第五部 第11話 狂犬
「中将・・・アンタ、ホントにディミトリー中将なのか?それとも・・・まさかたぁ思うが、オレを気遣っての発言ってこたぁないよな?」
まだ〝CONNECT〟は点灯したままだ。だが、何の応答も返ってこない。ついさっき警告された身だが、このまま3機が去っていくのを黙って見送れるかと言われれば、そんなわけはない。
今の距離なら、最大出力でのジャンプ2回で彼らの頭上を飛び越し、彼らの行く先を遮ることができる。フロイトの中に選択肢は存在していなかった。手元のレバーに備わっているボタンを巧みに操作しエネルギー供給分配を変更すると、フットペダルを踏み込んだ。Attisの全スラスターが甲高いうなり声を上げ始めると同時に、その周辺がスラスターの熱で空間を歪ませていく。
「そんなに嫌うなよっ!」
Attisの全スラスターが一斉に火を噴くと、Attisが居た場所には大きな粉塵が巻き起こった。すでにその場所に居ないAttisは、まるで空を飛んでいるかのように一気に距離を詰めていく。1回目の予定着地ポイントは、それまで両者の間にあった距離の3分の2の位置だ。
着地地点に視線を定めようとした瞬間、目標である2機のMhwがチラリと視界に入った。
「2機だって!?」
迂闊だった。Mhwの着地時にかかる自重は、最高到達点を過ぎて以降の速度と高度によって増加する。着地時の衝撃はとてつもなく大きなモノとなるが、フロイトの技術であれば、脚部とスラスターで衝撃を緩和することができるとは言え、どうしても着地の瞬間に機体は止まる。狙われたのはその刹那と言えるほどのタイミングだ。
「胴体じゃなくて脚部だろがっ!」
フロイトは左腕に装備しているAstarothの爪が脚部の前に来るように、着地直前に構えを取った。「キュイィィインッ」という音が周囲に鳴り響いたと同時に、Attisの着地で機体が粉塵に消える。続けざまに2回目のジャンプに備えていたAttisは、咄嗟でただの着地に切り替えた。
「あっぶねぇな・・・オレじゃなけりゃ、転んじゃうところだ・・・」
粉塵が薄れる中、Mhw2つのシルエットが浮かぶ。その頭部らしきあたりで、合計4つの赤い光が灯った。粉塵が晴れるにつれ、それが2機のツインモノアイだということがハッキリと判る。Attisの爪とLaevateinnの実刀が互いの腹部付近で交錯している。
「さすがにやるねぇ。脚ぶった斬って終いだったんだけどなぁ」
Laevateinnが狙ったのは着地の瞬間に発生する硬直ではなかった。その着前に、着地の衝撃を吸収する脚そのものを狙っていた。コレが成功していれば、衝撃吸収部位を失ったAttisは直接地面に叩きつけられ、その衝撃はコクピット内のパイロットを直接襲っていたはずだ。良くて脳震盪。そのまま気を失ってもおかしくはない。
「チッ・・・オマエ、その声・・・〝狂犬〟のカーズ・ヤクトだな?」
フロイトはLaevateinnの狙いを正確に理解していた。見慣れない機体に乗ってディミトリーの脇に居る時点で、そのパイロットが只者でないと判断していた。そして、こちらを殺す気があるのなら、すでに攻撃されていただろうことを考えれば、殺さずに行動不能にすることを考えるはずだ。その条件下で自分ならどうするかを考え、それに対応する動きを取った。
予測は的中。脚部を狙った両断の刃をAstarothの爪で受け、その位置を変えないように腕を可動させながら、無事だった脚部で衝撃を吸収する。瞬間的な判断、攻撃予測、それに応じたMhwの挙動。これらを刹那で実行できるパイロットなど、両軍を見渡しても数えるほどしか居ないが、その内の2人が今ここで互いの刃を交えていた。
「ハッハァ!久しぶりだなぁ、フロイトのおっさん!アンタのAttisとはマジでヤりあってみたかったんだ・・・むしろ動いてくれて感謝してるぜぇ?」
元(と言うべきだろうか?)Noah’s-Ark特殊任務部隊〝狂犬〟所属カーズ・ヤクト少佐。この名を知らないNoah’s-Ark軍人は居ないだろう。ただひたすらに強者との戦闘を望み、初期搭乗機体であったeSでの敵機撃破数は、未だに破られない記録保持者だ。彼の望む相手は〝強者〟であるという条件のみであったため、例え友軍による模擬戦闘や訓練であったとしてもMhwを破壊してしまうほどの行動を取る。本来部隊名であるはずの〝狂犬〟は同時に、カーズそのものを指す代名詞ともなった。
「オマエに感謝されてもなぁ!?しっかし、オマエが居るってことぁ、アッチの紫に乗ってんのはザイクンのヤロウか?」
「そうですよー。こんにちは。そしてサヨウナラ。じゃ、挨拶は済んだんで、カーズさんに嚙み砕かれちゃってくださいね」
元Noah’s-Ark特殊任務部隊〝狂犬〟所属ザイクン・ネップード中尉。カーズと並び、狂犬内でのツートップを占めるほどの逸材だ。早くからMhwでの戦闘センスを高く評価され、少なくとも佐官以上が在籍する狂犬部隊で唯一の尉官である。カテゴリーにこだわらないオールラウンダーである彼は、戦争という非情な現実をどこかゲームのように捉えているようで、〝死〟というものに対して何の感慨も無いらしい。絶対的強者であるカーズと行動を共にすることが多く、〝ゲームマスター〟の異名を取っている。
「オゥ、ザイクン、手ぇ出すなよ?オイ、ディミトリー。コイツ、もう壊しちまっていいか?」
刃を交錯させて以降、Laevateinnは常に力をかけ続けていた。それは、手に持つ実刀の切れ味次第で、押し負けた瞬間、斬られると思えるほどの強さだ。
「カーズ、オマエ、聞く前から斬る気マンマンじゃねぇかよ・・・って言うか、ジャマだ、どけ。狂犬に用はナイね。ディミトリー中将に聞かなきゃならんコトがあるんだよっ!」
「カーズ、やれ」
再び聞きなれた声が聞こえた。だが、短いその言葉は、フロイトの知っている者が発する言葉では到底なかった。すでに知っていたディミトリー中将ではない可能性を疑っていたフロイトにショックは無かった。
「いいねぇ!ディミトリー!!そういうトコ、好きだぜっ!」
Laevateinnは軽く地面を蹴ると、わずかに浮かび上がり、刀を振りぬこうとする力のベクトル方向をわずかに変えた。同時に、両肩に装備されているABTのスラスター方向を前方に変え、刀を振りぬく反動を使って後退するようにAttisと距離を取った。離れたLaevateinnを見て、Attisも体制を整える。
「カーズ・・・オマエは気に入らないねぇ。けれど、実力は知っているからね・・・油断はしない」
「アンタは強ぇ。オレにとっちゃぁ、それが全てだ・・・さぁ、オレを満足させて逝けっ!」
Laevateinnの両腕前腕には、本来ならシールド等が接続される箇所に奇妙な形状の飾りのようなモノがある。それはビーム発振器であり、そこから根本の幅が広いサーベルが生成された。手に持つ実刀と合わせて3本の剣だ。それを見たフロイトは、バックパックから突き出ている通常のビームサーベルを引き抜き構える。だとしても躊躇の無いカーズは、両肩のABTを巧みに操り、機体を驚くほどのスピードでAttisに突っ込ませた。
それは先のイザナギと闘ったときのような超接近戦だ。共にADaMaS製Mhw(Laevateinnの製造はADaMaSではないが)、パイロットは互いに超一級の腕を持つ近接格闘を得意とする者だ。1回目の衝突はLaevateinnの驚くほど速い斬撃から始まった。
Laevateinnの主武装は、あくまで実刀だった。両腕のビームサーベルは補助的な役割でしかない。特筆すべきはその〝速度〟だ。日本刀のような形状のそれには、鍔すら無い。握りに加工すらされていない裸の刃は、おおよそ〝型〟と呼べるような剣筋ではなく、思いもよらない位置から斬撃が繰り出されている。
「すげぇな、アンタ。オレの斬撃、全部止めるかよ」
「喋りかけんなっ!集中が乱れるっ!!」
Attisは1筋たりとも避けることをぜず、全ての太刀筋をAstarothの爪で受け止めていた。実刀と比べ、明らかに重量があるAstarothを実刀に負けない速度で振り回す。本来なら、Astarothが実刀の速度に負けないということは有り得ない。それを現実のものとしているのは、Astarothの一撃が重いからだ。ただ受けるだけでなく、実刀を弾いた分だけ次の振りが遅れる。そのワンテンポがAstarothを実刀の速度に追いつかせていた。
再び間合いを取った両機に、ディミトリーからの通信が入った。




