第四部 第5話 敵愾心
「先に少しよろしいか?」
それまで沈黙を保っていたボルドールが、眼光鋭く口を開いた。まるで、BABEL発足に浮かれる2人を戒めるような圧力を感じる。
「何かしら?・・・と言うより、さっきの反物質のコトね?」
応えたミリアークではあったが、「何か?」と言うワリに、その表情にはニヤリとした妖艶な笑みが浮かんでいる。彼女にとってボルドールの反応は予測されたものだったのだろう。
ボルドールが黙って頷く。後から現れたロンにも驚いた様子はない。
「反物質なぁ・・・まぁ、情報は入ってるが、実態がよく解らんしなぁ・・・」
「BABELの目的にも影響あるでしょうし、会議の前に少しおさらいしておきましょうか」
ミリアークは続けて世界の構成について語りだした。
今世界は大きく2つに分断されている。もちろん、Noah's-ArkとStareGazerに代表される〝地球〟と〝宇宙〟だ。全ての人類は自らの意志と関係なく、そのどちらかに属している。この2つが対立することによって技術の進歩は飛躍的に早まり、BABELの表向きの目的を果たす土台になっている。それが〝戦争〟という言葉で表現されているものだ。
この戦争というステージに立つ役者は誰か?1つはNoah’s-Arkであり、他方がStareGazerであることは周知のことだが、ミリアークの考えでは、この2つの勢力に対抗する可能性を持つ存在がある。その1つは〝一般大衆〟だ。
人は皆、地球か宇宙のいずれかに属しているとは言え、それを認識し、意志を持って戦争のステージに立っている者は、総数からすれば決して多くは無い。そういった人々を〝一般大衆〟と括っているが、勢力というモノに当てはめるとすれば、ソレが〝世論〟というモノになる。その勢力の賛同若しくは、妥協を得ることが出来なければ、一時的に勝者とは成りえても、本当の意味で勝者には成れない。厄介なのは、この勢力が自らを勢力と認識していないことだ。勢力でない以上、何かしらの介入を行うことは難しく、統一されていない個々の意識の集合体を納得や満足に導く術は無いとすら言える。旧暦のいずれの世界を見ても、この勢力の掌握に挑んだ例は〝恐怖〟による支配がほとんどだったが、実際に成功した例は局所的支配を除いて存在しない。
「しかしソレは成功した試しがありませんな」
「そのとおりね。確かに存在するのに実体が無いようなモノですもの・・・武力を持ってる2つの軍よりよっぽど厄介だわ。どうかしら?ロン?」
「なぁに、やりようはあるさ。恐怖ってのは、要は〝力〟だからな」
ロンは自分の右手を見つめた。一度閉じた目をゆっくりと開きながら、ミリアークとボルドールの方へ視線を移すと、開いていた右手を小指から閉じていき、人差し指だけを残した。その指先はミリアークへと向けられている。
「〝力〟は悪にもなるけど、正義にだってなるんだぜ?」
「英雄視ってことかしら?それが正解なんでしょうけど、いずれにしても〝力〟は必要ってことね」
「そこに関して、BABELとしては問題視しとらんでしょう?我々の考えとしては、厄介な相手ではあるが、御せない相手ではない」
「まぁね。しばらくは放置でいいと思うわよ?放置できないのはあと2つね・・・もっとも?ボルドールが言うには2つじゃなくて、1つになるかもしれないけれど」
ADaMaSと反物質。もしくは、ウテナ・アカホシとマクスウェル・ディミトリー。ウテナ・アカホシは同じ業界に居る以上、3人が彼の能力を知らないわけがない。ADaMaSという企業単位で考えた場合、彼らが生み出すMhwは脅威だ。IHC、13D、GMのいずれの企業であっても、〝企業として〟ADaMaS製Mhwを上回るMhwを生産することは困難を極める。それは技術力の話でなく、企業としての体質が異なるからに他ならない。ただし、企業ではなく、個人の〝技術力〟として見た場合はどうだろうか。本人もあえて2人には言わなかったが、答えは〝ミリアークのみ〟だ。彼女以外にウテナを上回ることは不可能だろうが、それでも、後発で追いつくことはできる。だが、追い越すことはおそらく不可能だ。
実際のところ、ミリアークが思うウテナの最も尊敬すべき点は〝発想力〟だ。この点に関しては、程度の差はあれど、ウテナに勝てると思えない。簡単なことだ。毎回新型(ADaMaS製は全てその時点で新型だが)を目にするたび、機体構造であったり武装であったりと感心してしまう自分が居る。自らの心を動かされたことを偽るほど、Mhw開発に対して不真面目ではない。
ところで、ADaMaSが1つの勢力として考えるべき対象なのだろうか?彼は技術者であって、軍属でもなければMhwパイロットであるはずもない。どれほど優れたMhwを開発しようと、その乗り手が居なければ、ただ巨大な鉄ゴミでしかない。ADaMaSを脅威として扱うには、パイロットの雇用、技術者へのパイロット育成、もしくは、圧倒的な性能を誇るパイロット補佐システムの開発のいずれかが必要だと考えられる。現状で脅威と捉えることは難しいが、3つ目の可能性は無視できない。現にADaMaS製Mhwに搭載されているシステムは、極めて優秀なモノだ。
「アレは解析するにもプロテクトが固すぎて不可能だったようだ。ウチのプログラム専門連中にいろいろさせてはみましたがね・・・中身を知ることはほとんど出来なかったことと、そのシステムがあれば、既存Mhwの性能を20%は向上させられるって推論が得られただけでしたよ」
ボルドールが首を振る。ミリアークは視線をロンの方へ向け、「そっちではどう?」と聞くような表情を見せてみるが、ロンは無言のまま、両掌を天井の方へ向け、〝お手上げ〟とジェスチャーで返すのみだ。
「あそこのシステムってね、その機体毎に新規で構築されてるらしいわ。普通、Mhw制御システム1つとっても、新規で開発するとなると年単位でかかるのに、あそこは数カ月でやってのけるのよ?」
ADaMaSという組織には、Mhwを受注してから完成し、納品するまでに存在する行程毎にそれぞれウテナと匹敵する特出した能力の持ち主が居ると考えていい。N3-systemを開発したミリアークとしては、是非ともADaMaSの全員をシステムでスキャンしたいところだ。
いずれにせよ、ADaMaSが単体で戦争というステージに立つ勢力に成る可能性は低い。ただし、ステージそのものに大きな影響を与える存在であることは間違いないところだ。与える影響次第では、BABELにとって大きな脅威となる。
「もう一方・・・反物質の方は・・・コレは何とも言えないわね・・・情報量が圧倒的に少なすぎるわ」
「もともと、出来た〝らしい〟って話でしょ?今はまだ静観でいいんじゃないの?」
反物質が生み出されたことは事実だと想像できる。それを生み出した人物がウテナだと言うのならば尚更だ。そしてウテナだからこそ、脅威の確率は上がる。反物質を〝使える〟Mhwを生み出す可能性が見えるからだ。反物質が理論どおりのモノで、それを搭載するMhwが現れるとするならば、その使い手次第で戦争という盤面は大きく変化する。
「たぶんだけど、近いうちに世界は激動するわ。そこに反物質は存在するでしょうね。私たちとしては・・・」
「その動きの主流をコントロールできる位置を陣取る」
ロンがミリアークの言葉尻を捕まえ、ミリアークに再度人差し指を向けてウィンクする。
もともとこの話の口火を切ったのはボルドールだ。そのボルドールの胸中には、それでも疑念が残っている。言ってみればBABELは商人の集まりだ。武力への解答は見えたとはいえ、果たしてそれは、決定的な間違いを犯すことにならないだろうか?