第五部 第6話 不可避
「この数・・・ヤーズの都市そのものを完全に包囲してるってのかよっ!」
ダカールの防衛任務部隊の中にはAttisとそれに乗るパイロット、ヴォルフゲン・フロイトの姿があった。もともとヤーズ・エイト及び評議会の護衛任務は無かったが、襲撃が予測された時点で緊急招集されていた。このヤーズ・エイト防衛部隊の中にあって、個の戦力としては最大であろう存在が彼だ。
「しかしこれは・・・」
フロイトはコンソールで通信の切替を操作し、周囲に居る友軍機と通信を繋げた。
「こちらAttsのフロイトだ。スマンが気になることがある。少しの間、ここの防衛を任せていいか?」
「少佐がご不在ってのは心細いですが、もたせますんで、行ってください!」
「オレの予想だとたぶんこれ以上侵攻してこないだろうから、こっちから仕掛ける必要はない。多少の攻撃はあるだろうが、いいな?ムリはするなよ?」
Attisが防衛ラインの内側に向けて後退すると、その抜けた穴を埋めるように、左右に展開していた友軍機が、各々の間隔を少しずつ広げていく。もともとフロイトの部隊というわけでもなく、そうするよう指示があったわけでもないが、実に統率の取れた部隊だ。その様子に安堵を覚えたフロイトは、後退するAttisを防衛ライン後方に位置する通信車両の方へ向けた。
「こちらAttisのフロイトだ。ソッチの通信機は防衛本部とは繋がっているか?繋がっていたら、こちらと繋いでくれ」
「問題ありません・・・少佐、どうぞ!」
コンソール画面で明滅していた〝operation headquarters〟の表示が、今度は明確に点灯している。ヤーズ防衛本部との通話が可能になった合図だ。
「本部、フロイト少佐だ。防衛ポイントA3の指揮車両に戦況図を送ってくれ。それで、各場所の状況はどうだ?どこか大きく動いているポイントはあるか?」
A3は通信を繋いでもらった車両を含む中継基地のことだ。ヤーズ防衛を担う大隊と仮定すれば、中継基地ごとに中隊、防衛ポイントが小隊といった具合だろう。
「どこも停滞してますね。あちらさん、数が数なんで警戒レベル高かったんですが。数にしてはどうも攻め気に欠けると言いますか・・・」
「やはりか・・・これは何かあるな。本部は全体の動きを見て変化があればすぐに教えてくれ」
このStareGazerの作戦は何かがおかしい。まず数が多すぎる。ここヤーズ・エイトは評議会の本部こそあるが、Noah’s-Arkの基地が内部にあるわけではない。表向きは中立都市なのだから、過去にこれほどの大部隊による襲撃があった例はない。にもかかわらずこれほどの戦力を投入しているのならば、もっと効率的にダカールを攻撃しているはずだ。敵ではあっても、そこまで戦略が無能なわけがない。
いつものとおりならば、そろそろ評議会が議決を迎える頃合いだ。ダカール襲撃の目的はこの議決内容にあったと考えるのが自然だが、他に何か目的があるのだろうか?ヤツらの動きはむしろ、可決されるのを待っているようですらある。現状では決議内容を知らされている身として、コレの議決は彼らからすれは阻止するべき案件のハズだ。
「しょ、少佐・・・空が・・・空が落ちてきます・・・」
A3地点のオペレーターから、震える声とともに映像がコンソールに映し出された。それは空を映している。
空中でも戦闘機を主体とした戦場が広がっている。そこに索敵機なども存在しているが、注視している対象は地上だ。ダカールという戦場において、誰も宙を見ようとする者は居なかった。
「何を言ってるんだ?・・・いや・・・アレか・・・なんてことを・・・」
すでに資源衛星の姿は目に映るほどにそこにある。A3ポイントで震えるその声を耳にした全員がその存在を認識すると同時に、フロイトに限らず、事態の把握に至った。それは、資源衛星の落着ポイントがここ、ヤーズ・エイトだという事実であり、この包囲しつつも決して攻め込まないStareGazerの攻撃は、資源衛星落着ポイントから誰も逃がさず、且つ、自分たちはその被害範囲から離脱できる距離を維持しているということだ。
すでに落下が確定している物体が目に映る。落着すると考えられるポイントから可能な限りの距離を取る以外に、自分の身を護る術が無いというのに、それが叶わないという現実が今ここにある。
「少佐・・・アレが狙ってるのって、ココですよね?」
驚くべきことに、声が上ずってこそいるが、パニックとなっている雰囲気は無い。現実的に考えれば、あの落下物から身を護る方法は1つしか残されていないことが明白で、その方法はと言えば、包囲されているどこかを突破するしかない。Mhwに乗っていない彼女からすれば、それは不可能なことだ。
「ああ。間違いなくココだろうな。だからこそヤツらのこの布陣も説明がつく。他所でこのことに気付いている者は居そうか?」
「いえ・・・どこもそんな様子はありません。複数が気付いたら、コレ、完全にパニックになりますよ・・・私もギリギリですが・・・」
このオペレーター、なかなかに優秀なようだ。ここで死なせるのは惜しいとは思うが、だからといって、いくらAttisだったとしても、そして士気のある数機が揃ったとしても、この〝全体包囲〟を突破するのは容易ではない。いや、むしろ不可能だと言った方がいい。何より評議会が続行中である以上、それを放り出して自分たちだけ逃げるための行動を起こせば、仮に生き残ったとしても、待っているのは〝軍法会議〟だということは想像がつく。
「キミ・・・名前は?」
「え?あ・・・ベルルーイ・カルデです。階級は少尉です」
気にしていなかったが、彼女の声は澄んだいい声をしている。通信上でも声が明瞭に聞こえる。オペレーターに適した声だ。確率はいろいろと低いだろうが、ここを生き残ることが出来たとしたら、是非とも独立遊撃隊の専属オペレーターに迎えたいところだ。
「よし、ベル?で、いいかな?この状況、キミならどうする?」
「そう呼ぶのは両親以来です。少佐とAttisなら単機で包囲網の突破も不可能ではないと考えます。が、評議会をこのままにはできません。とは言え、この件はすぐにパニックを引き起こすでしょうから・・・」
なかなか状況把握も正確だ。
「・・・時間もありません。少佐はすぐに包囲網の突破を計ってください。評議会へは私が直接伝えに行きます」
これは驚きだ。いよいよもって優秀だが、最後の判断は頂けない。
「よし、ベル。私から直接特命を出す。まずはそこから出て、こちらへ来るように」
死なせるには惜しいとは言え、今の状況で生き残るのは難しい。可能な限り、その確率を上げることで精一杯だ。
そう時間もかからず、アレの存在にみんなが気付き始める(他でもう気付いている者も居るかもしれないが)。おそらくこちら側はパニックの連鎖が大混乱を引き起こす。それでも、ヤツらが攻めて来ることは無い(むしろタイムリミット。撤退するだろうが)。そのタイミングが来た時、Attisの機動力でどこまで爆心地から離れることができるだろうか?そしてAttisがどれだけソレに耐えることができるだろうか。少なくとも、あの中継基地車両よりはMhwの方がマシだろう。生き残れるかどうかはもう賭けでしかない。「賭け」だと言うならばその対象は何だ?
「一度実際に会ったからな・・・本人は何も知らんだろうが、信じるぜ?」
ヴォルフゲン・フロイトはADaMaSに・・・ウテナという技術者に全てベットすることにした。