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第六部 Tartaros(監獄)
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第六部 第4話 心の安寧

 「今日はこれからADaMaS(アダマス)の人と会うよ」

ユウがTartaros(タルタロス)へ編入してすぐ、セウは2人を連れて地球に降りていた。IHCの本社は月にあり、Tartarosはそこから少し離れた同じ月面上にある。地球とは大きな距離があるが、IHCに勤務していたアンはADaMaSの存在を知っていた。

 2人は地球生まれだ。ユウの方は仕事で宇宙に上がることもあったが、宇宙を生活の拠点とするのは今回のTartaros編入が初めてだ。アンの方はと言えば、IHC入社後はずっと宇宙を生活の拠点としていたので、地球に降りるのは久しぶりだ。久しぶりの地球を満喫するほどの時間はとれないが、それでも、アンにとって気分転換になっていることは見て取れる。

 3人はホテルの外に待機している車に近付いた。車の前で3人を待っていたのは、ADaMaSのポーネル・ウィルソンだ。

「お待ちしていました。これから車で2時間ほどかかりますが、大丈夫ですか?」

ポーネルはセウの後ろ2人に視線を送る。

「ウィルソンさん、久しぶりです。なぁに、昨日地球に降りたばかりですから、車の中で一眠りしている間に着くでしょう」

セウとポーネルは過去に何度か会ったことがある。ADaMaS製セウ専用Mhw(ミュー)の開発が過去に2度話として挙がったときのことだ。残念ながら、セウ専用機は実現することなく現在に至っている。セウは改めて2人のハートレイを紹介した。

 「なるほど・・・お二人とも若いですね・・・お二人にはADaMaSのMhw製造についてどこまで?」

ポーネルはADaMaSにおける外交官と言っていい。これまでに数多くのMhwパイロットと会話を重ねてきた経験が、この2人に違和感を抱かせていた。

「ああ、大丈夫ですよ。少々事情は複雑ですが、そのあたりは移動中にでも」

セウもポーネルが感じた違和感を察していた。ポーネルが違和感を抱くことは当然だろう。この2人からは軍人のニオイがしないのだ。特に戦争という時代において、命のやりとりを直接的に行っている軍人、つまり〝兵士〟であれば、多かれ少なかれその雰囲気は自然と身について(染みて)いるものだ。この2人にそれが無いことはすぐに気づいたようだ。

 それぞれが車に乗り込む。運転手は当然ポーネルが務める。4人の構成上、セウが助手席に座った。車が動き出し、しばらくの間は世間話が車内を満たしていたが、月面からの長旅も手伝ったのだろう、アンはすぐに眠りについた。

 アンにとって、車内という空間は落ち着きをもたらしていた。兄であり、自分を最も理解してくれているユウ、同じ高いNEXT-Level(ネクストレベル)を持ち、自身の境遇を知ってくれているセウ、そして、ADaMaSの人間というポーネルは、初めて会う相手だったにも関わらず、不思議な安心感があった。事前にセウから聞かされていたこれまで彼が出会ったというパイロットの中に、NEXTが多かったからかもしれないとアンは思った。どこか、NEXTを持つ者に対する〝優しさ〟と〝理解〟があるように感じられた。

 セウは正面を見つめたままだった。それでも、NEXTとしての感覚的な部分で、後部座席で眠りにつくアンが分かった。セウの中に居るアンが、母親の胎内に居る子供のように丸まっていく様子が見えた。

 「ユウ大尉、ウィルソンさんにアン少尉の情報を話してあげなさい」

室内のミラー越しにユウの顔を確認しながら、セウが促す。

「情報・・・ですか?」

「セウさん、そんなかしこまらなくていいですよ?私は軍属ではありませんし・・・それに、なんとなくですが、様子は察しています。ユウ大尉、言いにくい部分は言わなくても大丈夫です。可能でしたら、彼女がどんな女性か、聞かせてくれると嬉しいです」

 ユウは、過去アンがどんな女の子だったかを話し出した。妹のことを話し出すと、次々と伝えたいことが記憶の中から溢れて来る。ユウの口から語られるアンという女性は、誰が聞いたとしても、戦争に関わるべきではない女性だと思わせた。

 「失礼。彼女がNEXTだということは理解しています。それでも、今こうしてNoah’s-Ark(ノアズアーク)の軍服を着てADaMaSへ向かっているということは、彼女に選択の余地が無かった。ということでしょうか?」

そのとおりだった。しかし、ソレを説明するためにはユウをも傷つけることになる。もしかしたらすでに察しているのかもしれないが、あえてそれを口にすることを躊躇ったセウは、ユウの話を遮ったポーネルの質問に、言葉を返すことが出来ずにいた。

 「それは自分のせいですね。たぶんですけど、人質にような扱いだったんだろうと思います。従わなければ自分を戦場に送り出すとか。まぁ、自分で戦場に出ちゃいましたけど」

それまで一度も後ろを振り返ることの無かったセウは、ユウの言葉に思わず振り返った。

「ユウ、やっぱり知ってたのか・・・」

「いえ、知っていたというのとは少し違います。そういう脅迫まがいのことがあってもおかしくないなと」

セウが「すまない」と繰り返すのを隣で聞いているポーネルは、どこか困ったような表情を浮かべていた。

「なるほど・・・事情は察しましたが、ウチとしては難しいかもしれませんね。まぁ、どうするか決めるのはウチの局長ですが・・・」

 その後3人は様々なことで言葉を交わしていた。そういう時、人が感じる時間は速く流れる。会話が途切れることのないまま、4人を乗せた車はADaMaSの敷地内に入った。

 「いらっしゃい。貴女がアンちゃんね?外は暑いでしょう?まずはお茶でもどうぞ」

ポーネルに先導されて訪れた部屋には、ウテナ、ブルーメル、ナナクルを筆頭に、他にも5人ほどが居る。

 アンは部屋に入る前、好奇の目で見られることを覚悟していた。それは決してADaMaSだからということではない。これまで、その場所がどこであろうと、アンがNEXTであり、パイロットとなった民間人だったことを知っている者からは、そういった目で見られてきた。それは仕方の無い事だ。

 アンに向けられた視線は確かにあった。そこに居合わせた8人全員が、アンに注目している。しかし、アンに刺さる思考が無いことに驚きを隠せない。その表情を見た女性が1人、満面の笑みで近付いてくる。紹介されたときを覚えている。ウテナ局長の妹、マドカ・アカホシだ。

 「アンちゃん、ウチは大丈夫よ。身構える必要なんてないよー。ね?ね?アンちゃんっていくつ?ここっていろいろあるから私、案内するよ~。あ、ちなみに私、25~」

「え?え?えっと・・・22です。」

アンにとってそこは、これまでに経験したことのない空間だった。本来なら、知らないことへは少なくても不安を感じるところだろうが、安寧を感じている自分に再度驚く。そんなアンの手を引き、マドカは部屋から出ていく。その間際、マドカがローズにウィンクするのを、アンは見逃さなかった。

 結局その日、ウテナ局長が直接アンと会話をすることはほとんど無かった。アンはADaMaSに滞在しているほとんどの時間で、ウテナ局長の妹だというマドカ・アカホシと行動を共にしていた。マドカの他にも、近しい年代の女性が数人、入れ替わりながら会話に花を咲かせている。その様子を時折目にしては、こうなる前の、IHCの社員であったころのアンの様子がこうだったのだろうと、ユウの想像を掻き立てた。それは、ユウが本当に目にしたかった光景だった。その光景の中に居るアンは、心からの笑顔を見せていた。

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