第四部 終話 愛国心
「人類にだけ無くて、それ以外の生物全てにあるものって何か、解る?」
ミリアークからの謎かけは、2人にとっては日常茶飯事だ。そしてそのほとんどの場合、2人が答えにたどり着くことは稀だった。
「なんだいそりゃ?人間だけが持つってんなら、思い付きもするがなぁ・・・」
「そうですねぇ・・・人類だけが持たないとなると・・・」
2人とも真剣に思案してみる。これまでの謎かけの場合、「コレではないか?」というものは思いつける(正解した試しはナイが)謎だったが、今回の謎に関しては皆目見当が付かないようだ。
「あらザンネン。それはね、〝天敵〟よ」
なるほど、それは確かにそのとおりだ。人類は食物連鎖の頂点に位置していると言っていい。世界に存在する多種多様な生物の中には、人の生命活動に危機をもたらす存在も多数存在するが、人類という種そのものに対する天敵とは成りえない。〝天敵〟とは、その存在と相対したときに、個人、人数を問わず全てに等しく絶望を感じさせる存在だ。
人類の過去を見れば、それに最も近い存在はウィルスであることが解る。その存在は、人類に猛威を振るった過去があるが、いずれの場合においても、人類はその知力を用いて克服してきた。一時的に人類の数を減らす力を有する存在は有っても、それを維持する力を有した存在はいない。
「天敵が答えなのは納得だけれど、突然どうした?」
「んー・・・人類って増えすぎだと思うのよね。コレは世界の在り方にとって正しくないと思うのよ。だから1度、人類はさっぱりさせて、それ以降も管理が必要だと思うのよね」
ミリアークの言うことは間違いではないと思う。人類が増えすぎたことで、世界はその姿を変えてきた。いや、正確に言うならば、人類が世界の在り方を変えさせてきたのだ。その結果、人類のわがままで滅びさせた固有種がどれほどの数に達しただろうか。
地球上には180万に迫ろうかという種が生きている。未発見の種を含めれば、その予測数は900万に近付こうかという説があるほどだ。生物の量としてならば、人類はその中で0.01%程度に過ぎない。その僅かな存在でしかない人類が、地球という環境に及ぼす影響は計り知れず、地球という1つの惑星を滅ぼす可能性すらある。
「まぁ確かに、地球からすれば人類なんてものは〝害〟でしかないでしょうな」
「だから人類は地球の外に出たんだろ?・・・いや、それも仕方なしだったか」
「そうね。これ以上増えるのは困るのに、宇宙に出てまで増やそうっていうんですから・・・誰とも言えないけれど、傲慢よね」
〝人類が生態系の頂点である〟と言って、反論する者がいるだろうか?生態系そのものは15歳で教育を受ける。その形は今も昔もピラミッド型だ。教育の場でコレに疑問符を付けることは無い。先ほどの生物総量からすれば、生態系の下層にある昆虫類は総量の7割を占める。概ねピラミッド型になるように、上に向かうにつれそれぞれの種は総数が減少していく。そうして形成されるピラミッドを学ぶ。頂点だけが歪であることを隠したまま。
「人類が捕食されることは、そういう宇宙人でも襲ってこない限り、無いわよね。だから、私たちBABELが〝戦争〟を人類の捕食者として管理する。初めて言うけど、それが私の考えるBABELの姿よ」
ミリアーク・ローエングラムという女性は、自身を高めることに余念がない一方、富や名声といった類にはまるで興味が無い。純粋な〝技術者〟や〝研究者〟としての顔を前面に出す一方で、誰よりも〝愛国者〟だった。ただし、彼女の愛国とは、1つの国家を指すのではなく、地球を国家と見立ててのことでもない。ミリアークの思う〝国〟とは、地球、宇宙を問わない生命全てを包括した総称だ。
「ふーん・・・キレイに言えば、世界を正しい道に戻すためなら、自分が神と呼ばれようが悪魔と呼ばれようが厭わないってところか?」
「確かにキレイな言い方ね。できれば神様って崇められた方が気分はいいケドね」
おそらく、ミリアークのやろうとすることの〝目的〟は正しい。人類が種としてのエゴで地球を壊していいわけがない。しかし現実は、人類によって地球は壊れつつある。そのことは人類も理解している。例えばNoah's-Arkは、地球に住む者を制限し、他は宇宙に上げようとしている。StareGazerは地球に住む僅かな人間が人類を管理するのではなく、全ての人が等しく宇宙に上がり、宇宙という新しい人類の生息地で管理するべきだとしている。だが、どちらも人類の絶対数については触れていない。
このまま人類の総量が増え続ければ、宇宙も含めた生態系は壊れ、それでも増える人類は、ある時を境に存在する全コロニーの収容可能人数を超えるだろう。コロニーの建造が追い付かなくなる日が必ず来る。その時に起こるのは、宇宙であっても生きる場所の奪い合いだ。
「私はね?人と人が憎しみではなく争う姿を見たくはないのよ。ハッキリ言って、そんな個人による殺し合いなんて、神という概念を持つ人間がするべきことじゃないわ」
「なるほど・・・戦争という行為には、良くも悪くも〝大儀〟がある。そのために命を懸け、自分か相手の命を散らせるのであれば、自身の信じる〝神〟に背くことは無い」
「そうね。人の死は、無下であってはならないわ」
「信じるもののために散る命は美しい・・・」
ロンの不意を突くような発言は、ミリアークとボルドールに〝意外〟という言葉を認識させるに足りた。長年の付き合いがあるわけではないが、2人の知っているロン・クーカイという男に、詩的な発言をする要素は無い。本人が2人に対して放った言葉ではないような呟きが、内面から滲み出た様子を付加したことで、さらに意外性を強調している。隠す暇すら無かった2人の表情にロンも反応せざるをえなかった。
「な、なんだよ・・・オレがヒューマニストだったらそんなに意外か?」
「うん。想像以上に意外だわ」
「ええ、だからこそ反応できませんでしたし・・・」
2人はロンの詩にも似た言葉の先を知りたいと思った。その先に言葉が、ロンの想いが続くことを信じて疑わない2人の眼は、ロンの口を動かした。
「ったく、人を何だと思ってるんだよ・・・人類の生末はオレも案じてるのさ。そんで、BABELならより良い方向に人類を導く力があると思った。だから、ここに居る。その過程を楽しみにしてるのも間違いじゃないがね。それじゃあ不満かい?」
「いいえ、改めて〝よろしく〟と握手したいぐらいですな。ああ、ちなみにミリアーク、貴女に対しても同様です。恥ずかしながら、私にはそこまでの想いが無かった。2人が仲間で良かったと思いますし、2人の考える未来を創りたいと心底思っていますよ・・・たとえ悪魔と罵られようとも・・・ね」
ボルドールの言葉が最後に行きつく前に、ミリアークは2人の間に向かって歩き始めた。その顔には、これまであまり見たことの無い〝優しい〟笑顔が現れている。
「いいじゃない。しましょうよ、握手」
ミリアークは2人の丁度中間で立ち止まった。交互に2人の顔を見る。
「悪魔と罵られても、人類を正しい生末に導くために」
そう言うと、それぞれに向かって左右の手を差し出す。
「ええ、悪魔と罵られても」
「バレちゃあしょーがねぇ。悪魔でかまいやしねぇよ」
2人は腰を上げ、差し出されたその手に、対と成る自分の手を重ね合わせた。誰を犠牲にしようと、何を対価に払おうと、成すべきと信じるモノを貫き通す覚悟がBABELにはあると信じた。
翌日、BABELは正式に動き出す。それは〝戦争〟によって止まった時間が動き出したことを意味していた。