第六部 第6話 バー「Artesia」
「なぁ、ウテナ・・・オマエ、何を造るつもりだ?」
そこはADaMaSの敷地内にある店だ。店内はそれほど広くなく、店主の趣味なのだろう、旧世紀のレコードからジャズが店内を流れている。ウテナ、ナナクル、ローズの3人は、1つの丸いテーブルを囲んでそれぞれのグラスを手にしている。テーブルの中央には、様々な形をしたポテトが積まれた皿が置かれていた。
「何って・・・Mhwだよ」
まるではぐらかすかのように答えたウテナは、手にしていたグラスを口元に運ぶ。グラスの中を揺蕩う濃い琥珀色の液体が、グラスの傾きに合わせて口の中へと流れ込む。どうやらブランデーのようだ。
「誤魔化さないの。ウテナだってあの子がMhwに・・・と言うか、戦争には不向きだってことぐらい解ってるでしょう?」
それまで椅子の背もたれに背中を預けていたローズが、グラスをコースターの上に置くため、背中と背もたれを別れさせた。グラスの中で光っているように見える青い液体が、グラスがテーブルに着地した瞬間にわずかに踊った。それはローズが好んで飲むマリブサーフという名のカクテルだ。
「ソレはウテナも解ってるさ。問題なのは、アンの所属がTartarosだってことだろ?そんで、あの子は強力なNEXT-Levelの持ち主だってことさ」
グラスを目線にまで持ち上げ、中の透明な液体の向こうで歪んで見える古い蓄音機に視線を合わせる。酒に強いナナクルが飲んでいるのはウォッカだ。ナナクルにはウォッカを通した蓄音機の歪みが、世界の歪みに見えるように感じていた。
「面白い話、してるじゃない?それにしても、ココに来るならな~んで誘ってくれないかな?」
ウテナは背後から声がしたと同時に、頭に重みを感じた。ウテナの頭がまるでカウンターだと言わんばかりに、交差させた腕を置いているのはミシェルだ。店内に入ったミシェルはすぐに3人を見つけ、こちらが見えているナナクルとローズに向かって、そっと自身の唇の前で人差し指を立てて見せた。気付かなかったのはウテナだけだ。
「さっきマドカちゃんたちを見てきたけれど、アンちゃんは戦争の中で生きるには不安定に見えたわ。どう対処するつもりなの?」
相変わらずウテナの頭上を占有したまま、わずかに顔を下に向ける。頭上での動きを感じ取ったウテナも、わずかに顔を上げ、上から覗くミシェルを見上げる。その2人の動きで生じた振動がミシェルの腕を伝わり、右手に持っていたグラスから水滴を落とさせた。落ちた水滴はグラスの中のオレンジ色とは違い、透明だ。ミシェルはカクテルのスクリュードライバーを好んで飲む。
「とりあえず、席に着いたらどうだい、ミシェル?」
視線でナナクルに合図を送る。気付いたナナクルは後ろの誰も居ないテーブルから、1つ椅子を引き寄せ、自身とウテナの間に滑り込ませた。そのナナクルの動きに合わせるように、ミシェルが席に着く。そして同時に、左手でウテナに話を続けるように合図した。
「あの子は強いNEXT-Levelの持ち主なんだろう?だったら、軍に見つかった時点でどうあってもこの戦争からは逃げられんさ」
実際、ウテナの考えは正しい。そのことはこの4人に限らず、関わる者全てがそう認識するだろう。ウテナがアン専用Mhwの開発を断ったとして、それで軍が諦めるだろうか?TartarosのバックにはIHCの存在がある。必ずIHCがソレの開発に着手するはずだ。そのパターンを選択した場合、彼女に与えられるMhwは正しく戦争の兵器であり、それは他者の命を(出来る出来ないは別として)奪うことを強要されるということだ。
「いや、俺たちだってMhw造ってるじゃないか。立派な戦争兵器だろ?」
ADaMaSとは戦争兵器であるMhwを開発、製造する企業だ。それはつまり、人の命を奪うモノを造っていることを意味している。彼らは皆、その業を背負って生きていることを理解している。簡単に言えば、殺し合いを人間にさせるための道具を作り、自分たちはその殺し合いには参加しない。そして今回の場合、その殺し合いの場に送り出そうとしているのは、マドカとそれほど年齢に違いの無いただの女性だ。立場の違う者に言わせれば、自分たちが生きるためとは言え、他者をイケニエにしていい道理は無い。
「そうさ。だからこそ、僕らが造らなきゃいけないんだと思う。それにさ、3人とも・・・闘いに勝つには、何も相手を殺す必要は無いと思わないか?」
ウテナは手に持っていたブランデーをテーブルの中央に置いた。いつの間にそれほど減ったのだろうか。グラスの1/3ほどの高さ辺りで、ブランデーの左が上がったかと思うと、その波は次に右を上げている。不思議なことに、4人それぞれ違う角度から見ているにも関わらず、液面の動きは同じように思える。
「ウテナ・・・本当に何造るつもりなのよ?・・・いえ、造りたいモノはなんとなく想像ついたわ。けれど、それを完成させたとして、軍は納得する?・・・って、あっ!」
どうやらローズは何かに思い至ったようだ。付き合いの長さがで培われる絆は羨ましい。まるで何かに感染したかのように、ローズが至った結論とほとんど同じ結論にナナクルとミシェルもたどり着く。
「そっか・・・だから私たちなのね。ADaMaSの作るMhwは奇想天外。敵機を破壊するんじゃなくて、行動不能にする機体ってとこかしら」
マリブサーフを口にした後、まだ半分ほどは残っているグラスをテーブルの中央、ブランデーの入ったグラスの横に沿える。わずかに触れた2つのグラスが「チンッ」と高い音を発した。
「場合によっちゃあ、鹵獲もできるってわけだ。どうやって行動不能にするかは知らんけど、それならプラス要素も加わる・・・軍も納得しそうだな」
2杯目として運ばれてきたばかりのウォッカが注がれたグラスを受け取ったナナクルも、一口賞味してすぐにテーブル中央へグラスを向かわせた。マリブサーフとやはり「チンッ」と音を鳴らし、ブランデーとの間にはグラス1つ分の間隔が開けられていた。
「ウテナ?貴方のことだから大丈夫だとは思うけど、あの子の精神面への負荷も、トーゼン考えてるのよね?」
まだ少ししか口にしていないスクリュードライバーが注がれたグラスを、上から指先だけで掴むように持ち変えると、自分用に開けられた2つのグラスの間へ滑り込ませる。左右のグラスに触れたローズのグラスは、今度は「チチンッ」と音を響かせた。
テーブルの中央で4つのグラスが円を描くように、それぞれのグラスに必ず両隣が居るように並べられた、テーブルの真上にあるライトがそれぞれ外側に向けて、グラスの中に似た色の揺らぎをテーブルの上に映し出している。4つのグラスの中央、実際にはライトが直接テーブルを照らしているのだろうが、まるで光の三原色図に見られるような様式をそこに描いていた。光と液体が作り出した様子は美しかった。
「彼女の精神面を支えているのは、兄だろ?MhwでNEXT-Levelを完全に抑制することは不可能だろうから、戦場でも兄が側に居れば、何とかなるかもしれん」
「2機作るってのはそうでしょうけど、それが側に居るってことになるの?」
「貴方まさか、複座にでもしようと考えてる?」
ローズとミシェルの問いに、ウテナはニヤリと笑みを浮かべた。
「オイ、ウテナ。教えろよ」
「なぁに、ちょっと男の子のロマンを実現させようと思ってるだけさ」
それぞれのグラスが映し出す揺らぎが、一際大きくなったような気がした。