装ならばMhwに接近された場合に困りそうなものだが、integrity形態における対Mhw用兵装が、脇下から前方に抱えるような状態で使用する大型ビームライフだ。このライフルには〝ビームの射出速度と収束率を無段階連続帯域レベルで調節〟する機能が備わっている。これの調節により、ビームの特性となる貫通力、射速、収束率、破壊力を任意に変更することができる。これはショウ・ビームスの駆る〝Ray-Nard・bullet〟が持つARISの機能と同等でありながら、威力や射速において上回る性能を有している。
左右の腕で操作する対艦兵装は、文字どおりIntegrityのバックパック(と言ってもkerukeionの胴体だが)とアーム接続されているため、グリップを放しても問題は無い。そのため、それぞれのMhwが装備していたビームサーベルなどを取り回すことも可能だ。
「しかしこの機体、これまでのADaMaS製Mhwとは違う意味で、1機で戦況を左右しそうなほどの性能ですよ」
Integrity状態での機体制御は主にユウが担当している。アンは火器管制やエネルギーバランス調整などの制御と情報管理を担当する。Integrityがあれば、敵部隊と会敵する前に敵艦を狙撃することも、また、主力部隊とは別動で敵艦に〝斬りかかる〟ことも可能だろう。
「少し前に勉強しましたけど、変形と合体・・・ADaMaSってよくこんなアホみたいなMhw、完成させましたよね」
言い方は横に置いたとして、アンの言うことはもっともだ。変形に対する最大の障壁と言われる剛性について、単独時の剛性を確保し、変形後は〝装備〟となることで剛性問題を無視している。
もう一方、合体に対する最大の問題は〝合体することの意義〟だった。2機が1機になるのだから、戦術的にはあえて不利を背負い込むことになる。これに対するADaMaSの解答が、「1機がBack-Weapon-Systemへ変形する」だった。これは大型兵装や大出力兵装を装備することで発生する機動力の低下や稼働時間の減少といったデメリットへの解答でもあった。
「確かにね。でもこの合体も変形も、僕には副産物のように思えるよ」
Integrity状態のまま帰還したMhwの姿を見上げながら、セウはそう呟いた。ハンガー内では整備士が慌ただしく動き回り、様々な機械音が鳴り響いている。セウの声はそんな喧騒にかき消されていた。
セウは機体から2人へと視線を移した。パイロットスーツ姿ではあるものの、目に映る景色は〝仲の良い兄妹〟以外の何物でもない。ADaMaSが2人のための機体を、これほどまでに特殊なモノにした理由がなんとなく解る。アンの精神を安定させることが目的だったのだろう。(現時点の)生涯で最も信頼する人物が、戦場という空間において必ず側に居る。それも過去に類を見ないほどの側、同じコクピット内。これがアンのようなNEXTにとってどれほど大切なことなのかを知る者は少ない。それをあの2日間ほどの時間で見抜き、理解し、具現化して見せたウテナという技術者は、おそらく技術者として最高のレベルにあるだろう。・・・いや、ウテナだけの力ではないのかもしれない。
「2人ともちょっといいか?」
今度は周囲の喧騒に負けないよう、声を張り上げて2人の耳に言葉を届ける。2人は「はい」と答えてセウの前に並んだ。
「今日は4時間後に再度出る。今度は実際の戦場だよ。初陣だから後方に位置することになる。それと、僕もMhwで出る」
2人の顔に緊張が走った。それも当然だろう。これまで数カ月間、軍やMhwに慣れることはある程度出来ているだろうが、遠目だったとしても人が実際に命のやり取りを繰り返す戦場は、アンは当然、ユウにとっても初めてのことだ。
初陣で散る命は多い。自信過多や高揚の精神状態で戦場に出るケースが多いが、それらは敵の攻撃に晒されたとき、簡単に瓦解する。そうなったとき、それまでの訓練を活かせるパイロットは少なく、いとも簡単にその命を散らせてしまう。今大戦における初陣パイロットの生還率は50%にも満たない。
セウには初陣生還率以上に不安視していることがある。アンを知って以降、常に内在していた不安でもある。NEXTは個人差こそあれ、他者の意識を受け取ってしまう。一度戦闘が開始されれば、そこに蔓延する意識は〝狂気〟と〝恐怖〟だ。この感情をコントロールできてこそ、そのパイロットは生還することが出来ると言って過言ではない。アンが自身の感情をコントロールできたとしても、NEXTである彼女が他者から受け取ってしまうそれらの感情に対して、どれほどの抑止ができるものなのだろうか。場合によっては、他者の感情に殺されてしまう結果を招く。
「セウ中佐が出るんですか?」
「ああ。だが、戦闘に積極的介入をすることはない。あくまで不測の事態への備えだよ・・・今のうちにしっかり休んでおけ。戦場は甘くはないぞ?」
「了解しました。では一度下がります・・・アン、行こうか」
Mhwハンガーから出ていく2人を見送ると、セウは後ろを振り返り、Integrityを見上げる。その隣では、4時間後にセウ自身が乗ることになる〝sks-subsequent〟の調整が行われている。それはスケィスの発展機で、特殊なパイロット向けに少数が生産されている機体だ。
セウ自身、屈指のMhwパイロットであるStarGazer所属のアレン・プロセウトとライバル関係にあり、何度となく激戦を繰り返してきた。そのアレンと最後の闘いでセウは負傷し、Mhwを降りた(アレンは行方不明となっている)。
そんな自分が、アンとユウのどちらか、もしくは2人ともに危機が迫った時、どれほど2人を助けることができるだろうか。2人に与えられたMhwがADaMaS製Mhwで良かったと心底から思う。それだけで、初陣を生き残る可能性が飛躍的に向上する。
今日の夜、3人で祝いの席に着けるかどうかの最大の障害は、戦場に渦巻く〝狂気〟と〝恐怖〟だ。それはどれほど事前に教えようとも、本当の意味で身に付くものではない。戦場を生き抜いてこそ、それに対抗する術を得る。とりわけ、アン・ハートレイにとっては必須のスキルとなるだろう。
セウは初陣のことについてだけ、思いを巡らせているわけではない。つまるところ、ハートレイ兄妹を死なせたくないのだ。戦場で生きることを余儀なくされた兄弟は、戦場とは無縁の人生を送って来た。兄はまだしも、妹が自らの意志で前向きな覚悟を得ていたはずがない。
「こちらが見ない限り、死神はこちらを見ないものだ」
-セウは独り呟く。それは死に対する恐怖を正しく理解している者とそうでない者を隔てる言葉だった。




