第五部 第4話 ゲーム
全世界で大流行しているアーケードゲームがある。それはネットワークを利用し、複数対複数でMhwに搭乗して戦うゲームだ。もちろん本物ではない。Mhwのコクピットを模したゲーム筐体は、その内部に左右のフットペダルと幾つかのボタンをそれぞれに搭載した2つのレバーを駆使して、リアルに再現された限定された仮想空間を舞台にしている。視点はパイロットそのものであり、360度にスクリーンを持つそれは、子供から大人まで全世界で数多くのプレイヤーがいる。
「Mhwなんて、いつも触ってはいるけど、乗ったことなんて1度も無いんだけど?」
特に開発部門に在籍する者にとって、Mhwは日頃から側にあるもので、操縦に関わる理論などは理解が深い。だが、それはあくまで開発に関わる話であって、基本的にMhwの操縦経験を実際に持つのはテストパイロットを務めるマドカ1人だ。ローズの言っていることが理解できないのは自分だけじゃないことを確かめるように、ヒュートが周囲の顔を見渡す。
「そりゃそうよ。実機に乗ったことあるのは確かにマドカちゃんだけよ?けど、アナタたち全員、嫌って言うほどシミュレーターで闘いまくってるじゃない。今や全員、エース級の腕前って言っても言い過ぎじゃないわよ?」
やはりローズの言う内容が理解とは程遠い。クルーガンやジェイクといった開発陣も、マギー・シムスやアリス・ロッゾといった運営側の者も頭の上に〝?〟がいくつか浮かんでいるのが見えるようだ。ところが、その中に2人、様子の異なる表情を見せる者を見つけた。ナナクル・ダーマットとウテナだ。
「ナナクル統括!何か知ってますね?ちょっと!教えてくださいよぉっ!」
ヒュートがターゲットとしたのはナナクルの方だった。2人ともいわゆるTOP3と呼ばれる人物ではあったが、直属はウテナの方だ。普通なら問い詰めるのは上司だろうところだが、ヒュートにとって問い詰めやすい相手は直属ではない方らしい。
「なぁんだ、みんな知らなかったって顔だな!〝戦火の絆〟だよ」
呆れた様子をワザと演出するナナクルに、ジェイクが追撃を仕掛ける。
「いやいやいや、確かに戦火じゃみんなランカーですけど、言ってもアレ、ゲームじゃないですか」
〝戦火の絆〟はMhwや戦場となるマップなど、リアルさを追求したゲームだ。そして〝戦火の絆〟はADaMaSの敷地内にある娯楽施設にも設置されている。このゲームはLeefの傘下にあるゲーム会社が作成したものだが、ゲームプログラムはセシルが担当していた。つまり、このゲームのソフト面に関してはADaMaSが世に送り出したものと言って差し障りはないだろう。
〝戦火の絆〟の操作は非情にシンプルなもので、誰でも数回のプレイである程度動かせるようになる。しかしテクニックの中には高度なものが存在し、そのテクニックの有無はゲームプレイに大きな影響を与える。この高度テクニックをより高いレベルで有する者たちは、戦火の絆プレイヤーたちの間でも羨望を受ける対象となっている。
そもそもこのゲームは、4人~最大10人で、それぞれカテゴリー分類されている機体を選択してチーム戦を行う。個人の操作技術も必須ではあるが、それ以上にチームとしての戦略や意志疎通が勝利に対して最重要となるよう、ゲームバランスが調整されている。これこそが〝戦火の絆〟最大の特徴であり、多くの人に支持される由縁である。
「まさか・・・アナタたち、ホントに気付いてないの?」
「え?何がです?」
「いや・・・アナタたち、アレまともに動かせるようになるまで、どれぐらいかかったか覚えてる?」
「うーん、半年ぐらいッスかね?」
クルーガンが答えながらヒュートと顔を見合わせている。お互いに数年前の記憶を頭のどこかから引き出して答え合わせをしているようだ。そこにナナクルが割って入った。
「いや・・・ソコで気付けよ・・・。大の大人が遊べるようになるまで半年もかかるようなゲーム、商品としては欠陥だろ?ウチにあるのは特別製なんだよ」
戦火の絆は一般的なアーケードゲームと比べれば、その操作方法は複雑だ。とは言えあくまでゲーム。本物のMhwと比較すれば比べるまでも無いほどに簡単になっている。しかし、ADaMaSに置かれているソレは、ほぼ本物のMhwと同じであり、ADaMaSの筐体だけ、本物と同じ操縦方法によってアーケードの挙動となるように特別なプログラムが組まれたシロモノだと言う。その仕様でそれぞれの持つパイロットネーム(パイロットネームは戦火の絆における個人IDのようなモノだ)が世間に知れ渡るほどのスキルを有するのが、チーム〝knee-socks〟と名乗る彼ら14人(ミシェルを含んでいる)だ。
戦火の絆では、それが設置されている店舗を〝大隊〟と見なし、独自に〝大隊名〟を設定できるようになっている。さらにその内部では小隊を組むことができ、小隊長権限さえあれば、自分たちの小隊名を設定することもできる。〝knee-socks〟は小隊名だ。ちなみにチーム名〝knee-socks〟はマドカたちギャル軍団がその時のノリで勝手に付けた。もう1つちなみに、男性陣によるチーム名の変更は彼女たちによって却下されている。
通常は規定人数に達するまで、ネットワーク内で全世界からランダムにチーム分けされるが、同一店舗内や特定のパスワード設定によって、意図的に編成を組むことができる。〝knee-socks〟所属のプレイヤー(つまりADaMaSの14人)は単独の場合もあるが同一チームでプレイするケースが多く、現在に至っては、その個人スキルと連携力の高さから、敵味方を問わず、マッチングしたときに他のプレイヤーに悲喜を与えた。
しかし、戦火の絆を始めた当初からそうであった者は皆無だ(マドカだけは最初から強者だった)。クルーガンたちの記憶は概ね正しく、ただでさえ慣れるだけでも数回のプレイが必要だというのに、彼らは半年間もの間、他のプレイヤーたちにボロボロにされ続けていた。
「・・・え?あの難しさって僕たちだけ?・・・どんな苦行?」
どうやらこの事実を知っていたのは、ウテナ、ローズ、ナナクル、セシルの4人だけのようで、それ以外の面々は、皆呆気に取られている(マドカだけは少し違うが)。
「クルーガン!大変なコトに気付いたぞ、オレ・・・。その苦行にオレたちいったいいくらつぎ込んだんだ?」
突然ハッとした表情でクルーガンの肩を掴んだヒュートの言葉に、4人意外全員が目を大きく見開いた。どうやらADaMaS製アーケードゲームだからといって、無料開放はされていなかったようだ。若干殺気を含んだ表情が4人に突き刺さりだした。
「セシル・・・今晩ちょっと・・・話をしようか?」
「あ、あはは・・・はい」
完全に笑顔を引きつらせているミハエルは、その両腕で妻であるセシルの両肩を放そうとしない。セシルはセシルで目を合わせられそうにない。
「お兄ちゃん?ちょっと私がいいって言うまで、外周走ってきてもらえるかな?」
「・・・ソレってちゃんと「いい」って言ってもらえるのかな?」
左の肘辺りをウテナの肩に置き、右手でウテナのテーブルを叩いているマドカも、とてもにこやかな笑顔に面白いほどの殺気を纏わせている。内心、「マドカは最初っから上手かったじゃないか」と言いたかったが、ソレを言えば本当に死んでしまうかもしれない。
「社長?それと統括?解ってますよね?」
「・・・」
他の面々はローズとナナクルに詰め寄り、人差し指と親指で輪を作り、あとの3指は開いたままの〝ある意味を持つ形〟を2人に示している。ローズとナナクルの顔は笑っているように見えるが、声は全く出なかった。