第四部 第12話 至誠心
「この子はね?変形機構を持ってるのよ。重力下では使えないけどね」
Mhwが世界に登場して以降、その汎用性をさらに高めることを目的に、人型から別の形へ変形するという構造は技術者にとって共通な1つの目標であった。ロボットが変形することそのものは誰もが思い描く夢だと言い切れるだろうが、技術者の提唱する変形である場合、ただ闇雲に形を変えれば良いとはいかない。形が変わることで合理的な目的や有用性が必要となる。
分かりやすく言えば、空を飛べないMhw(飛ぶ機体も出てきたが)が変形することで、根本的に空を飛ぶ航空機になったり、地面を走る車になったりすることを言っている。そして大体の場合、技術者が挑戦するのは〝航空戦闘機〟への変形だった。
空を飛べるようになれば、それは大きなアドバンテージになる。それは解っていても、技術者たちの前に立ちふさがったのは〝航空力学〟だった。重力下において空を飛ぶ場合、コレを無視することはできない。
技術者の中には発想を逆転させ、航空機戦闘機をMhwに変形させようと模索する者も現れた。もともと空を飛ぶための空力特性を有する戦闘機をベースに考えれば、その壁も技術者の前から姿を消すことになるハズだった。
餅は餅屋と言うべきだろうか?構造的には戦闘機からMhwの変形を設計図に起こすことができるのだが、そこにはMhwとしての〝剛性〟が圧倒的に不足する結果となった。MhwはMhwと格闘戦をすることも多い。慣性を得た可動箇所を有する2つの物質がぶつかり合うとなれば、それ相応の剛性が必要不可欠だということは素人でも分かる。剛性を得ようとすれば航空力学が失われ、航空力学を優先すれば剛性が足らないという悪循環は、技術者たちにMhwの変形を諦めさせるに十分だった。
「ミリアーク?変形することには驚いていますが、宇宙空間での変形にどれほどの意味があるんです?」
ボルドールの疑問は至極当然の疑問だ。宇宙空間には空も大地も水中も無い。ただ宇宙空間が無限に広がっているのみだ。そんな宇宙空間で変形するとなれば航空機に近い形状だろうと予測できるが、そうすることに大きな意味が見いだせないと言うのが、技術者たちの一致した見解だったからだ。
「何言ってるのよ!?意味は大有りよ?」
「どんな?」
それほどMhwに詳しくはないロンもボルドールと同様の意見らしい。怪訝な表情を見せている。
「見栄に決まってるじゃない」
それは2人にとって意識の外にあった返答だった。ミリアークが見栄など張るはずがないと思っている2人は、ミリアークの発した言葉に反応することが出来ずにいた。
「ま、見栄って言うとジョーダンに聞こえるかもしれないけど、大きく外れてもないわよ?要は相手への畏怖ね」
なるほど、想像すると簡単だ。例えば目の前で普段乗っている車が、突然人型のロボットに変形したとしたら、人はどう感じるだろうか?それが自分の所有物であったなら「スゴい」と感嘆するのかもしれないが、誰の車とも知れないモノだったとしたら、逃げ出さないだろうか?
「確かにな・・・これまで変形するMhwは存在していないんだから、ソレを目の当たりにすれば、驚きで怯んでもおかしくない・・・か」
「でも、それだと初見殺しに過ぎないのでは?」
それはそのとおりだ。遭遇した敵機を1機でも逃せば、ROUKEが変形機構を持つMhwであることが周知されるだろう。そうなれば、次の出撃時に前述の効果は期待できない。だがしかし、ミリアークは腕組みをしたまま人差し指を上に向け、そのまま指だけを左右に振って見せた。
「変形する利点は他にもあるわよ?まぁ、変形後の姿を見てもらえば分かるかしらね」
コンソールで表示されているROUKEの画像をタップすると、後ろに隠れていた画像が入れ替わるように現れた。だが、そこに映し出されているROUKEはまだ人型のままだ。その下にある〝transformation〟の文字枠にミリアークが触れた。
「へぇ~、これは思っていた形状じゃないな」
「これは確かに宇宙空間限定ですな」
画像で見る変形シークエンスはゆっくりとしたものだった。それは見る者に変形の構造を理解させるためのものであり、事実、その役割を十分に果たしている。
ROUKEは背部のバックパックに特徴のある機体だ。簡単に言えば、背中に変形後の機首となる部分を背負っている。最初に違和感のあった突き出した部分がソレだ。シークエンスでは、頭部ごと胸部が後方へ向けて持ち上がることで、頭部が背負っている機首の根本内部へ格納されていく。そうすることで、開いたような形状となった胸部内部へ肩から折り込まれるように腕が内包され、股関節が広く展開することで脚部が折りたたまれた腕部横に位置した。Mhwであったときの正面から見れば、両脚の間に腕があり、四肢が並んでいるような状態だ。後は脚部が膝の辺りで折りたたまれ、Mhw時と比較して驚くほどコンパクトに詰まった印象がある。
変形後の姿の右上に、OUKERと表示されている。2人は気付いていなかったが、画面上でROUKEが変形していくと同時に、「ROUKE」の文字もそれぞれ1文字ずつが移動し「OUKER」へと〝変形〟していた。
「OUKER形態ならほぼ全てのスラスターの位相を揃えられるのよ。航続距離の向上はもちろん、瞬発力やスピードもMhwとは比較にならないわよ。そしてこの映像とは違って、実際の変形にかかる時間は0.5秒よ」
0.5秒の変形。これは想像をはるかに超える速度だ。敵対するパイロットにとっては〝一瞬〟としか感じられないだろう。それこそ、ROUKEに向けてライフルを構えようと腕を挙げたときには、ターゲットであったROUKEはOUKERに変わっているのだ。そして、瞬時に目の前から離脱されることになる。
変形の構造をシンプルにし、Mhwとしての剛性を確保する。そして重力下での運用を放棄(ROUKE形態に限れば重力下でも運用は可能だが)することで航空力学の問題を、そもそも問題から排除した。そこに加え、OUKER形態の機動性とROUKE形態の汎用性、それぞれの長所を強く引き出すことで〝変形する〟という事実に意味を持たせたミリアークは、その頭脳をもってしてやはり天才と言うべきだろう。
「これは・・・強いですね」
「ええ。貴方たち2人にはワルいけど、私のは特別製。それで、もう1つゴメンね。貴方たちの01にあってこの子にはナイものがあるでしょう?」
「ああ、ソイツは気になってた。ミリーの機体にも02は付くのか?・・・いや、02じゃあROUKEはともかく、OUKERには付いて行けないだろ?」
「ROUKEにつく02には、専用のオプション兵装がある・・・ということですかな?」
ミリアークはそっと静かにボルドールに近付いた。その歩みがボルドールの横に並ぶ1歩手前に達したとき、その肩にそっと手を置いた。
「それじゃあゴメンにならないわ。私のはBM-A1。変形機構をさらに簡略化した機体6機よ。だから、ゴメンね。私は開発者だから、その全てが私専用なのよ」
ボルドールやロンに比べてサポートにつく機体数が少ない。ミリアークに限って製造が間に合わないなどと言うことは無く、これは意図的にその数にしていると解かる。ROUKEの武装も表示されている限りではいたってシンプルなものだ。ライフルとサーベルのみ。それだけで〝特別〟だと言える強さが計算されているのだろう。おそらくその7機だけで、1つの軍ぐらいなら相手取れる戦力を有すると推測できる。
いずれにせよ、ボルドールの胸中には、決して口からこぼれ出ることのない1つの結論がハッキリと浮かび上がっていた。「これでBABELの戦力全てが出揃った」と。




