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第五部 Valhalla(戦死者の館)
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第五部 第5話 落ちる空

 「やはり聞き入れないか・・・いや、聞こえていないかもしれんな」

エウレストンの口元には、言葉とは裏腹に笑みが消えずに残っている。彼にとって、地球に住む者は等しく嫌悪に値する。エウレストンの妻であった人物は地球に住む者だった。もちろん、結婚は開戦よりも以前のことであり、2人の間には2人の子供も授かった。幸せだったその当時の彼にとって唯一の不幸は、彼がStareGazser(スターゲイザー)以前からの軍人であり、妻がIHCの技術職員であったことだ。その不幸が招いた結果が、妻が地球に住む者により死に追いやられ、2人の子供は敵となったことだった。

 「そのようですな・・・では始めますか」

モスという人物は戦争の中でだけ、喜びを感じることができる。開戦以前の彼には何もなかった。自分の身を戦争の中に置くことだけを目指し、そこで指揮を執る。自分の考え1つで敵も味方も関係なく、その命を左右できることに至高を感じた。それは彼の生き甲斐となった。

 「コントロールルーム聞こえるか?モスだ。スラスター噴射後、そこを退避しろ。Fallen‘s(フォールンズ)全機、資源衛星の軌道に巻き込まれるなよ?」

モスの指示によって、小惑星の移動用に取りつけられていた大型スラスター3機が順次点火していく。進む先に見える青く大きな地球に比べれば、その小惑星はあまりにも小さく見える。今目に見える対比からすれば、それが地球に及ぼす影響など些細なことのように感じるが、この小さな惑星が地表に到達したとき失われる命は、大きな都市1つを中心として想像もつかないほどの規模になる。

 1時間ほど前、この事態を察知したNoah’s-Ark(ノアズアーク)は月基地へ阻止命令を下していた。月基地からは戦艦3隻とMhw30機が出撃したが、Fallen‘sは瞬く間にこれを迎撃して見せた。Fallen’sはStareGazer内でも屈指の強さを誇る部隊として有名だ。そしてその好戦的な気質は、何十万もの一般市民を巻き込むこの作戦に何のためらいも持たない。

 「モス准将、最後の軌道修正、完了しました。これよりコントロールルームを退居、小惑星から離脱します」

「了解した。Fallen‘s全機、帰投しろ。フフフ・・・警告を無視したことを後悔するがいい。そして、無視してくれてありがとう」

モスの口元が自然と緩む。サングラスの下に隠れた目は透けて見えることもないが、目も笑っているであろうことは容易に想像がつく。資源衛星を地球の重力が捕らえるまでは幾何の時間も無い。

 「准将、資源衛星がボーダーラインを通過しました。落着予想地点はヤーズ・エイトの中心、落着まで180分です」

モスはエウレストンと共に旗艦〝Heimdall(ヘイムダル)〟のブリッジで、地球に向けて加速していく資源衛星を見送っている。もちろんモスは作戦指揮を執ることが主な目的ではあったが、落着の瞬間までを見届けたいという強い衝動もそこにはあった。

 「さぁて・・・これでヤツらも大人しくなりますかな?」

腕を後ろ手に組み、仁王立ちの様子で地球を見ていたモスは、わずかに顔を左に回し、後ろに座っているエウレストンへ意識を向けた。エウレストンもまた、モスの質問が自分に投げかけられたものであることを理解しているようでこれに応えた。

「なるわけがない。むしろ報復だと宙に上がって来るだろうよ。だがな、モス・・・落着は評議会の議決後だ。世界が内容を知りさえすれば、世論は私に味方する」

 何十万もの一般市民を犠牲にすることで、むしろ世論を敵に回す結果となる可能性はある。しかし少なくとも宇宙に住む者の理解は得ることができる。エウレストンもモスもそう考えていた。それほどに、今回議決されるだろう内容は一方的であり、且つ支配的内容のものだ。もともと地球人からの賛同を得る必要など無いのだから、Noah's-Arkが報復を宣言してくれれば、大手を振って軍備増強が図れる。人類から地球人を排除することも不可能ではなくなる。

 「これは・・・そのための1本目の矢だ。矢はすでに放たれたのだ」

エウレストンの脳裏に一瞬浮かんだのは、妻の笑顔だった。ほんのわずか、目頭が熱くなる感覚を覚えたエウレストンは、周囲に悟られることの無いよう、目の疲れをほぐすように目頭を押さえた。

 かつては宇宙に住む者である自分と、地球を出身とする妻は平和の象徴であるようにすら思えた。戦争に限らず、争いに対して〝平和の象徴〟であったはずの存在は、争いの最たるものである〝戦争〟によって、いともたやすく崩れ去った。

 「人が増えることは止められぬ。宇宙にまで生活の場を広げたことは良い。しかし、ここまで広がった人類を地球の、それも全体からすれば一握りの人間が支配するなど、それがどれほどおこがましい行いなのか、それは人類全体が理解しなければならんのだ」

 眼前を進む資源衛星の先端が、地球と宇宙を隔てる層にぶつかり始めた。進む先端が赤く光っている様子が見えるようになった。大気はそこに存在する物質だ。普段人はそのことを意識せずに日々を過ごしているだろう。そこにある大気という物質を押しのけながら、実際には見た目よりも遥かに速い速度で落下していく資源衛星は、急速な大気の移動から振動を生み出し始めていた。

 「そのとおりですな、エウレストン大将。人は自らに都合の悪いコトには何かと理由を付けて認めようとしない。痛みを伴う現実を突きつけ、体感する以外に理解させる方法はありません。悪と言われようと、成さねばならんのです」

モスもまた、背後に控えるエウレストンの方を向き直ることをせず、眼下で地球に向かって突き進む資源衛星が赤く燃える様を見続けている。目の様子は解らないが、その表情に感情を読み取ることはできない。

 人という種は地球で誕生した。「母なる大地」という言葉にある大地とは、何も陸に限ったことではなく、海も空も、地球の大気内にある全てを言うのだろう。そして同様に、大地を母と呼ぶのは、人類に限ったことではなく、そこで生まれた生命全てなのだろう。資源衛星の落下は、その母たる存在を大きく傷つけることになる。その行いを、人は人だけが持つエゴで行おうとしている。

 人の存在とは悪なのだろうか?その答えを出す術を、人は持っていない。全てはそれぞれが持つ主観によって変わってしまうにも関わらず、主観となるその個人から見た景色を、他の主観で見ている他者に明確に伝える術を、人という種以外は持ち合わせていない。それは端的に言えば言葉だ。だが、この言葉があるが為の問題も多くある。他の意見を取り合わず、自らの意見に執着することをエゴと言う。ならば、人という種はその存在を認識されて以降、地球という世界において、他の生命に対して常にエゴを通して来たのではないだろうか。

 今日、また1つのエゴが、過去に例をみないほどの一撃を地球に向けて放った。この宙での出来事を、いったいどれほどの人が知っているだろう?これが現実のモノとなることを防ごうと動いた者たちも居たが、それがどれほどの効果を持っていただろう?資源衛星の存在を知らされていないほとんどの人間がその存在を知ったのは、自らの肌で大気の振動を感じたことで始まり、瞬く間に伝播していく。

 原因の解らない不可思議な現象を肌で感じた時、人はソレに恐怖し、原因を探ろうとする。原因さえ解れば、人は恐怖に対して恐怖のまま安堵する。不思議と人は原因を探ろうとするとき、周囲を見渡し空を見上げる。そこで目にした光景に、人はさらに恐怖しその想いを口にした。「空が落ちて来る」と。

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