第六部 第1話 最初の人
Tartaros-Laboratory。そこはIHCの資金提供により運用されるNEXT及びNEXT-Levelの研究施設だ。所属としてはNoah’s-Arkに属する軍事施設にあたる。
NEXTの存在は開戦以前から囁かれていた存在だ。それは星歴が始まる瞬間、式典において初代評議会議長が語った言葉に端を発する。
「我々は地球という大地を離れ、新しく宇宙の民と成った。これは新しい人類の始まりであり、これまで人類の経験したことのない環境が、新たな人類を育むだろう。宇宙移民の先駆者と成った方たちには感謝申し上げる。キミたちは新たな人類史の導き手足り得る。いつになるとお約束できないが、そうした新たな人類の存在が認められたとき、彼ら新人類は我々人類の希望となるだろう」
彼の言葉は当時、大半が貧しい者たちであった宇宙移民に希望を与えた。
〝希望〟と言う言葉は実に甘い。そしてその対義語に〝絶望〟がある。本来、人が歩みを止めるのは〝絶望〟ではなく〝諦め〟であり、逆に人を歩ませるのは〝希望〟ではなく〝意志〟だ。しかし、意志を持つまでに至らないことが往々にしてあり、それを埋めるように人々は〝希望〟を口にする。
結局のところ宇宙に住むこととなった人々は、初代評議会議長の言葉に用いられた〝新人類〟という言葉に希望を抱き、それに自身が向かうのではなく、〝他者〟がその存在として出現することを夢見た。その新人類、〝次〟の人類の担い手として〝NEXT〟という言葉は生まれた。
悲しいことに、人類がNEXTを始めて実在として認識したのは、戦争の最中、それもMhwのパイロットに対してであった。「戦争に英雄は居ない」と昔の人は言った。それは第三者からすれば正しく、当事者としては誤りだ。戦争に英雄が存在するからこそ、兵士は高揚し、戦場にその存在を探す。
今にすれば、IHCの最高幹部にしてBABELという組織の首領であるミリアーク・ローエングラムによってNEXTを定義づけることに成功しているが、人類史上初めてNEXTだと囁かれた人物は、不運にも戦争に巻き込まれ、自らの意志と関係なくMhwのパイロットとなってしまった15歳の少年だった。
少年は試作機として開発された最初のsksに搭乗した。民間人による軍兵器の無断使用は、本来ならば軍法会議ものだ。しかも極秘裏に開発されたsksだったのだから、投獄は免れないものだったろう。しかし、少年は不幸にも初めて乗ったMhwでStarGazerのVAZZ2機を撃破して見せた。そしてさらに不幸が少年に訪れることとなった。
少年の撃破したVAZZは、Noah’s-Arkが新型のMhwを開発したという情報を基に、少年の住むコロニーを襲撃した部隊のものだった。その襲撃は大規模なモノとなり、当時まだStarGazserのMhwに明確な対抗手段の無かったNoah's-Arkは大きな被害を受け、sksに関与するほとんどの軍属者を死に至らしめた。この事件によって、少年を含むそこに居合わせた若者たちは、sks及び専用運用艦と運命を共にすることとなった。
開戦当初、StarGazerによって投入されたMhwの有用性にNoah’s-Arkは劣勢を極めた。それを均衡にまで持ち直したのは、sksに端を発するNoah's-ArkのMhwだ。少年の乗るsks1機で戦況が変わったと言えるほど戦争は容易ではないが、兵士を鼓舞するための象徴として、少年は理想的な存在となった。
少年はsksに出会わなければ、平穏な人生を送っていたのかもしれない。しかし、彼はわずか15歳にして軍人となった。そして戦場でNEXT-Levelを開花させた少年は、名実ともにNEXTと成った。
少年は今、35歳の大人に成っている。30歳までは最初のNEXTとして、また、最強のNEXTとしてパーソナライズされたsksのカスタム機で戦果を上げ続けた。宇宙に浮遊する小惑星を改造した基地を舞台とした戦闘で、StarGazerの中でも最も有名とされるNEXTとの戦闘で負傷するその日まで。
それ以前の軍人であったときすでに、少しずつ見つかり始めるNEXT(と思われる人)の導き手としても優秀であった彼は、負傷によって第一線を退いた後、Tartarosに協力するようになる。彼は名前をアレイス・セウと言った。
「それにしても驚きました。まさかセウ中佐を超える者が居るとは・・・」
「僕の数値を超えるNEXTは他にも居るさ。ただ単に、僕は戦場に長く居過ぎただけさ」
IHCからの専用送迎車を降りたセウは、研究所内へ向かう長い廊下を歩いている。IHCのミリアーク・ローエングラムから、N3-systemの完成と、セウ自身の詳細なNEXT-Level計測の依頼を受けて訪問していた。
セウ自身のNEXT-Level値は1012を示した。これは現状で計測の完了している全員の中でも4番目に高い数値だ。分類としては、セウはオールラウンド型であったという。セウが(戦争における)NEXT最強の存在だと言われる理由はここにあった。
ミリアークに言わせると、「オールラウンド型はその性質から各項目の数値が低くなる」そうだが、セウに関しては各項目が平均的に高い数値を示していると言う。実際のところ、まだN3-systemが計画段階であった頃から、〝NEXT最強はセウ、NEXT-Level最強はアウラ〟とウワサされていた。
セウは〝ニキ・アウラ〟と共に戦場に出た経験を持っている。出会ってすぐ、彼の持つNEXT-Levelの資質をセウは感じ取っていた。そして同時に、アウラの感受性、共有性の強さに反した精神の不安定さを見抜いていたセウは、彼と半年間行動を共にしている。
セウはアウラとなら、この戦争を終わらせることができるかもしれないと感じた。これ以上、戦争に巻き込まれる自分たちのような存在を生み出したくなかったセウは、アウラを導こうとした。しかし、すでにNEXTとして最強とされたセウは、アウラの側を離れることを余儀なくされる。
セウという道標を失ったアウラは、その後の戦場で精神崩壊を起こす。その場に居合わせたパイロットの証言によれば、アウラの乗るMhwに発光体が複数引き込まれたように見えたと言う。その直後、StarGazer内でも屈指のNEXT-Level持ちだったジェニス・ハントと相打ちとなった。一命は取り留めたものの自己を失ったアウラの姿に、セウは大きな後悔を抱いた。この時の感情は、セウがTartaros研究所に協力することを決意した大きな要因となっている。
「アウラとハントの2人は今でも数値が1200を超えているそうだよ。それでもNEXTとして僕を上だとしたのは、純粋に経験による上乗せがあったからさ・・・喜べるモノでもないけどね」
「経験が重要なことは解ります。ですが、あの子の数値は・・・」
隣を歩く士官が後ろを振り返る。その視線の先にいる女性は、一見して軍人とも、技術者や研究者とも思えない。どこにでもいる普通の女性であり、むしろ戦争とは無縁と思えるほど儚くさえ見える。
その女性は隣を歩く男性と会話をしながら、セウの後ろを、数歩間隔を空けて歩いていた。向かう先はセウと同じくTartaros研究所だ。彼女はそうは見えないが正真正銘の軍人だった。階級も少尉にある。彼女の名は〝アン・ハートレイ〟軍人であると同時に、Tartarosの研究対象でもあった。