第四部 第7話 党派心
「ここがそうよ。そしてあれが、貴方たち2人の機体」
ミリアークが手で示した先には3機のMhwが立ち並んでいる。3機ともカラーリングが異なる以外はほぼ同じ外見だ。ミリアークの手によるものだからだろう、sksに似た頭部を持っている。とは言え、頭部形状に関しては、〝似ている〟というだけで印象がまるで異り、sksのそれに比べ、よりシャープで細い印象がある。一見するとNoha’s-Ark寄りな外観に思えるが、下半身の形状は13DやGMが製造するMhwのような重厚感がある。
「へ~・・・なんかこう・・・StareGazer側がsksを参考に造ったらこうなりましたって感じか?重厚感あるのに、機動性も有りそうに見えていいじゃないの」
ロン・クーカイはMhwに関してそれほど知識を有していない。それでも、彼の直感は概ね正しかった。
「意外ね・・・ロン。アナタってMhwは無頓着かと思ってたわ。アレは私の持ってる知識の全てを注ぎ込んだ機体・・・BM-01。奥からHaniel、Samael、Urielよ」
IHCの最高幹部としてではなく、BABELの主席としてのミリアークは、過去も含めたほとんどのMhw設計データを所持している。それらを採用もしくは、参考としてBABEL専用の機体として造り上げたこの機体は、素体として一定の完成度に達してはいるものの、ミリアークの考える完成には至っていない。それでも、何度となく繰り返してきた稼働テストにより得たデータを基に、シミュレーターが完成している。
「これから2人には、定期的にここでシミュレーションによる訓練を受けてもらうわ。そこから得たデータを基に、この子たちに個性を与えるの。アナタたちそれぞれと、完全にマッチするためにね」
ミリアークはボルドールとロンを背後に従えたまま、視線を3機から移すことはなかった。自らの造り上げたMhwに見惚れていたわけではない。複数の人間が集う中、自身の計画どおりにコトが進んでいるとき、人は無意識下でどんな表情をしているだろうか。そんなタイミングの表情を、自ら鏡で見るなどと、そんなタイミングに遭遇した人は皆無だろう。ミリアークはそれを自覚していた。だから、振り向かなかったのではなく、振り向けなかったのだ。今、3人の目の前にある3機に、隠された機能があることはミリアークだけが知っている。
「まずは簡単にBM-01のことを説明するわね」
3機はそれぞれに呼称を持ってはいるが、形式番号は末尾にそれぞれh、s、uが付く以外BM-01で共通だ。それは機体として共通ではあるが、個性があることを示している。厳密に言えば、現段階で3機を区別するような個性は備わっていない。ミリアークの言うとおり、専属となるパイロットとのテストを重ねることで、3機はそれぞれ異なった個性を獲得する。
個性の獲得に最も重要な役割を果たすものがメインコンピューターの学習機能だ。これは全てのMhwに、それぞれの性能差はあれど搭載されている。当然、その学習機能をプログラムしたのもミリアークだ。そしてそのプログラムは、後にも先にもこれ以上のものは生まれないと自負している。
「まず第一に、コレは初期状態でもMhwを被弾させないの。そのためにこの機体には2つのオートプログラムが存在するわ」
この3機にはそれぞれ、本体とは別に12のサポート機が存在する。それらが本体である3機をそれぞれ中心に位置するよう自動的に配置され維持する。それらが本体への攻撃を多角的に検知し、最適な回避行動を取らせるようにプログラムされている。
「それが本当なら、仮に勝てなかったとしても、負けることは絶対に有り得ないということか?」
「ええ、そうよ。でも、訓練や学習が未熟な状態でソレが起これば、アナタたちにとっては不意にMhwが動くのだから、ムチ打ちは覚悟しないとね」
「出撃の度にムチ打ちはカンベン願いたいですなぁ・・・え?ホントに?」
気が付くとミリアークは2人の方へ向き直っていた。美しい背中を見れなくなったとも思うが、代わりに見えるその顔はもっと美しい。機体が最終的に獲得するであろう性能を話すうちに、自分の中で沸き起こる興奮を抑えきれなかった。自分の描いた構想が現実のものとなっていく様を見るとき、人は湧き上がる衝動を抑えることができない生き物だと思う。
「大丈夫よ、最初だけだから。アナタたちにの操縦を学習して、あの子たちは賢くなるわ。そのために組み込んだプログラムよ、NL-Bは」
NL-B。どうやらそれがBM-01に組み込まれたプログラムの名称らしい。このプログラムが、ミリアークの言う12のサポート機をコントロールするのだろう。
「そう言えば、12のサポート機ってのは?」
「それはまだココには並んでないわ。数が数だから、そのうち並ぶことになると思うわよ?」
ミリアークは再び3機のMhwが並ぶハンガーの方へ視線を向ける。ハンガー内は3機のある辺りだけが照明に照らされている。ハッキリとは見えないが、奥に随分と広いようだ。
「NEXTの一部が脳波でコントロールしてるSWのMhw版みたなモンか?オレたちはNEXTじゃあないぜ?」
NEXTであるパイロットが搭乗するMhwには、Satellite-Weapon、通称SWと呼ばれる小型の兵器が試験的に装備されている機体がある。スラスターとビーム兵器だけで構成されたそれは、Mhwの手ほどのサイズしかないが、そのコントロールはNEXTが脳波で行う。しかし、これは扱いが難しく、コントロールだけに集中すれば、ある程度複雑な動きをさせることが可能だが、搭乗しているMhwを操縦しながらとなると、やはり思うようにはいかない。さらに、本来のSWは宇宙空間限定であり、地上の場合、ミサイルのコントロールへの応用がテストされている程度だ。
「人は思ったより単純な生き物よ?戦場なんて場所で同時並列的に頭を使えるわけがないわ。現に、ADaMaSのMhwにSWが搭載されてる機体ってナイでしょ?」
SWは両軍がそれぞれに主動して研究が進められている兵器ではあったが、ミリアークはこれに否定的な立場であるようだ。現在実装されているSWの実態は、ターゲットを脳波で示し、あとは自動的に攻撃を仕掛ける程度のモノであり、ある程度熟練したパイロットであれば、ある意味単調となるSWの動きを補足し、撃破するケースもよく見られる。
「弱いものイジメは私の趣味じゃないわ。私のNLBM・・・ああ、サポート機の名前だけど、完全自立型だから、貴方たちは安心してMhwの操縦に専念なさいな」
ボルドールはミリアークの表情を良く見ている。話ながら見せる笑顔に、まだどこか〝謎〟を含ませていることがうかがい知れる。だが、その謎を解明するには情報が足りない。
「ところでミリアーク?もう1つのプログラムってのは何です?」
相手がまだ何かを秘めているとして、それを公にさせたい場合にどうすればいいか。秘め事に直結するような情報がこれ以上引き出せないところまで来たのなら、大きく離れずに別の会話を促せばいい。そうすることで、別の角度からの情報を得ることができる。後は、どれが解答を導き出すための情報かを取捨する自身の感性次第だ。
「カンタンよ?被弾するってどういうことかしら?」
「それって質問なのかい?相手の攻撃が当たるってことだろ、ミリー?」
ロンの口調には、呆れとも馬鹿にするなと言った怒気とも違う雰囲気がある。嘲笑?だろうか。
「正解!じゃあ、被弾しないためには避けることと、もう一つ?」
ロンはパチンと指を鳴らし、人差し指をミリアークの方へ向ける。
「防ぐ」
指の先端の向こうに見えるロンの目に視線を送り、目で「残念」のサインを送る。
「え?違うのかよ・・・」
「防ぐと避けるは似たようなものよ」
「攻撃させない」
ボルドールが静かに、そして低い声でミリアークに答えを示す。視線をボルドールに移す間に、ミリアークの目は「正解」を示している。
「こちらを攻撃しようとする敵機を自動的に先制攻撃する。それを潜り抜けて攻撃されたのなら、1つめのプログラムが回避する。そういうことで?」
ミリアークの目が「正解」から「大正解」に変化した。それでも、ボルドールの目には、まだ秘め事があると見えていた。