第五部 第2話 動き出す世界
「なんて馬鹿なことを・・・これはもう、ドッチもどっちね」
パソコンに送られてきたメールには、評議会の決議内容とそれに対抗する資源衛星落下作戦の内容が詳細に記されていた。パソコンの前で肘をつき、両手の親指が並ぶように手を組み眉間に当てる。評議会の開催までは3時間、資源衛星の方に至っては、おそらくすでに作戦が開始されているだろう。このメールが届いたことで喜べることをあえて言うのなら、情報部の優秀さ加減しかないとため息が漏れる。
評議会の行われている都市周辺では、すでにMhwを主体とした防衛網が敷かれていたが、さらにそれを包囲するかのようにStareGazerのMhw部隊が展開している。場所によってはすでに戦闘行動が開始されているらしい。
「ご党首、ADaMaSにはこの件、どうされますか?」
ミシェルが居る部屋の入り口付近に、1人の屈強そうな男が控えている。そこはLeef(リー財団)内にあるミシェルの私室だ。予想に反してその男の体格から受ける印象とは違い、醸し出す雰囲気は極めて紳士的なものがある。彼はミシェルの執事、秘書、ガードの全てを選任で担っている。
「まだいいわ。と言ってもポーネルが居るし、報道も嗅ぎつけたみたいだから、すでに知ってるかもしれないわね・・・いずれにしても、コレに私たちはもちろん、ADaMaSも関わるべきではないし、関わる理由もないわ」
「ヤーズ・エイトから支部を引き上げておいて正解でしたね。それでも数名のLeefに関係する者は残って居ます」
ヤーズ・エイトは砂漠地帯にあったオアシスを開発して作られた街だ。そこは商業的な面でその砂漠に分断された四方をつなぐ中継都市として発展して都市となり、Leefにとっても交易の面から拠点を置いていたが、ミシェルはヤーズ・エイトに評議会本部が移ることを知って、そこにあったLeef支部を引上げさせていた。もちろん、評議会が戦争における攻撃対象となる可能性を危惧していたからだ。しかし、評議会の情報は入手しておきたいと考えた他の部門が、ヤーズ・エイトに数名を残していた。
「そうね・・・けれど完全に包囲されている以上、救出は不可能よ。できることがあるとすれば、無事を祈ることぐらいね」
ヤーズ・エイトという都市の構成上、荒涼とした大地の真ん中に忽然と存在する都市は、都市とその周囲を取り巻く荒涼地帯に明確な境界線がある。StareGazerの軍はヤーズ・エイトをほぼ一周する形で、その境界線に沿って展開していることが複数の衛星写真で確認できた。
「StareGazerの凶行は分かります。あのエウレストンとモスのことですから・・・しかし、評議会の決議強行は理解できません。評議会は表向き軍属ではありません。設立当初ならいざ知らず、今の彼らが自らの命を決議にかけているとは思えないのですが」
男は姿勢を微動だにさせず、表情にも変化は見られない。それでも発する言葉に今の評議会を非難する意志がありありと分かった。
「当然ね。おそらく彼らには知らされているのはMhwによる襲撃だけでしょう。その情報と防衛を請け負っただけで、Noah's-Arkの連中は衛星について伏せているのでしょうね。悲しいことだわ」
それまで直立したままのeSが立ち並ぶ姿をバックに、レポーターが何やら話している映像だったTVの画面が切り替わった。映し出されたのは望遠ではあるが、撃破され今まさに崩れ落ちようとするeSの姿だった。
不思議なことに、その場で膝をついたeSは、周囲のMhwにとってその瞬間、ただの構造物になってしまったかのようだった。映し出されている他のMhwの中には、そのeSと連携していたMhwもいたのではないだろうか。少なくとも、eSに対して攻撃を行ったMhwは存在しているはずだ。
戦闘行動中というのは、一種の麻薬のようなものだ。失った個人を偲ぶのは、決まって戦闘が終わってからだ。瞬間瞬間でそれが出来る場合は、そこに特別な関係があった場合に限るだろう。本来、人の死とは多くの人間に影響を及ぼすもののはずだが、この麻薬は人の死に対する感情を麻痺させる効力が極めて高いようだ。
「本格的に始まりましたね。これでもう、誰もヤーズ・エイトから出ることはできないでしょうな」
「ええ、これはStareGazerの思惑どおりかしらね。評議会の決議は下されるし、ヤーズ・エイトに小惑星は落ちる。地球はまた1つ、あってはならない傷を受けることになるわ」
すでに世間では見慣れた光景なのだろうが、テレビがこれほどにMhwによる戦闘を映し出すことは珍しい。
画面の中の出来事ではあるが、1つのMhwが破壊される度に、1人の命が消えている。今コレを見ている人々はそのことを実感できているのだろうか。大多数の民衆は、20年という歳月を経ても尚、戦争がどこか自分たちと関係の無い場所で起きていると感じているのではないか。だが、この小惑星が地球に落ちたとき、人々は旋律することになる。StareGazerの声明と、それに呼応するNoah’s-Arkの対応次第では、人類はそのほとんどが大いなる恐怖を実感するだろう。
「地球と宇宙、そのどちらもが、滅亡と同義となる打撃を自らに与えることができる・・・と?そこまでしますか?」
宇宙には自分たちの手で造り出したコロニーが無数に存在する。これらは小惑星など比較にならないほどの質量があり、それぞれに推進力が備わっている。もしもStareGazserがサイアクの決断を下したのなら、地球に落下するコロニーの数次第では、地球は人が住むことを許さない惑星へと姿を変える。対して宇宙に住む人々は、その生活をコロニーにゆだねている。これまでにコロニーそのものが攻撃対象となったことは無いが、同じようにNoah's-Arkがサイアクの決断をしない保証はどこにもない。
「人はそこまで愚かではない・・・と言いたいところだけど、本心はむしろ逆ね。人間はどこまでも愚かな生き物だわ。20年もこんな争いを続けてる生き物を、そうではないと言えて?」
「宇宙は評議会の決議を理由に、地球は小惑星の落下を理由に、自らの正義を振りかざす。といったところでしょうな・・・むしろサイアクの決断を下したがっているようにしか見えない」
「ええ。そして、解っていながら何もできない私たちも、結局は同じ人類なのよ・・・。いずれにしても、これで世界は大きく動き出すわ・・・」
ミシェルは窓の外に目を向けた。窓の外には青空が広がっている。ヤーズ・エイトに続いているこの空は、ヤーズ・エイトで見上げても同じ青空なのだろうか。もしもその空に、地球に降り立とうとしている小惑星が現れたとしたら、それを目にする人々は何と言うのだろうか?
「・・・さながら、〝空が落ちて来る〟ってところかしらね」
再び視線をテレビに向けると、いよいよ戦闘が激しくなっている様子が嫌でも分かった。そしてここではない別の場所で同じ放送を見ている者が居た。その人物の向こうには、大きな窓越しに1機の見慣れないMhwの姿があった。その男が外に出て見上げた空はやはり、ミシェルの見上げていた空と同じ空だった。