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第四部 BABEL(混乱の塔)
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第四部 第6話 金剛心

「アナタの言う心配は尤もだけど、私は心配してないわよ?」

〝尤も〟だと言うのに心配していないと言う。その謎かけかのような言葉の真意を知りたいと思うのは自然なことではないだろうか。見ればミリアークは悪戯な表情を浮かべている。こういった表情のミリアークは、大体の場合において、こちらが困る様を楽しもうとしている。ボルドールは駆け引きが苦手ではない。もちろん他の2人も同じようなものだが、対ミリアークに関しては、どうにも分が悪いことが多い。経験上、この表情を見せたときのミリアークには、2人ともしてやった試しが無い。ロンに関してはもともと気にしていないようではあるが。

 「なんだよ、ミリー。BABEL(バベル)には軍隊もあるって?」

ミリアークがそんな簡単な答えを用意しているとは思えない。BABELが軍を持たないことを懸念していた解決方法がすでに取られていて、それが「軍を用意してある」だったとしたら、懸念していたこと自体が無駄だったことになる。

「そうよ?現物はムリだけど、見る?Mhw(ミュー)。あなた達2人の分もあるわよ?」

ボルドールは「ペチンっ」と音を立てて額を片手で覆うように当てた。もちろん、顔を上げる気力も無い。そんな様子が見えているであろう2人だったが、特に触れることなく話を進める。

「ホントかよっ!それは見るだろ・・・ん?オレ、Mhw操縦した事ナイんだけど?」

「ヘーキよ?ああ、少しは訓練してもらうけれど、ちゃんとサポートのシステム入れてあるから、貴方たちの上達次第でエース級が束になっても敵わないぐらいには成れるわよ?」

 ボルドールはハッと顔を上げた。少し前からミリアークに感じていた違和感の正体に気付いたからだ。

「どうも今日は様子が違うと思ったら、そういうことでしたか」

ミリアークは普段、他者はもちろん、自分自身を持ち上げるような発言を滅多にしない。確かに、ADaMaS(アダマス)やウテナが優秀であることに疑いはないが、ことMhwの開発という点において、決してミリアークが劣っているとも思えない。それはおそらく、ミリアーク自身の認識とも大差無いはずだ。にも拘らず、Mhwの開発だけでなく、内部のシステムに関することまでも、その優秀さをミリアークが語ることに違和感があったのだ。

「私はMhwの操縦そのものは出来る。だが、Mhwで実際に戦闘したことは無い」

「それならADaMaS製とはムリでしょうけど、各軍のエース級となら互角ぐらいかしらね。現物はムリって言ったけど・・・いいわ。見せてあげる。でも稼働はもう少し待ってね?代わりにシミュレーターでいいかしら」

 しばらく姿を消していた妖艶さがミリアークの表情に帰って来た。組んでいた足をほどき、スッと立ち上がる。ミリアークのADaMaSやウテナに対する評価は本音だろう。その技術力の高さや、製造されるMhwの性能がBABELはもとより、それぞれの企業においても頭痛の種であることは事実だ。ADaMaS製Mhw1機を相手に、REVAZZ(レヴァッザ)が何機あれば戦況を対等にできるだろうか?考えただけでゾッとする。

 ADaMaS製Mhwがそれほどの脅威である理由は2つある。そもそも開発されるMhwが強力な性能であることと、それを操るパイロットがエース級と言われる中でもずば抜けた技量を持つ者であることだ。量産機に乗る一兵卒とはワケが違う。ポーカーを仲間内で時折するような者が、(イカサマありで)マジシャンに挑むようなものだ。

 もしもミリアークの用意したMhwが、本当にボルドールにエース級と同等な結果を示させたとすれば、そのMhwはADaMaS製Mhwに並ぶ性能を有すると言っていい。ポーカーのルールを覚えたての者が、ギャンブラーと呼ばれるような者に勝利するようなものだ。

 Mhwの性能差はどうして生まれるのだろうか?武装の違いや、機体コンセプトによる違いとは異なる部分の話だ。実際、全くの同型機であっても、性能差は存在する。それを生み出すのは各パーツ、もっと言えば、1つ1つの部品精度だ。2つのパーツが接続箇所で可動するとして、必ず擦れる場所が存在する。可能な限り滑らかに可動するよう、ベアリングやオイルに代表される様々な処置が施されるわけだが、もっと根本的に、この接続箇所の歪みを最小限にすることが求められる。ここに差が生じる。

 Mhwは無数のパーツで構成されている。1箇所の歪みが他の歪みを生み、それが連鎖的に広がる。この単体で見れば気にも留めないほどの歪みも、水面に波紋が広がるかのように大きくなった結果、例えばパイロットの入力に対する機体の反応速度に大きな差が生じる。

 高性能機体であれ、量産機体であれ、共通するパーツは多い。そうしたパーツの生産には必ず〝歩留まり〟が存在する。カンタンに言えば、製造されたパーツに存在する歪みが許容範囲内に収まっているモノを良品とし、そこから外れたパーツは不良品として使用しない。つまり許容範囲内に収まっていればそのパーツは使用されるが、〝良品〟にもわずかな誤差があるということだ。

 ADaMaS以外の企業でも、パイロット個人用のカスタム機やパーソナル機が製造されたことはある。それら機体は、許容範囲が極端に狭く、出来得る最小限の歪みしかない。その代償として、不良品破棄などによるコスト高騰が避けられない。

 ADaMaSに限って言えば、この〝歪みの最小化〟が他企業と比較して別次元にある。IHC、13D、GMのいずれの技術者の言葉を借りても、ADaMaS製Mhwのパーツに歪みは「無い」と言う。そして彼らから聞く話としては、ADaMaSの製造工程において、不良品が発生するケースはレアだそうだ。それに加え、ミリアークがこんなことも言っていた。

「あそこは基本的にウテナの腕一本よ?それなりに人材育成も進んでるみたいだけど、正直、私も含めてあの領域には達していないわ・・・もぅ、ヘンタイよね」

 ヘンタイかそうでないかはさておき、その技術力において常人でないことは間違いないだろう。ウテナをN3-system(エヌスリーシステム)で測定した場合、もしかすると高い数値を示す可能性もあるのではないか?そんなウテナの技術力を、技術者界隈では〝神のすり合わせ〟と呼んでいる。これこそが、スペックとは別の、ある意味ではこれこそが本来の、〝機体性能の差〟を生み出す。

 その歪みの最小限化がどれほどの領域にあるのかは分からないが、ミリアークが造ったというMhwは限りなく神の領域に近付いているのだろう。もしくは・・・その差を補うナニカが実装されているかだ。彼女自身、自らが生み出したMhwに、ADaMaSの、ウテナの生み出すMhwを超えた性能があると確信していることが解る。

 ボルドールはゆっくりと立ち上がった。身体がしっかりと伸びきる前に、ゆっくりと首を左右に振る。

「ミリアーク、そのシミュレーターまでの案内を頼めますか?」

「あら、モチロンよ」

ミリアークを先頭に、3人が1人ずつ部屋を出ていく。ふと見るとミリアークは背中が大きく露出した服を着ていることに気付いた。彼女の背中は美しい。

 ボルドールはミリアークに惹かれていることを自覚していた。入口はその美しさだったと記憶しているが、今となっては、それは二の次だ。ボルドールは彼女の存在そのものに惹かれていた。彼女の行く末を見届けたいと願っている自分が解る。彼女の作る未来を見てみたいと感じる自分が解る。未来を作り出す行程を知りたいとする自分が解る。そしてもし可能ならば、それに関わりたいと思っている自分が解る。ボルドールは自分の願いを叶える術を手に入れた。それが彼にとってのBABELであり、今の立ち位置だ。

 今日もやはり、ミリアークには勝てそうもない。今も眺めは申し分ないとして、現実は彼女の後ろを歩いている。通路の明かりが彼女の背中を照らし、時折、その白さが光を跳ね返しているようにも見える。でもいつか、その眺めを失うことになるとしても、彼女の横に、あるいは、彼女の前を歩きたい。それがボルドールの決意だった。

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