第五部 第12話 3分間
「カーズ、3分で片付けろ。ムリなら戻れ」
カーズの乗るLaevateinnのコンソールの片隅に180.0が表示された。それは2人にとって、長い3分間となった。
「3分だってよ」
「カンベンしてくれよ。ありゃぁ、完全にオレの知ってる中将じゃないな・・・」
「いいや?誰もが知ってるマクスウェル・ディミトリー中将だよっ!いくぜ?」
Laevateinnが再び動き出した時、同時にタイマーが作動した。表示された180が減っていく。先ほどと同じ軌道、同じ速度で直進するLaevateinnは、しかし振りかぶっていた刀を振るったと同時にABTの向きを変え、進行方向左に逸れた。その動きは斜め方向ではなく、ほぼ直角に等しい。そして刀は降りぬかれる。
「テメェの身体、どーなってんだよっ!ガンジョーにも程があるだろがっ!」
Laevateinnが逸れた方向は、Astarothを装備していない側だ。ビームサーベルは手に持ってこそいるが、嫌な予感のしたフロイトはコレを受けるのではなく、Laevateinnが進んできた方向に向かって直進して切り抜けた。
「オイオイっ!逃げん、うおっ!?」
一足飛びに前方に飛んだAttisが、着地と同時にLaevateinnに背を向けたまま跳び返って来た。ただし、手にしていたビームサベルを逆手に持ち替え、脇の下から背面に突き出すようにしてだ。背面突きである。
Laevateinnの振りぬいた刀は、そこに居たはずのAttisを捉えることはなく空を斬った。降りぬいたことでLaevateinnの体は開いていた。さらに振りぬいたことで実刀は、背を向けて迫るAttisに対して峯側を向けている。Laevateinnが実刀の刃側で対応しようとする前に、Attisはその懐に飛び込んでいる。
カーズは振りぬいた刀の勢いを殺さず、ABTの推力を加えてそのまま回転するようにAttisの背面突きをいなした。1回転した剣速はさらに速度を増し、すり抜けるAttisを追うように斬撃を加えるが、今度はAstarothを装備している側だった。今度はその爪で実刀を受け止める。
矢継ぎ早に繰り出される互いの攻撃は、しかし互いにダメージを与えるに及ばない。2機は互いに背を合わせた状態で、再び爪と刀を交えて止まった。
「人のことをバケモンみたいに言うなよな。テメェの動きだって大概バケモンだろがよ?」
「そっち程じゃないと思うけどね。その速度で直角機動に耐える身体が、バケモンじゃなけりゃナンなんだよ?」
いくら最新鋭のMhwだからといって、体にかかる〝G〟を無効にする技術は無い。この〝G〟に対抗するためには、自身の身体を鍛える他は無い。Mhwパイロットは一様に身体を鍛えているが、極稀に〝G〟にそもそも耐性を持っている者も居る。そうした者はNEXTである場合が多い。
Mhwは鋼鉄の塊だ。それが接地した状態で身体に高負荷な〝G〟をもたらすほどの瞬発力を持って動く。コレは一昔前では考えられないことだった。技術の進歩に合わせた人間の適応力というものには目を見張るモノがある。
カーズ・ヤクトは鍛え抜かれた身体はもとより、その戦闘に対する精神力において、全Mhwパイロットの中でも最強と言えるほどの強さを持ったパイロットだった。Mhwが人間に対して暴力的であればあるほど、カーズは喜びを覚える。そのMhwを克服し、乗りこなすことでカーズというパイロットとLaevateinnというMhwの1戦闘単位が、彼の望む最強に近付く。カーズという男は、その言動にクセが強く、組織としては扱いにくい人物と評価されていた。それは正しい認識だったが、彼は〝最強〟という存在に対して最も純粋な人物であった。
「それにしても、アンタとの戦闘は楽しいなぁ!オレを最強に押し上げてくれる気がするぜ・・・とは言え、もう90秒も過ぎちまった。そろそろ壊されてくれやっ!」
Laevateinnは自身の実刀とAstarothの交点を支点とするように、自らの身体を浮かせ、背後に立つAttisを足裏で蹴り出した。それは攻撃手段というよりは、自身の移動手段と言った方が意味合いが近いような動きだった。両者の間合いが再び開く。
「カーズっ!オマエが強いのは先刻承知なんだよ。オマケにその機体・・・ADaMaS製か?こっちにそうだという心構えがある以上、3分で壊されてやるつもりはねぇな!」
フロイトにLaevateinnのようなADaMaS製新型Mhwの情報は入っていない。Noah’s-Arkに属する組織が宇宙空間を主戦場とする特殊な機体の開発を依頼がしたことは聞き及んでいる。そして、過去のADaMaS製Mhw開発事情から推測すれば、1つのオーダーとして複数機体の開発を受けることはあっても、異なる2つのオーダーを同時に受けることは記録に無い。最新の情報と、これまでのADaMaS製Mhwから、カーズの乗る機体が正しい意味でのADaMaS製ではないと判る。それでもこの機体がADaMaS製だと思わせる、確信にも似た感覚がフロイトにはあった。
Laevateinnは一言で言えばAttisに似ている。それは外観の話ではない。機動性の話だ。どこのMhw製造メーカーでも、高機動は上限無く実現させることが理論上は可能だ。しかし現実はと言えば、機動性はいくつかの段階に分かれている。その理由の1つはパイロットに由来するものであり、つまりはパイロットの〝性能〟によって決まる。
もう1つの理由は〝OS(Operation・System)〟が関係している。機動性だけに限った話では無いが、どれほど優れたMhwを開発しようとも、Mhwそのものを動かすOS次第で、せっかくの高性能機も量産機程度の性能しか発揮できない。分かりやすく言えば、日本刀の達人であっても、もし握ったことすらなければ、槍の扱いは素人と同じだと言うことだ。
日本刀はもとより、実刀を装備する機体は少ない。そして、ヒートサーベルに代表される、熱によって溶断する類の剣はそれなりに在るが、その特性はビームサーベルに近い。Laevateinnが持つ実刀は、正真正銘の日本刀だ。それをこのレベルで扱うLaevateinnは、専用のOSが搭載されているとみて間違いないだろう。それはつまり、Astarothを持つAttisと同じレベルのOSだと言うことだ。
そこからの攻防は、以前に経験したStareGazer遊撃部隊〝pentagram〟所属アキラ・リオカの駆る〝伊邪那岐〟との攻防と似ていた。Laevateinnが斬撃だけでなく、体術(Mhwで体術と言うのもおかしな話だが)を織り交ぜ始める。これにAttisも呼応する動きを見せたことで、互いの刃が交錯したときの甲高い金属音の他に、金属同士がぶつかり合う鈍く重い衝突音もそこに重なり合う。
わずかに間合いを取ったLaevateinnがグッと体勢を低くした。
「いくぜ?」
ABTとバックパックの方向を揃え、これまで以上の速度でLaevateinnがAttisの懐へ飛び込んだ。コンソールの数字は10から9に変わる。
「速度上乗せっ!」
Laevateinnがしようとすることは、フロイトにも直感的に理解できている。それを自分自身で確認するかのように声に出す。上体を捻るようにAttisを振りかぶり、遠心力を上乗せするかのようにAstarothを振り下ろす。
Attisの直前で地面を蹴り、同じように上体を捻りながら振り上げた実刀が、振り下ろされるAstarothの爪と衝突したとき、コンソールの数字は5を示した。




