第一部 第6話 マドカ・アカホシ
「ウテナ、どうする気だ?」
3人が残されたオフィスの窓から見える太陽は、すでに荒野の先に姿を隠しつつあった。壁に掛けられた時計は午後6時を指している。そんな時計と荒野を走り去るジープのテールランプを交互に見ながら、ナナクルが切り出した。
「どうもなにも・・・聞いてただろ?ちょっとでもミスれば消えて無くなるのは僕たちだけじゃすまないんだよ?リスクを考えると・・・ね」
「と、表面上で理解してるだけでしょ?たぶんだけれどそんなウテナの性格、中将は見抜いてるわよ?だから挑むって言葉を使ったのでしょうし」
ニヤリとした視線をローズが向けて来きた。さすがにその視線に耐えられず、ウテナは少し頭を搔きながらに応えた。
「挑戦かぁ~、技術者にゃあ響く言葉を使ってくる・・・」
ADaMaSのMhw開発受注における基本的なスタンスは〝待ち〟だ。もちろん、最初からそのスタンスだったのではない。開発依頼を待てるようになったのは、ローズやナナクルによる営業的側面の努力と、技術陣の確かな技量の積み重ねによる成果だ。しかし、それらを成し得ることができた一番の理由はと問われれば、ADaMaSの全員がウテナの能力を挙げるだろう。
量産型のMhwは素体となる構造が企業を問わずにほぼ同一だ。量産型で新型と呼ばれる機体は外装や武装面を指すことが多く、内部構造はそれに合わせて若干の変更が加えられる程度に過ぎない。各企業がエース用などに製造する特殊個体であれば、その内部構造にもある程度の手が入るが、それでも基本的な構造に変更はない。
基本的な内部構造に関してこれまでに数度、産業界において大きな変革が成されたことがある。その発端となったのがウテナであり、彼の発想力による新構造などは、どれも以降のスタンダードとなっている。それほど、彼の発想力は他への影響力が強い。その発想力は内部構造だけに留まらず、外装、そして特に武装面において顕著(見ただけで違いが判るからかもしれないが)なのだが、それらを1つのMhwのものとするために行われる〝すり合わせ〟と呼ばれるスキルについては、それを直接目の当たりにしているADaMaS技術者から「神合」と称されるほどだ。それらは全て、〝想像〟を〝現実〟のものとするための挑戦が生み出した結果であり、その力量を熟知する2人にとっては、ウテナならば反物質生成装置の開発が絵空事にならない可能性を秘めていることを知っていた。
「そりゃあね?真空崩壊理論を超えることなんて、僕にとってはウズくさ。でもね?これも理論だけど、その真空崩壊を制御できなけりゃ、地球どころか、宇宙全てが一瞬で消え去るんだよ?」
「だよなぁ・・・」
「ねぇ?それってイタイの?」
そう言いつつも、ナナクルとローズの表情には悪戯な笑みが見える。現状の理論としては、現在の物質が安定している状態が偽物であった場合に起こる真空崩壊は、一度起これば止める手立てがないと言われる。説によれば崩壊が広がる速度は光速の領域であり、仮に地球圏のどこかで真空崩壊が発生した場合、発生を認識するよりも早く、地球そのものが消える。それは痛みを感じる隙も無いことを意味する。
「何かを感じたりする余裕なんて無いだろうさ・・・とにかく、もう夕飯の時間だろう?いつものメンツは食堂に集まるだろうから、そこで決めようか。僕たちの存在にも関わる重大事だからね」
「・・・そうね、解ったわ」
「すまん、場面じゃなかったな」
ウテナはノリの悪い人物ではない。それでも、ローズの悪戯な問いに応えるウテナの表情は、深慮された表情だった。ローズにしろ、ナナクルにしろ、ウテナの得意分野における頭の中だけは、現在に至っても理解とは程遠い。この〝反物質〟と呼ばれる物質が、世の中の一部の人間には認識されているモノであったとしても、その言葉自体が、2人にとっては認識の外側にあった。そうした物質について考えるウテナの頭の中がどうなっているのか、できれば想像したくない。
少しばかり雰囲気が重くなったその場を、上手く打開する手段を見出せずにいた3人を救ったのは、ウテナの実の妹であるマドカ・アカホシだった。
「こんなトコに居た~!もう夕飯の準備できるよ~・・・って、ん?」
オフィスの扉から元気を体現した様子で入ってきたマドカは、3人の雰囲気を察したのだろう、首を傾げて見せた。
「ああ、ありがとう、マドカ。それじゃあ行こうか・・・って・・・」
マドカはウテナと7つ年齢差がある。まだ小さかったころからその成長をずっと見てきたナナクルとローズにとっても、マドカは妹のような存在だった。誰が見ても可愛いと感じるだろう容姿、雰囲気に育ったマドカは、3人にとって1つの自慢であると同時に、心配の種でもあった。
「ねぇ、マドカちゃん?確かに今日は暑かったわよ?でもまさか・・・今日ずっとその恰好だったってことはナイワヨネ?」
「え?と言うより、昨日寝たときの恰好のままだよ?」
そう言うマドカは白のTシャツこそ着ているものの、それ以外には透けて見える下着だけのように見える。
「お姉さん、クラクラしてきたわ・・・まさかソレ下着?」
「ん~ん?下はホットパンツだけど?あ!ちなみに上は見せブラね」
そう言うが早いか、Tシャツの裾を握ると豪快にめくり上げ、見せることが前提と公言した〝見せブラ〟までしっかり見えている。
「ウテナ、私、育て方間違えたかしら・・・」
「どこに出しても恥ずかしくない女性・・・には見えないな」
「むしろ、どこにも出せんだろ・・・」
片手で頭を抱えてうなだれるローズに、ウテナとナナクルがそれぞれ言葉を発しながら肩に手をかける。3人が向けた視線の先にいるマドカは、視線を逆から辿って見えるその風景を不思議そうに見ていた。
マドカ・アカホシの血縁者は、兄であるウテナ・アカホシしかいない。両親が事故で他界したとき、マドカはまだ2歳にもなっていなかった。その後2人は孤児院で育つが、2人が孤児院を揃って留守にしていたタイミングで孤児院そのものが戦禍により消滅した。その当時のウテナ17歳、マドカ10歳と出会った人物がローズとナナクルであり、ADaMaS誕生のきっかけとなった。
戦争という時代を20歳前後の若者だけで生き抜くというのは生半可な覚悟で出来るものではない。しかし、現実に彼らは今に至っている。まだ純粋だと言える年齢の彼らは、良いことも悪い事も経験し、成長した。当時ウテナ、ローズ、ナナクルの3人は、「汚れるのは自分たちだけでいい」と誓い合い、特にローズは、マドカを「どこに出しても恥ずかしくないレディにする」と2人に話していた。3人に愛され、後に周囲に集まってくるADaMaSの仲間から愛され、マドカは美しく成長した。実際のところ、ADaMaS内部にあって、マドカに恋心を抱く者も居る。
マドカは知性においても優秀だ。ADaMaSに集まった者の中には、特定の分野において才覚を持つ者は多い。それらが先生となり、ADaMaSで生きる子供たちは教養を身につける。マドカもそれに漏れず、人並み以上の教養を身につけ、さらには料理などの女子力と表現される技能も持っている。ローズの描いた育成方針が見事に花開いたかと思いそうだが、ただ1つ残念なことに、兄ウテナの職場環境がそうさせたのだろうか?女性が女性として持つであろう恥じらいが欠如して成長してしまった。
マドカもADaMaSの一員である。他の成人と同様に、彼女もADaMaSでの仕事に従事している。ただし、マドカの職種に就いている者は、彼女1人だけだった。
ADaMaSで製造されるMhwは、基本的にワンオフ機体であるために、特化されたピーキーな機体がほとんどだ。ADaMaS製MhwはMhwありきではない。そのパイロットとなる人物の戦闘データを基に、機体特性が考えられている。これは見方を変えれば、その特定のパイロット以外には扱い辛いMhwであることを指す。ところがマドカは、これらADaMaS製Mhw全ての稼働評価を引き受けることができる唯一の人物だった。本来の乗り手となるパイロットと同等、あるいはそれ以上の性能を引き出すことができてしまうマドカは、ADaMaSにおいてテストパイロットの役割を担っていた。