第六部 第5話 当たり前であること
「ご事情は理解しました。ですが尚更・・・お2人はそれでいいのですか?」
時間の経過とともに冷めた紅茶を入れ替えながら、ローズが2人に問う。ローズからすれば、もしかしたらアンもマドカと同じように妹のように感じたのかもしれない。まるで本当の妹を想うような気持が、すぐに返事をできない2人に対してさらに言葉を続けさせた。
「お2人の話から、アンさんがNEXTであること、相手の感情などを受け取りやすいタイプだと解ります。そんな子が戦場に出ればどういうことになるか・・・」
泣き出しそうなローズを見る限り、やはり感情移入を起こしているようだった。マドカのようなタイプのNEXTが戦場に出た場合どうなるか。過去に例がないわけではない。特にセウはそうした者を相手にしたことが何度かあるはずだ。分からないわけがない。
「そうです。戦場という場所は人の狂気が満ちる場所。そして同時に、恐怖が蓄積される場所でもある」
セウは苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。ローズの顔を直視することができないようだ。実際、セウは同じような女の子と戦場で出合ったことがある。力を利用され、力に押しつぶされ、そして散った。さらにその死が彼女へ想いを寄せる他者を狂わせ、結果、人の死が連鎖した。思い出したくはないが、忘れることも出来そうにない過去だ。
「それを知っているなら・・・セウ中佐、貴方なら・・・」
「ローズ、それぐらいでいい。ウチはADaMaSだ。ウテナが〝やらない〟と言えば開発を断ることもできる。でも軍は・・・俺たちのようにはいかない。立場が違うんだ・・・一番苦しい思いをしているのは彼自身だよ」
ローズからウテナへ視線を移すナナクルの表情は、その場に居る誰よりも希望に満ちた表情に見える。それはウテナがこの話に決着をつけることを期待している目だ。それまで一番端で不貞腐れた様にポケットへ両手を入れたまま、床を見つめていたウテナの視線が上がり、ナナクルの視線と正面からぶつかった。〝ふぅ〟と1つ大きな息を吐くと、次いで天井を見上げた。
「セウ中佐・・・その依頼、引き受けるわ」
「ちょっと局長!いつも言ってますけど、断るにしてももう少しお客様に丁寧に・・・あれ?局長!今〝引き受ける〟って言いやがりました?」
そこに居合わせたADaMaSの全員が、ウテナに向けて驚きの表情を見せている。当のウテナ本人は「僕に対しての言葉遣いはいいのか?」と内心思いながらも、真っ直ぐにセウの眼を捉えたまま、言葉を続けた。
「ただし、1つ条件があります。今回のMhw、その仕様は全て僕に任せてもらう」
「いや、そりゃオマエ・・・いつもだろ?」
すかさず入ったナナクルの横槍が、場の雰囲気を和ませた。セウの口元も自然と緩む。
「引き受けていただけるのなら、解りました。全て貴方にお任せします」
すっと立ち上がったセウは静かにウテナに歩み寄り、自らの右手を差し出した。握手というものは、場の雰囲気がそれを肯定していれば、自然と交わされるものだ。
「ところで今日この後の予定は?」
自然と、だが緩く、セウの差し出した手を握り返したウテナ(これはいつものことだ)は、あまりウテナらしくない言葉を発した。
「え?・・・いえ、今日はこのまま帰る予定ですが?」
緩い握手に一瞬不振が頭をよぎったが、それを見ている周囲の様子に変化が無い事を察したセウは、それがこのウテナという人物の(接客という点では褒められたモノではないが)普段なのだと理解する。しかし、続けてウテナが口にした質問の真意が掴めない。
「なら明日は?宙に帰るのはいつ?」
「・・・え?いや、一様残りの2日間はゆっくりする予定でしたが・・・」
「だってさ。ローズ?後は任せたよ?」
ウテナはそれだけ言うと、さっきまでセウと悪手していたその右手で後頭部を気怠そうに掻きながら、クルリと踵を返してその部屋を後にした。これがここADaMaSでは普通のことなのだろうか?それとも、軍に長く居過ぎたせいで、自分が世間からずれているのだろうか?とセウは何とも不思議な感覚に襲われた。
「りょーかい。宿泊先にはこちらから連絡しておきます。今日と明日はここでお過ごしください。たぶんですけど、その方がアンさんも喜ぶと思いますし、何より、ウチのマドカが喜びます」
セウにしてみれば、ローズの言っていることは解るが、ナゼそうなるのかは理解できない。ユウの方を見てみるが、その視線に気づいたユウは両手は軽く上げるだけだ。
ローズに宿泊する予定だったホテル名など聞かれているうちに、扉の外では賑やかな声が少しずつ大きくなっている。ほどなくして扉が勢いよく開いた。
「ただいまー!セウさーん、今日はアンちゃん、貸してね?夜には女子会するからー」
どこかで部屋を出たウテナと会ったのだろうか?ここに泊まることが前提の話しぶりだ。1つ確かなのは、ローズの言った「マドカが喜ぶ」というのはものすごく理解できるということだ。
「ああ、そうしてくれるとありがたい」
「うっそ・・・良いんですか中佐!マドカすごいね!知ってたの?」
「うぅん?でも、お兄ちゃんたちならそーするかなーって。ここに若い女の人が来るコトなんて滅多にないし、私が喜ぶのなんて、みーんな知ってるだろーしね」
「うっわ、うらやまー。信頼関係パなくない?・・・あっ!大丈夫ですよー?お兄ちゃんとセウ中佐のことは、ちゃーんと信頼してますから」
セウはただ唖然とする他なかった。アンと知り合って以降、彼女がこんな側面を持つ女性だとは全く思っていなかった。そもそも軍しか知らないセウにとって、一般的な〝会社〟というところで働く女性は未知の存在と言っていい。世間一般とはこういうものなのだろうか。アンとマドカ、そしてその後ろにも2人程近しい年代と思われる女性が一緒に居る。話し声がしっかり聞き取れる音量で耳に届いているが、どうにも内容の理解には及ばない。
アンのはしゃぐ姿を見て思う。最初、ADaMaSの人間は不思議な存在だと思っていた。だが、彼らの方が〝普通〟なのだ。これも軍属である弊害だろうかと思う。アンを見るとき、自然と〝軍人〟であることを前提としていた。おそらくADaMaSの人間は皆、軍がどーのやMhwパイロットがこーだ、さらにはNEXTがあーだと言う以前に、アンをただの22歳の女性として見ているのだと気付かされる。これまでにそうだということに気付きもしなかった自分が少し後ろめたいという思いと裏腹に、今目にしているこの姿こそ、アンの本来の姿なのだろうと思うと心が軽くなるようだった。
その夜、アンとマドカを中心に賑やかな女子会が行われていたようだ。その様子はユウにもうかがい知ることができたが、最もアンを長く目にしているユウであっても、その日のアンはこれまでのどのアンとも異なっていた(もちろん、室内に入ることは拒否されたが)。
やはりADaMaSという場所は実に不思議な雰囲気を持っている。アンに対する見方が、これまでのどんなコミュニティとも違うことが実感できる。世が戦争でなければ、世界にNEXTという存在や概念が無ければ、つまり、人が宇宙に出る前の世界は、これが当たり前の光景だったのかもしれない。彼女たちを目にしたセウは思わずには居られなかった。〝この戦争の果てに、彼女らの世界は訪れるのだろうか?〟と。




