第五部 第13話 夕陽の向こう側
「二の太刀だっ!ぶった斬れろぉっっ!!」
2つの刃の衝突は、地面の反動を得た分だけLaevateinnが上回った。互いに速度や捻りを上乗せした斬撃の衝突に、Astarothの爪はともかく、折れずに耐えきる実刀には驚かされる。とはいえ、実刀でAstarothを弾き飛ばした結果、その代償に右腕の稼働箇所いくつかが破損したようだ。それまでに聞き覚えの無い奇妙な音を可動部が発している。
Laevateinnは地面を蹴り上げたときに生じた上方への力と、上体を捻った遠心力の勢いを殺すことなく、二の太刀を繰り出した。それは、実刀の軌道をなぞるように、左腕から発振しているビームトンファーだ。Astarothを弾き返されているAttisにはコレを受ける術が無い。カーズはAttisを、フロイトを捉えたことを確信した。
「何度も言わすなっ!斬られてやらんっ!」
Laevateinnの二の太刀が来ることを知っていたわけではない。それはこれまでに経験した修羅場の数々がフロイトにもたらした〝条件反射〟だったのだろう。無意識下でモニターの端に映った黄色い光に、反射的に機体を一歩前進させ、同時に右手に持っていたビームサーベルを放棄していた。
「オイオイ・・・コレも止めちゃうのかよ・・・なんだ、アンタ?」
2機は3度互いに動きを止めた。一歩前に踏み込んだAttisは、Laevateinnが振り上げたトンファーのさらに内側に入り込み、その右手をまるでつっかえ棒かのように、Laevateinnの右前腕を抑え込んだ。その衝撃を受け止めきれず、Attisの右肘から破損した部品がいくつか飛び散る。わずかに肘関節全体が縮んだようにすら思える。
Mhwのコクピットというものは、そのほとんどが胸部に存在する。そして、Mhwを直立させて横から見た場合、最も出っ張る箇所は胸部であることが多い。2機のそれぞれの胸部は、Mhwの握り拳1つ分程度の隙間を残し、互いに対面していた。
「もう3分は過ぎただろ?たぶん互いに右腕死んだろうけど、まだヤるかい?」
フロイトの額から、汗が1雫流れ落ちた。爽やかな汗なワケもなく、その正体は冷や汗だ。二の太刀を右腕を犠牲にして止めることができたのは、フロイトからすれば偶然に過ぎない。自分で意図的に起こした行動ではない以上、本来ならば両断されていたと考えるべきだ。自分自身で感じる敗北感が、自身の額に汗という形で現れていた。
「いや?時間は時間だ。タイムアップ。名残惜しいが、ここは引く」
カーズ自ら名付けた〝二の太刀〟は、彼にとって必殺の技であった。一撃目で相手の防御なり受けなりを弾き飛ばし、一撃目と同じ軌道で二撃目が追尾して斬り上げる。実はこの〝二の太刀〟には、隠された3撃目が存在する。2撃目の結果次第でもう1回転するか、逆回転するかを選択した一刀目によるさらなる追撃だ。フロイトが知っていたとは思えないが、その3撃目すら封じられたのは初めてのことだ。カーズはソレが何なのかを知らなかったが、初めて心に受けたその衝撃は〝敗北感〟だった。
ヴォルフゲン・フロイトとカーズ・ヤクトは同じNoah’s-Arkの軍人だ。それぞれに違った形であっても名を馳せた存在であり、これまでに何度か顔を合わせてもいた。良くも悪くも、互いに互いの存在を認識し合っていたが、この3分間でそれぞれに刻まれた〝存在〟は、〝決着〟をつけるべき相手としての認識だった。
AttisとLaevateinnがそれぞれに機体を引き起こすと、互いの右腕が力なく垂れ下がった。互いに受けた損傷は、どうやら肩以降の腕全体に及んでいたようで、まるで糸の切れたマリオネットのようでもあった。
Laevateinnはそのまま3歩ほど後退すると、Attisがこれ以上行動を起こすことが無いと判断したのか、くるりと背を向け、スラスターを噴射した。跳躍で飛び去るLaevateinnは、Attisの位置から夕陽と重なって見える。その先に居たはずのディミトリーの姿はすでに無い。ほんのわずかに地平線と接し始めた太陽は赤く燃え、後方に広がるヤーズ・エイトの街並み全てを朱色に染め上げている。
コクピット内で、夕日と重なりながら飛び去るLaevateinnを見つめるフロイトは、ふとコンソールに表示されていた〝CONNECT〟の文字に目を留めた。一呼吸の間を置いて、光を放っていたその文字が灰色に反転した。
いつからだったのだろうか?コンソール横に配置されているいくつかのボタンのうち、上から2つ目が明滅している。友軍からの通信要請を示すランプだ。フロイトは相手が強敵だと認識したとき、集中力を保つために自然と友軍通信をカットするクセがあった。
「少佐?無事ですね、よかった。通じますね。周囲に敵機影は認められないそうですよ?」
スピーカーから聞こえてきた声に、不思議と心が落ち着くのを感じる。聞き間違えようがない。ベルルーイの声だ。
「ああ、ありがとう。右腕が逝っちまったから、無事じゃぁないけど、これからそっちに戻るよ」
それまで息をすることを忘れていたかのように、大きく1つ、息を吐く。
「それで、したかったことは出来たのですか?」
「うーん・・・やりたかったことは結局出来なかったけど、目的は果たしたかな」
ベルルーイを降ろしたとき、フロイトは明確に〝ディミトリーと話す〟必要があると考えていた。「なぜ自分には何も言わずに姿を消したのか?」「これから何をするつもりなのか?」「どこを拠点にしているのか?」「民衆を扇動した目的は?」聞きたいことは多いと思っていたが、自分が知っているマクスウェル・ディミトリーではなくなっていることが、全ての答えとして返って来たように思える。その答えが自分の望んだ答えではなかったとしても、その答えで全ての疑問に答えが見い出せたように思える。フロイトは不思議な満足感を感じていた。
「なぁ、ベル?この通信って、他に聞いてるヤツ、居るのか?」
「え?いえ、こちらのレーザー通信で直接つないでますから、意図的に誰かがつながない限り、直通通信ですよ?」
そういう意図を持った他者が1人も居ないことを願いつつ、フロイトは会話を続けることを選んだ。
「ベル、オレの部隊に加わる気は無いか?と言っても、現状はオレ1人だが・・・」
「いいですけど、少佐?それって部隊で合ってますか?」
内心「確かに部隊ではないな」と思いつつ、即答のベルに少々驚く。確かADaMaSからの帰りにディミトリーと「結婚を諦める」といった会話を冗談交じりで交わしたことを思い出し、「ベルルーイなら〝年齢差以外〟申し分ない」などと考えている自分が少し恥ずかしい。
「それはなるようになるさ・・・」
「何がです?」
口に出したつもりは無かったが、無意識で心内を吐露していたらしい。〝結婚〟だとか〝年齢差〟だとかがソコに含まれていなかったことに安堵を覚える。
「何でもないよ、ベル。それより、これから世界は大きく動くぞ。今日起きたことは、全人類にある種の変化をもたらす」
「それは解ります・・・たぶん、戦争が広がりますよね?軍は・・・というより、私たちはこれからどうすべきか・・・自分たちで考える必要、ありそうです」
やはりベルルーイは優秀だ。今日の〝事件〟を正しく認識している。もしも事態が悪い方向に進んだとしたなら、ベルルーイの言うように自らの立ち位置を自分で考え、自ら決めた位置に立つ必要が出て来るだろう。人が独りではなく、大小様々な〝世界〟というものがある中で、自らの意志を貫くことは容易ではない。果たして決断を迫られたとき、目の前の現実や、周囲に惑わされずに自分の信じる道を決断出来るか。それはおそらく、人が人である以上、常に、そして誰にでも降りかかる〝試練〟なのだろう。
「ベル・・・世界はこんなにも広く、人が持つ意志は星の数より多い。オレが間違わないよう、力を貸してくれ・・・」
「少佐、オレじゃ困ります。私も含めて〝オレタチ〟にしてもらえませんか?」
解らないが、ベルルーイも同じように感じているのだろう。その言葉はフロイトにとって救いのようでもあった。