第四部 第10話 平常心
「クローンとはね・・・人での成功例があるとは知らなかったな」
クローンは旧世紀の後半ごろから本格的に研究が進められ始めた技術だ。絶滅危惧種保護や食料問題への1つの解答を期待されていたのだが、人のクローンについては、常に論争があった。それは世の中が変わり、人が宇宙にまで進出した今でも変わっていない。明確に規制や法律が存在するわけではないが、科学者にとって人間のクローンはタブーとされていた。
「クローンって難しいわ。人体構造としてのクローニングはラクなんだけどね・・・オリジナルが持ってる個性までってワケにはいかないのよ」
これはクローンの大きな課題と言ってもいい。ミリアークの言うとおり、構造体としての生物を複製することは容易にできる。しかし、個性となるとオリジナルとの比較に加え、仮にタイミングまでも全く同じに2つのクローン(双子?)を作り出したとして、さらには成長の過程を同じにしたとしても、成長するに伴って個性は異なっていく。結局、ミリアークの遺伝子を用いて生み出されたクローンたちであったとしても、ミリークの持つ常人離れした性能を有する個体は生み出せなかったようだ。
「ミリーにしては珍しくないか?」
「え?何がかしら」
「いや、ソレってミリーからしたら失敗作ってことじゃないのか?失敗作をそのまま導入するってのは、ミリーのポリシーに反するって思ってたんだが」
ミリアークが失敗作を残すことが無いことは正しい認識だ。それを、残したどころかBM-01のパイロットに抜擢したという。これが示す事実は、その個体がミリアークは持たないが戦闘ユニットとしては有益となる〝ナニカ〟を獲得しているということだろう。
もう1つ気がかりがある。ミリアークは「クローン〝たち〟」と言った。クローンが1人でないことに驚きは無いが、その全て(かどうかは定かではないが)を残しているだろうという事実だ。もしかしたらミリアークの持つ様々な個性を分割して獲得しているなどと考えられるだろうか?
「失敗作だなんてとんでもない!みんなとっても従順だし、全員〝カテゴリーグリーン〟以上よ?ああ、N3-systemで言う500オーバーのことね。おまけに共感覚まで持ってるのよ?あの子たち以上のMhwパイロットや部隊編成は考えられないわ」
彼女たち(ミリアークのクローンだから女性だろう)に関してミリアークは饒舌だった。ロンの言うような〝失敗〟という認識は微塵もないらしい。それもそのはずだ。N3-systemで得た情報を基に、彼女たちの遺伝子は操作され、ベースとなったミリアークが持ちえないNEXT-Levelを獲得し、さらに彼女たちは全員が高い数値を得た。人為的に生み出されたNEXT生命体。これはNEXTの研究史上、初めてのことだ。
NEXTの研究施設では、後天的にNEXT-Levelを獲得する方法が模索されてきた。その方法は薬学的なアプローチもあれば、外科的なアプローチ、科学的アプローチと様々だ。さほど事例が多いわけではないが、人によって創られたNEXTを、世間はAcquiredと呼んだ。
Acquiredは成功までのコストに加え、維持するためのコストが高い。さらに、精神の安定に障害が発生するケースも多々あり、順応できる〝適合者〟を見つけ出すことが困難でもあった。要するに、対費用効果に疑問が存在するということだ。
戦争において、それがNEXTであれAcquiredであれ、能力差はあれどNEXT-Levelを所持しているのだから、その有効性は高い。しかし、戦争には資金が必要であり、それは無韻増に湧いてくるものではない。Acquiredが軍事において普及しない原因の大部分は(人道的なコトを無視すれば)ここにある。
ミリアークの成したことは、他のコトに目を閉じれば、Acquiredの問題をクリアしていることになる。そもそも、根本的な違いに気付いているだろうか?彼女たちはNEXT-Levelを後天的に獲得したのではない。持って生まれたという事実は、彼女たちがAcquiredではなくNEXTであることを意味している。
だが、ミリアークが最も重要視していることはNEXT-Levelの獲得ではなかった。むしろ、NEXT-Levelの獲得は絶対条件であったようで、獲得したことそのものに喜びは無い。ミリアークが表情明るく話すのは〝共感覚〟を獲得したことのようだ。
共感覚は本来、例えば見ている文字や聞いている音に色が見えたり、味を感じたりすることを言う。中には、例えば他者がリンゴを食べている様を目にすると、自身もその味を感じ、空腹感が薄れていくという〝ミラータッチ共感覚〟を持つ者(これも分類上はNEXT-Levelだ)も存在する。だが、ミリアークの言う共感覚はどれでもない。俗に言う〝双子の不思議〟のことだった。
双子は時に、一方の感じたこと、見たことなどを同じ場所に居ないにも関わらず、他方も同時に感じることが有ると言う。当の双子たちはそんなことを考えもしないだろうが、ミリアークに言わせるとソレは「経験と共有」だそうだ。彼女たちが何人存在するのかは明かされていないが、個人が得た経験の1分間が、その人数分の掛け算に変わる。戦場において経験値というものは、その個人の生死を分けるほどに重要なものだ。そしてそこに複数人による共有が加わるのだ。
共有される経験。そもそも経験とは過去を指す言葉のように思われるが、実はそれだけではない。経験が未来を示すことは無いが、〝現在〟は〝過去〟と同じように示す。現在進行している状況、それによる状態、受ける感情などなど、これをリアルタイムに常時共有することが出来たとすれば、どんな優れた部隊よりも強力な連携が行えるということだ。
「BM-01Urielのパイロットはミリア・クロン。Transcendence-№’sで唯一、名前をあげた子よ」
なるほど。そうなると、他の№’sと呼ばれる子たちは何に乗る?手持ちの情報に当てはめるとするならば、その答えは〝サポート機〟になる。いや、そのミリアの乗るUrielを筆頭としたBM-01のチーム編成も有り得るか。
「ミリアーク?1つ、ここらで確認してもいいですかね」
「何かしら?」
「私たちのサポート機がNLBMで、それにはTranscendence-№'sが乗り込む。ここまではいいですよね?」
ミリアークの顔に、日頃から良く見るニヤリとした表情が浮かぶ。しかしそれが普段と全く同じではないことをボルドールは知っている。
「ええ、間違いないわね」
「なら、3機にそれぞれ12機のNLBMですから、それで39機。貴女を入れて総勢40機・・・ということでもないのでしょう?」
ミリアークの笑みが勝ち誇ったモノへと変貌した。
これでハッキリした。ミリアークはBABELとしての軍隊を持つつもりだ。それも、ボルドールとロンの2人を除外すれば、自らに従順なNEXTで構成された部隊。NLBMにコクピットがあるのだから、2人のサポートにつく機体に乗り込むのもTranscendence-№'s。もしかしたら、2人の指揮よりも上位にミリアークが設定されていても不思議はないだろう。それら部隊の総数がどれほどになるのかは分からないが、聞いている限りのスペックを考えれば、少数であっても両軍と渡り合うだけの戦力としては充分に足る。そしてミリアークの笑みを見る限り、ミリアークはまだ切り札を持っている。彼女の笑みにはそう確信させるだけの魅力があった。




