第五部 第7話 MAGIC(マジック)
「アレの落下は見過ごせない。Plurielのお披露目も兼ねて出ようか」
男はPlurielと呼ばれるMhwのコクピットへ向かった。その途中、2人の年若い男に一緒に来いと声を掛ける。男は中央に立つPlurielへ向かい、2人の若い男はPlurielの左右に向き合って立つMhwにそれぞれ乗込んだ。
若い男2人のうち、がっしりとした体形で目の鋭い男は、深い青色に、関節部分がゴールドで彩られたMhwに乗り込んだ。Noah’s-Arkの機体系統でsksに似ているが、頭部の額の位置に大型センサーらしきものがあり、その左右から歪な形状のアンテナが伸びている。そして、左右の肩にシールドとスラスターが一体化したActive-Binder-Thrusterを装備している。シールドそのものは、上下2分割されており、それが重なっている。シールドとして使用するときは伸縮して展開するようだ。スラスターとしては肩との接続部を基点に、任意の方向へ向けられるようだ。驚いたことにこの機体、左手に実刀を収めた鞘を握っている。パイロットが乗込んで数秒の後、ツインアイが赤く光を放ったその機体は、Lævateinnと言った。
もう1人の男が乗り込んだ機体は、全身をメタリックな紫で彩色されている。Laevateinn同様、Noah’s-ArkのeS・Customに似ているが、背部バックパックの改修、両肩にはビームライフルの銃口、そして脹脛にスラスターが増設されている。こちらの額には、一本角が中央から前方に伸びている。過去に見たことの無い形状のライフルを装備しているこの機体は、名をFreikugelと言った。
3人がそれぞれのMhwに乗り込むと、その通路の奥に光が差し込み始めた。Mhwの発進口だ。3機はLaevateinn、Freikugel、Plurielの順に、その光の向こうに向かって歩を進めた。
「声が素敵だとは思ったが、見た目まで美人とは参ったね。ヴォルフゲン・フロイトだ。よろしく」
良くも悪くも、フロイトは〝照れ〟や〝遠慮〟などを抱かないらしい。往々にしてこうも正面からストレートに言われると、照れを感じるのは相手の方だ。
「え?あ・・・ベルルーイです。評議会にはどうやって伝えればいいんでしょうか?」
状況は一刻を争っている。ベルルーイにとっては、今からの自分の行動次第で助かる命の数が決まると思えてならない。フロイトから差し出された手を握る自分の手が、小刻みに震えているのが解る。それでも、フロイトを見つめる目には、力強さと光が宿っているのが見て解る。
「ナニ言ってんだよ!ソレはオレがやるからいいよ。それより、Mhwに乗ったことはあるか?」
「・・・え?いえ・・・ありませんが・・・今、なんと?」
ベルルーイはフロイトの言った言葉の後半しか理解できなかった。自分を外に呼び出したのは、余計な混乱を防ぐことと、自分で決意したこととは言え、死を覚悟した行動が他に伝播しないため、そして、もしかしたら、自分のことを少しは案じてくれたからかもしれないと思っていた。
「そりゃそうだよな。いいか?座ったらどこでもいい、握れるところ握って体をシートに押し付けるんだぞ?怖かったら目を閉じとけ。乗り物には強い方か?」
「は、はい!え?え?座る?目を閉じる?わ、私、Mhw乗ったコト無いですってば!操縦なんてもっての外ですよぉ!しかもAttisですよ?コレ!・・・って、目を閉じてたら操縦できないじゃないですかっ!あっ!そもそも操縦できないんでした!」
後どれほどの時間が残されているのかは分からない。危機的状況なのは間違いなく、生き残るには数知れない幸運が必要になるだろう。そしてそもそも、ここは戦場だ。それでも、それまで驚くほど自分を冷静に保てると思っていた人が突如として混乱する様は、ベルルーイの愛嬌と相まって自然と人に笑みを浮かべさせる。
「あっははは・・・ベル、チガウチガウ。座るのはオレの後ろ・・・いいからおいで」
そう言えば握手したままだった手を引っ張られ、ベルルーイの身体はフロイトに次いでAttisのコクピットへと吸い込まれていく。
「乗り心地は求めるなよ?良いワケないからな。さぁてと・・・」
フロイトの座る操縦席の後ろから、骨組みだけのようにも見えるサブシートが飛び出した。クッション材で覆われてはいるが、確かに座り心地は望めそうもない。乗り物には強い方だとしても、Mhwの乗り心地なんて想像したくもない。ましてこの機体はAttisだ。普通のMhwよりも驚くほど動く。「どうか吐くようなコトになりませんように」と心で願っていると、フロイトがコンソールを操作し、通信をフルオープンに切り替えた。A3拠点の通信とリンクさせたままなのだろう。ソレはほとんど全ての人が聞くことになった。
「こちらAttisのパイロット、ヴォルフゲン・フロイト少佐だ!可能なヤツは全員上を見ろ!ココに向かって隕石が落ちて来るっ!生存確率が最も高いのはMhwだ!Mhwパイロットは可能な限り、そうではない人間を乗せて包囲網を突破しろっ!ヤツらはこれ以上攻撃してこないはずだ。出来る限りここから離れろよ?全機!行動開始っ!!」
その声を聞いた誰もが、空を引き裂くように落ちて来るソレを目に映した。Noah’s-Arkは軍隊だ。そしてこの戦争は20年もの間続いている。評議会の人間はそうではなかったかもしれないが、ヤーズ・エイトに居た軍人の大半がフロイトの指示を理解し、迅速な対応に出ていた。
「こちらで突破口を開くっ!何人かついて来いっ!後のMhwは出来る限りの人命を乗せて、ここを離れろっ!」
「こちらB5ポイント!こちらの敵機は後退を始めている!付近及び包囲網突破が困難だと思われるポイントのMhwはこっちに回って来いっ!道中、人命救助を忘れんなよっ!」
「こちらA1!近くに避難市民を確認。車両にて輸送開始しますっ!Mhwでのフォロー願いますっ!」
あちこちで通信が飛び交っている。もちろん、全員がそうであったとは言わない。3割ほどは実際にパニックを引き起こしていた。いち早くヤーズから逃れようと、敵機がまだそこに居るにも関わらず包囲網に向かってただ走るMhwもあった。
議決を終えた評議員たちは、外の事態を耳にしただろうか?外に居る者にすれば議決内容はまだ知らないが、知りたいと思うような内容ではない。ここに居る者からすれば、StarGazerがこんな作戦を決行するほどにくだらない内容なのだ。その議決で得をするのは、今ここで必至に人命を、一人でも多くの人間を生かそうと足掻いている者たちでないことは確かだ。
正直なところ、評議会の連中がどうなろうと知ったことではない。生かしたいと思う人間は他に居る。評議会もくだらなければ、それを護らせようとするNoah’s-Ark上層部にも虫唾が走る。もちろんそれがどんな内容だったにせよ、こんな無差別虐殺なんてマネを仕掛けて来る連中もくそくらえだ。
フロイトは戦争を終わらせるために、Noah’s-ArkでMhwパイロットになった。信じられる上官が居たからこそ、戦争という酷い現実の中を戦って来られた。これが最後だったとしても、コレは望んだ最後じゃない。
「こんなのは・・・人の死に方じゃない・・・」
その声は後ろに居るベルルーイにも聞こえなかった。だが、まるでその言葉に答えるかのように、上空を黒く光る球体が資源衛星に向かって飛翔するのが見えた。「黒いのに光っている?」と一瞬頭を過ったソレと衛星が衝突した瞬間、空は何事もないいつもの空に戻った。そこにあったハズの資源衛星が忽然と音も無く姿を消したその瞬間は、まるで大都市を舞台とした一流マジシャンによるマジックショーを見ているかのようだった。